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ばれ☆おど!㉛

 

 第31話 うるみの身体検査?!

 車から降りてきたのは、樹里だけではない。

 反対側の後部座席から、身なりの良い一人の紳士が下りてきた。片手には大きなスーツケースが握られている。

 中身は一億円の現金。

 彼は深牧家の当主、舜命(しゅんめい)である。外務省勤務の腕利き外交官であり、樹里の良き父親でもある。そして、競走馬を何頭も所有する、有名な馬主の一人だ。
 
 運転手を残し、二人は車から降りてから、ある方向を睨みながら歩きだす。電話の相手の指示に従っているのだろう。舜命と樹里は、彼らの視線の先の、森の中に消えていった。

 源二たちは、すぐに彼らの後を追う。

 うっそうとした獣道だ。本当にこの先に、人間や動物が収容できるほどの建物があるのだろうか? そんな疑問を抱きながら、200メートルほど歩くと、前方に大きな建物が、茂みの先に忽然と現れた。その建物は古く、何かの研究所のような作りになっている。

 人里離れた山奥に、ポツンと打ち捨てられた、うす気味悪い研究所。夜中には来たくない場所だ。

 入り口には見張りが立っている。よく見ると見覚えのある服装だ。
 毎度お馴染みの、あの黒服である。
 話しが通っているのだろう。見張りの黒服に、舜命が何かを告げると、黙って中に招き入れた。舜命に続いて、樹里も建物の中に姿を消した。


 源二の眼光が鋭くなった。

「アカンよ。〝ランドサット〟の準備だ」
 ――〝ランドサット〟とは源二の発明品のひとつ。偵察ドローンである。ターゲットに降り立つと、中から数十体の昆虫型の子機(超小型マイクロドローン)を輩出して、ターゲット内部の様子をモニターする。なお、自爆機能が搭載されているので、取り扱いには細心の注意を必要とする。

「部長、スタンバイできました。いつでも発進できます」

 源二は、彼の発明品のひとつであり、動物愛護部のマスコットで、人工知能搭載の〝ぬいぐるみ型ロボット〟のシータに命じた。
「シータよ」
「はい。源二お兄さま」
「ランドサットとの接続は問題ないか?」
「はい。良好な状態です」
「では、頼んだぞ。偵察開始だ!」

 すると、シータの目が一瞬、点滅したあとに、ドローンは高く飛び立ち、かなりの高度から、建物の屋上に降り立った。降り立つと、ランドサットは背中の開閉口から、数十体の子機を生み出した。その様はまるで、母の背中から旅立つ蜘蛛の子のようでもある。

 蜘蛛の子らは散らばって、建物のあらゆる隙間から、内部に侵入していく。

 数分後、シータの目が再び点滅した。どうやら結果が出たようだ。
 作戦に参加するメンバーたちは、シータからの報告を受ける。

「中にいる犯人たちの構成は、リーダー格の女性が一人、他にその配下と思われるものが、10人です。建物は大きく2つの区画に分かれていて、一方には50匹以上の動物が、檻の中に閉じ込められています……」

 シータは、内部の偵察で得た、詳細な情報のすべてを、PCのスクリーン上に画像を投影しながら、メンバーに伝えた。その情報によれば予測通り誘拐されたと思われる動物が、集められていたとみて間違いないだろう。つまり、ここは誘拐犯たちのアジトなのだ。厄介なのは、奴らが高性能な銃を所持していること。

 そして、最も恐ろしいのは、あのメデューサの特殊スキルだ。

 源二が作戦を告げる。
「二手に分かれる。アカンよ。ユーは裏口からだ。緑子君と相沢君と一緒に侵入しろ。派手に暴れるな。正面からは私と藤原君、漆原君で行く」

 源二の声は静かだが、力強い。
「我々は、受けた恩は必ず返す! これより作戦を開始する! 諸君の健闘を祈る!」
 カン太、うるみ、緑子、アイリ、大福丸は無言で頷く。

 彼らの目はキラキラと輝いていた。


 ◇ ◇ ◇


「おい! そこの黒服! ここだ」

 黒服の背後から、源二は突然話しかけた。
すると、その黒服はビクッと体を跳ねさせ、源二の方に向きながら、銃を構える。
 ――銃はイスラエル製の軍用短機関銃〝ウージー(UZI)〟である。フルオート(連射)時の命中精度が高く、様々な国の軍隊、シークレットサービスなどで採用され、世界的に知られている。専用のサイレンサーも供給されていて、さらに消音効果を高めるためサブソニック弾(亜音速弾)が使用される。

 黒服は、軍用短機関銃ウージーで威嚇してくる。

「おい! ここはガキがくるところじゃねぇぜ」
 そう言って、源二たちの足元に軽く掃射してきた。

 鈍い音を立てて、亜音速弾の着弾した衝撃が、三人の足の裏を揺らす。

 同時に地面から土煙が沸き起こる。サイレンサーの消音効果によって、発射音は小さいが、恐怖心を煽る嫌な音だ。
 黒服の目的はあくまで、脅しである。恐怖によって、行動の自由を奪い、拘束する気なのだ。
 だが、黒服は気が変わったようだ。うるみを見る目つきが野獣じみている。
「おとなしくしていれば、手荒なことはしねぇから、全員後ろを向いて手を上げろ!」

 大福丸、うるみ、源二は、言う通りに後向きになって手を上げた。
 
 「グへへへ……。身体検査しないとな」

 黒服は下劣な笑いを浮かべ、黒いレザー製の手袋を外して、ごつい手をさらけ出す。手はまっすぐに、うるみの控えめな、ふくらみへと向かう。

 その手が目的地に到達しようとした、まさにその時だった――。

 うるみは、黒服の視界から、一瞬にして消え去る。
 その出来事に、黒服は目をパチクリとさせて、茫然としている。
 しかし、驚くのはそれだけではなかった。
 ――その場にいた誰もが気づかないうちに、うるみは黒服の背後に回り込んでいた。さらに、彼女の手には、黒服の手にあったはずの、銃が握られている。さながら、魔術でも見ているかのようだ。
 人間という生き物は、自分のそれまでの人生で得た経験や知識から、大きく外れたことに遭遇すると、思考が停止してしまうものだ。そして、畏怖の念を抱くことさえある。黒服にとって、今が、ちょうどその時かもしれない。
 黒服の背後からのうるみの声がする。その声はまるで妖精が囁くかのように。

「こんなもの、人に向けちゃいけないわ」

 黒服の額から冷や汗が流れ、地面に落下し、小さなシミを作る。同時に、ゴクリと生唾を飲む音が、うるみの鼓膜を揺らした。
「降参なさい。あなたに勝ち目はないわ」
 だが、黒服は自身が抱いた感情を否定するかのように、悪あがきする。それは恐怖を打ち消すように。体をひねり、拳を振り上げ、うるみに襲い掛かる。

「仕方ないわね」

 そうつぶやくと、うるみは造作もなく、黒服の首筋に手刀をおみまいする。
 黒服は、その場に崩れ落ち、意識を失った。まるで、ダンスの途中で糸を切られた、あやつり人形のように。
 彼の表情には畏れと驚愕が刻まれていた。

 源二は両手を下ろし、地に伏している黒服に一瞥を送る。

「ふっ、天網恢恢(てんもうかいかい)疎にして漏らさず」(※悪党はもれなく成敗されるの意)
 そう、つぶやくと、うるみを労う。
「漆原君、見事なお手並みだ」
「漆原さん。さすがです。助かりました」
 大福丸もそう言って胸をなでおろし、黒服を睨んだ。

 サラサラの長い黒髪の間から、チラッとうるみの白い耳がのぞいている。うるみは二人の誉め言葉に少し頬を染めながら、先を促した。

「部長、さあ、中へ」
「うむ。ではこれより潜入する!」
 源二が低く、つぶやくようにそう言うと、三人は建物の中に入っていった。

 そこで、彼らは驚くべき光景を目にする。


(つづく)


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