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ばれ☆おど!㊱

 第36話 ふたりはエスパー?


 美少女とは、自分が美しい、と認識しているものだ。

 それゆえに、
 より美しくなる努力を怠らない。それは本能ともいえる。
 だが、そのレベルが高すぎる場合なのだが、逆に自分が目立たなくなるように振る舞う者も、少なからず存在する。
 動物愛護部所属、1年生。妖精を想わせる美少女、漆原うるみ。彼女もその一人である。


「すいません! 遅れました!」
 勢いよくカン太は、部室のドアを開けた。

 すると、そこには、お着換え中の女子部員が二人いた。(作者注※お約束です)

 清楚な魅力が愛くるしい、うるみ。
 蠱惑的な魅力で誘惑する、緑子。

 なぜか、二人とも着替え中にもかかわらず、異性の前で動じる気配すらみせない。
 ――と、今までは、そう思われていた。実際に、何度もカン太や源二の目の前で彼女たちは着替えている。

 しかし、
 今日は違った。

 カン太も、慣れたものである。
「あ、ごめんね。失礼。失礼」
 普段なら、これで大丈夫なのだ。

 ところが、
 うるみは、透き通るような白い肌を、腕で隠すようにして、カン太に流し目を送りながら、こう言った。
「お願い。見ないで……」
 頬が赤く染まっている。
「あ、ごめん」
 あわてて、カン太はドアに向き直り、視界から、うるみの下着姿を消し去った。
 カン太は思う。
(え、え? 今日はどうしたんだ? いつもなら大丈夫なのに、何故?)
 さらに、カン太は思う。
(でも、あんな反応されると、かえってドキドキするよ)

 その様子を間近で見ていた緑子は、後ろ向きで、無防備なカン太の首に手をまわした。
「あんたねぇ、ずいぶんと、いやらしい目で、見ていたわね」
 そして、首を締め上げた。
「ぐ、ぐるじい……、や、やめで、やめで」
「うるみがそんなにいいの?」
「ごがいだず(誤解です)」
「ふーん。おかしいなぁ。ドキドキしたんじゃないの?」

 カン太は思う。
(お前はエスパーか?)

「まあ、いいわ。で? 私の方はどうなの?」
 そう言って、緑子は首から手を放した。
「ゴホン、ゴホン、ゲホゲホ……え? 何が?」
「……もう一回やってあげようか?」
「あ、あ、待て。いや、もちろん素敵だよ。ドキドキが止まらないよ」
「……わざとらしい。もういい」
 そう言うと、緑子は着替えの続きを始めた。

 源二が目を瞑りながら、つぶやく。
「アカンよ。私のように、山や川を眺めるがごとく自然体なら、そのようなことは起こらんぞ」
「お言葉ですが、部長、オレには無理です」
 カン太は思う。
(あんた、僧侶かよ)
 源二は目を見開き、告げた。
「まあ、いい。変態には、この境地に到達することは期待してない」
「おい!」
「ゴホン。さて、今日は以前言っていた合同活動の日だ」
「あ、そうですね。部長、確か、市立高校と、ですよね」
「アカンよ。そうだ。もうすぐこちらに到着する頃だ」


 そう言う源二の目には、どこか哀愁が漂っていた。


 ◇ ◇ ◇


 コン、コン、コン

 部室のドアをノックする音がする。規則正しく、丁寧なノックの音だ。
 源二が、呼びかけた。
「どうぞ、お入りください」

 ドアが開く。

 市立高校、動物愛護部部長。山ヶ城サクラはドアを開けると、
「失礼します。今日はよろしくお願いします」
 サクラは部員たちを促す。
「さあ、入って、ご挨拶してください」

 すると、市立高校の部員たちが、ゾロゾロと入ってきた。
 横一列に並ぶ。
「よろしくお願いしまーす」
 と低く、ややくぐもった声が重なった。

 毛塚ぜんじろうもその中の一人だ。
 表情が完全に緩んでいる。傍から見れば、あやしい人に見られそうである。
 ぜんじろうは思う。
(うおおおおぉぉぉぉぉ、あれが、伝説の美少女のお二人ですか!)
 他の男子部員たちは、恐縮している。

 そこに一匹の三毛猫が現れた。市立高校のマスコット的存在、モモである。
 サクラが、驚いた様子で、
「あら? なんでモモがここに?」

 ぜんじろうが答える。
 キリリとした表情に戻っている。
「部長、モモも部員です。せっかくですので連れてきました」
「……そう。わかったわ。じゃあ、みんな自己紹介お願い」

 すると、モモが急に消えた。気がつくと、緑子の足元に、ぴょこんと座っている。
 そして上を見上げて、じっとしている。

 緑子は笑顔で言う。
「あら、このネコちゃん、私の下着にでも興味があるのかしら? スケベな変態みたいね」
 サクラは答える。
「あら、そうね。確かに私の足元でも、よくそうしているわ」

 ぜんじろうは緩んだ表情ながら少し焦る。
(ゲッ、カンが良すぎだろ? エスパーなの? でもピンクええなぁ……)

 モモは緑子から走り去り、次は――

 うるみの足元に来ていた。モモは上を見上げる。

(白だ! まぶしいぃ。うへへへ……)
 その時、うるみはモモを抱き上げた。
「かわいい猫ちゃん……にゃー、にゃ」
 うるみは猫を、あやすようにして胸に抱き、ほおずりした。

(うあぁ、すんげえ、いい匂いだぁ。やべぇ、たまらん)

 すると、うるみは、ぜんじろうのところに。
「はい。あなたの猫でしょ?」
「い、いえ。この猫は学校の……」
(え、え? この娘もエスパー?)
 そして、うるみが微笑んだ。すると、雷に打たれたような衝撃が、ぜんじろうを襲った。
「………………」

「あの? どうかしましたか?」
「…………あ、あの! 俺と付き合って下さい」
「…………え?」
「お願いします! 一目ぼれです」
「……ごめんなさい。私には心に決めた人が……」
「え? そんな羨ましい奴がいるんですか?」
「はい……」
「わかりました。でも、俺あきらめませんからね」
「困ります……」
「……」

 その時、サクラが二人の会話に割って入る。
「コラ! 毛塚君! 彼女が困ってるでしょ?」
「でも……」
 いつもは穏やかなサクラの微笑が消えて、鋭い目つきになっている。
「わかりました。部長。この場は引き下がりましょう」


 お互いの自己紹介が終わると、源二は奥に招き入れ、席へと促した。
「では、打ち合わせを始めます。みなさん席について下さい」

 全員が用意された席に着くと、打ち合わせが始まった。
 ――その内容は、今度の日曜日に市内で、里親希望者への、猫の譲渡会のお手伝いにボランティアとして、参加するというものだ。
 源二は、よく響く、まろやかな声で、丁寧に説明する。最後には、各々の質問を受け付けた。
 なごやかな雰囲気の中で、打ち合わせは続いていった。

 三年生は、卒業まであとわずか。
 残り少ない高校生活では、今回の合同活動は、最後の大きな活動ということになる。
 動物愛護という活動をとおして、社会に貢献するというのが、活動の趣旨である。少なくとも学校にはそういう名目で届けを出している。
 募金活動。広報活動。そして、今回のようなボランティア活動。
 すべてに、それそれの思い入れがあり、愛情をもって、この活動を進めてきた。
 それも、これで終わりなのだということが、実感として湧いてくる。


 打ち合わせが終わると、サクラは源二に耳打ちする。
「光蔵くん。ちょっと」
「……」

 二人は歩き出す。

 サクラは笑顔で感謝の気持ちを述べた。
「この度はありがとう。わが部にとって良い思い出になりました」

「いや、大したことではありません」
「本当におひさしぶりでしたね」
「ええ」
「あなたの活躍ぶりは、有名ですよ。私も嬉しく思っていました」
「いえ。あの時、サクラ殿と出会わなければ、わが校の動物愛護部はなかったでしょう」
「……。でも、卒業前にまた、会えてよかった」
「はい。私も、もう一度サクラ殿と会いたかったのです。恥ずかしながら、今回の企画はそれが目的です」
「まあ!」
「ハハハ……」
「卒業したら、もう、お会いはできないの?」
「いえ、サクラ殿がいいのなら、私には願ってもないことです」

 サクラは胸に手を当てる。そして、小指を差し出す。
「じゃあ、約束」

 校庭の桜は、寒風に耐えている。もうすぐ、その蕾が膨らみ始める頃だった。



(つづく)


ご褒美は頑張った子にだけ与えられるからご褒美なのです