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日本の麦酒歴史ができるまで ⑧

麦酒伝道師を目指している重富です。

重富は昭和初期のビールサーバー「スイングカラン」を使ってビールを注いでいます。その稼働式のスイングカランを制作し、日本中に「旅するスイングカラン」と称して、ビールを注ぐ、伝える旅をしています。

最初の旅は、博多、そして沖縄でした。
#このお話はまた後日

そして、東京初の「旅するスイングカラン」を開催してくださったのが、世田谷経堂「さばのゆ」さんです。そこのオーナー須田泰成さんにはこの時からずーッとお世話になっています。

【過去投稿】日本の麦酒歴史ができるまで       
開拓使麦酒仕立て 

須田さんは、放送作家、脚本家、プロデューサー。日本のモンティ・パイソンの研究家として有名な方です。

さばのゆさんの、2回目の旅するスイングカランだった時です、ビールを注ぐ前に、1回目は「mini生ビール大學」を開催しました。2回目になにを持って行こうかと考えていた時に「麦酒講談」が思い浮かびました。のど元過ぎれば…
#だからやらないほうが良いのに
#でもやって正解だった

東京には、朝一の新幹線に飛び乗り最初に尋ねた場所がこちらです

村橋久成の墓前です。
麦酒講談の中に出てくる、3人の男たちの中の1人です。
東京で麦酒講談をする前に、ここで一度語らないといけないと勝手に思い込んでいました。墓所は、Webで検索しておおよその位置は確認していましたが、見つけるまにでかなりの時間を要して、初夏のような陽気の東京で汗だくです。

この場所で、35分間「麦酒講談」を語らせていただきました。
一気に話した後に、墓前で「サッポロ黒ラベル」で献杯させていただきました。

その後経堂に移動し…スイングカランをセッティング。
今回は着物ではなく法被で講談をさせて頂きました。

ご想像通り…ポンコツ以外のなにものでもありませんでした。
東京の皆さんの、暖かいお気持ちの拍手で終了。その後は、スイングカランでサッポロビールを皆さんにお注ぎしました。

その時の様子は「ビール女子」のサイトをご覧ください

放送作家でもある須田さんの交友範囲には、落語をはじめ芸能関係者も多く、重富の内容に関してはなにもおっしゃらなかったのですが…
一言こうお話しくださいました。

「紙芝居講談」という手法があるよ と

なるほど…講談だと、登場人物、背景、気色を言葉で伝えないといけませんが、紙芝居にすれば、より伝えやすくなるはずです。これは、暗に講談はダメダメですよ‥という示唆ですね。

広島に帰る新幹線の中で、Webよりいろいろ写真を検索し「紙芝居」の原案を考えたのですが… 「ワクワクしません

ビールを伝えることが「作業」になっています。

紙芝居制作の作業を続けますが…どんどん楽しくなくなっていきました。

そんな時、阪本啓一先生より「パーティー」のお誘いがありました。
会場は、横浜マリンタワーです。

新幹線の予約をしようと思った時、ふと娘を思い出しました。一人娘はこの当時、神奈川県にある「日本映画大学」に通っていました。

その時です…4月に北海道で鑑賞した 6K映像が頭の中を駆け巡ります。

速攻で決断します!   それは

麦酒講談の「映画化」です

なんと無謀な決断でしょう! でも「ワクワク」です。未来の映画監督?に「企画書」を書き、新横浜の駅で待ち合わせします。

企画書は2種類あります
1)麦酒講談「麦酒誕生歴史絵巻」映画化
2)日本で稼働しているスイングカランの取材

娘から「快諾?」をもらい麦酒講談の映画化がスタートします。
まずは、麦酒講談の台本を娘(以後監督)に送り、それと、同時に端田晶さんに著書の映画化の許可を願い出ます。出版社の方にも確認をしていただき、端田さんの許可を得ます。

数日後、監督より「脚本」として書き直されたものが送られてきました。

さすが、映画大学の学生。講談を映画用に直してあります。
その後、何度か見直し、書き直しますが、村橋久成を描く部分が少し弱い気がします。資料を探し、内容を加筆していきます。

第6稿まで手直し、そして、初めての「絵コンテ?」を書きます

飛行機・ホテル・移動手段を調べ、予約
一番大変だったのが‥‥「撮影許可」
ゲリラ的に撮影する方法もあるにはありますが…その後の公開を考えます。おそらくサッポロビールさんに一番ご迷惑をかけることになる思い、全部許可を取ることにしました。
①窓口を探し、メールか電話で確認
②撮影許可申請書を提出
③使用料を支払い
④撮影許可証を頂く
この流れが、①は広島で可能なのですが
②~④に関しては現地で事務所に伺うという感じです
現地事務所 ⇒ 金融機関 ⇒ 事務所 です
#映画製作は大変です

通常であれば、これはADさんがするのかな?
さすがに監督に頼めないので、全部重富の仕事です
#こんなに大変だとは思いませんでした

各地のフイルムコミッションさんや観光課に大変お世話になりました

まず、メインの撮影「北海道」に出かけます
その時のスケジュールです(笑)
天気まで調べてあります。
#使えるADになれそう

今日はここまでです


企画書の一番下に「費用」があります
なんと、クラウドファンディングで集めようとしたのですが…
今回は、ビールスタンド重富の経費で作成することにします。
その当時は、クラファンの本質をまったくわかっていなかったので実施しなくて正解でした。

その後、クラウドファンディングについて勉強させてもらったのが
西野亮廣さん(2017年)
空海はクラウドファンディングで高野山を建てた
衝撃的な内容が書かれていました

『伏して乞う、有縁の道俗おのおの涓塵を添えてこの願いを相済え』
「縁のある全ての方々よ、ほんの少しずつの浄財をお供えください。それらを結集して、高野山を開くというこの事業を実現したいのです」