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肉体のジェンダーを笑うな

母親が出す母乳のように父親が医療によって父乳を出す話や、女性のPMS(月経前症候群)の辛さを知リたくて生理が始まる夫、か弱い女性という立場が嫌で筋肉ロボットを装着する女性などが現れる。荒唐無稽な内容ではあるが、本質はものすごく深く考えなきゃいけない問題が潜んでいる。男女の区別は生物が誕生してからあったのだけど、男女の区別だけではなくその人個人の肉体的な特徴の線引きがどうも腑に落ちない主人公たちがいる。いや、この作品の中の人物だけではなく、現実の世界にもそう思っている人は確実にいて、どうにもならない現実に沸々としたストレスを抱えているに違いない。だからこういう物語が誕生するのではないかと思う。

この小説には4編の物語が収められている。

『父乳の夢』究極のイクメンパパである。妻が生まれたばかりの赤ちゃんに母乳を与えている姿を見て羨ましくなる夫。粉ミルクを作り飲ませる手伝いはしているがどうしても自分の父乳を飲ませてみたい。医療の進歩のより男性でも父乳が出せる治療があり夫はその治療に参加する。

『笑顔と筋肉ロボット』その女性は子供の時から小柄で筋肉があまりなく重い物を持ったりできない。両親から「挨拶と笑顔を大事にするんだ。優しくて明るい大人になりなさい。重いものを持ってくれる人がきっと現れるよ」と教え込まれてそれを機械的に実践しながら大人になった。ある日通販で筋肉ロボットと出会う。それを装着することによって強くなった女性。その日から挨拶と笑顔は必要なくなった...

『キラキラPMS(または、波乗り太郎)』平太郎は波風立てずにフラットな考えをすることをモットーとしていた。相手のどんな話にも「うん、うん、わかるよ」と相槌をうつ。恋人と生理についての話をする。その時もネットで得た知識を元に「わかるよ」を繰り返す。ふたりは夫婦になるが妻とPMS(月経前症候群)について話している時にPMSが経験できるサーフボードがあることを知る。

『顔が財布』葵は自分の顔は嫌いではないが、過去の嫌な思い出から写真は嫌いだった。顔認証システムが発達してきて、買い物も顔でできるようになり、レジで「顔で買います」と言うとなんでも買えた。顔認証ロボットは葵の顔の美醜など気にしない。葵は今日も楽しく顔で買い物をする。

夢の中の話のようでさらっと読み流せば「おもしろい」で終わってしまうが、ここに登場する人たちの会話をじっくり読むと今の世の中の不都合が見えてくる。著者の目線が冷静であやふやな表現は一切なく、登場人物たちの会話が深い。何度も「そうか、そういうことなのか、なるほどね」と自分の過去や現在を振り返って考えさせられてしまう。

読後は、今の世の中が変であってこの物語の中が素晴らしいと思えてしまう。男性から父乳が出ても良いじゃないか、男性に生理があっても良いじゃないか、ひ弱な人が筋肉ロボットで強くなれるなら良いじゃないか、どんな顔であってもその顔にアイデンティティがうまれる。私個人はとてもいいと思うが、中には「男は男らしく、女は女らしく」あるいは「男は強い、女は弱い」という考えが定着している人もいる。それに加えか弱さを武器にして生きている女性もいるし、権力あっての自分という考えの男性もいる。一概にどれが正しいかなんて今現在決めることはできないのであるが...

余談だが、昨日(5月28日)LGBT法案の国会提出が断念された。党内での意見統一ができないことが原因らしいが、だまだま日本はこの世は「男と女」で成り立っているという古来からの設定を崩したくないようだ。遠いな、何もかも遠い。


山崎ナオコーラさんのインタビュー記事が読めます↓




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