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第三章数学と幽霊、第三話 事故物件

童貞と元ヤリマンの非処女のカップル、イチローと佳子。そのイチローのアパートが事故物件らしく、その物件を扱ったのが美久の不動産屋というので、またひと騒動です。童貞と処女、陰キャでオタク、天然の四人組がなにやら調べておりますが・・・。

第三章数学と幽霊、第一話 楓と鉄平
第三章数学と幽霊、第ニ話 佳子と一朗
第三章数学と幽霊、第三話 事故物件
第三章数学と幽霊、第四話 逆ナン
第三章数学と幽霊、第五話 巫女
第三章数学と幽霊、第六話 童貞
第三章数学と幽霊、第七話 翌朝
第三章数学と幽霊、第八話 下見
第三章数学と幽霊、第九話 祝日
第三章数学と幽霊、第十話  処女以前

第三章数学と幽霊、第十一話 処女以後
第三章数学と幽霊、第十ニ話 調査
処女を失くすの大変!

第三章 数学と幽霊
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性同一性障害と勘違いして悩む
義理の妹に悩むぼくの物語
第三章三話 事故物件

 いつもの北千住の居酒屋、分銅屋。
 
 カウンターの奥で飲んでいる南禅二佐が女将さんにぼやいている。隣には羽生二佐と紗栄子が座っている。その横に佳子とイチロー。

「この店にいるとおかしなことが次々起こるわね、おもしろい店だこと。この前は覚醒剤にヤンキーに半グレ、援助交際で、乱闘騒ぎ。今度は何の騒ぎなんだい?若者共四人は」と言って、テーブル席のタケシと美久、楓と鉄平を指差す。「カフェバーよろしく、テーブルにパソコンを広げて、何か調べているし、女将さん、居酒屋ってさ、若者がパソコンを広げるのが日常になったの?ここはカフェバーかい?まったく。おまけに、佳子まで彼氏を連れてきて、ベタベタしているし、私も恋をしようかしら?」と羽生を見る。う~ん、イマイチなんだよね。イイやつなんだけどなあ。

「南禅さん、さっき、美久ネエさんのお店に行って、不動産案件の相談をしたんですよ。私の彼氏のイチローさんの住んでいるアパートの件で。それで、美久ネエさんがタケシさんに相談してここに来たら、ちょうど楓さんと丸尾さんがいらっして、その話で四人が急に調べ事しているということなんです」と佳子が南禅に美久の不動産屋で相談したことを説明した。

 佳子はイチローが住んでいるアパートの事故物件らしい話を聞いて、それが美久のお父さんの不動産屋に紹介されたということで、美久に相談すべくお店に行ったのだ。ちょうど美久はお店で留守番をしていた。
 
 そもそも、事故物件とは、事件や事故が原因の死、自殺、孤独死などにより入居者が部屋で死亡した賃貸物件である。基本的には、入居者が亡くなる場所となった物件を指す。亡くなる原因はさまざまだが、大別すると『殺人』、『自殺』、『自然死』の三種類。ただし、この三種類を同等に『事故物件』と扱うべきか否か、基準は極めて曖昧だ。

 例えば、凄惨な殺人事件に巻き込まれて亡くなったとなれば、間違いなく事故物件扱いになる。一方、家族で暮らしていて、おばあちゃんが急に具合が悪くなって突然死してしまい、すぐに発見された場合、家族の一員が寿命で亡くなるのは普通のことなので、事故物件と認定しない。
 
 不動産屋によっては、事故物件であることを伏せたり、事故物件として認定しなかったりすることも考えられる。宅地建物取引業法では、『瑕疵担保責任』という条項があって、業者にペナルティを与えることができる。『瑕疵』とは『欠陥』のことで、貸主には物件の欠陥を担保する責任があると定められており、事故物件は『心理的瑕疵』に相当する。
 
 例えば、前の入居者が自殺をした部屋だと知らずに入居して、暮らしはじめて三ヶ月後に別部屋の入居者から聞いたとする。そこで、『もし自殺があったと知っていれば入居しなかった』と判断した場合は、貸主に損害賠償を請求することができる。こうしたリスクを回避するため、宅地建物取引業法でも告知義務が定められているのだ。
 
 イチローのアパートの件では、心霊現象が起こるという『心理的瑕疵』に該当するだろう。事故物件を相場から安くして、顧客に告知して顧客が納得したら賃貸契約を行う(その場合は承諾書も書かされる)業者もいる。しかし、美久の父親の店では、事前調査を行い、事故物件であると判断すると、そういう案件は扱わない方針なのだ。
 
 佳子とイチローから話を聞いて驚いた美久は、イチローの賃貸案件のファイルを調べた。『殺人』も『自殺』も『自然死』もない。近所での報告もない。前に住んでいた住人からの苦情もない。ただし、その住人がどこに引っ越しをしたかの記録はなかった。

 四人テーブルの奥側でタケシと丸尾が対面して座っている。美久と楓はその隣。丸尾は、美久からできる限り距離を取ろうとしている。女性恐怖症で、美久が危険物に見えるらしい。楓は、丸尾にピッタリと寄り添っている。時々、丸尾のパソコンの画面を寄り添って見ている。丸尾は楓なら平気なのだ。彼にとって、楓以外の女性は危険物なのである。
 
 タケシが丸尾に「鉄平は何を調べているんだ?」と聞くと、「そのアパートの周辺で、何か霊の通り道があるとかの宗教的な場所があるかどうか、調べているんだ。地蔵菩薩とか稲荷神社とか。あと、昔の墓地の後とか。近所の寺社仏閣などの位置を特定しているところだ。それから、アパート周囲の事故物件のマッピングだな。規則性があるのかないのか、確認する必要がある」「歴史マニアだものな。鉄平の得意の分野だな。そっちのアプローチも大事だ」
 
「美久は?」とタケシが聞く。「私は、ラップ音とか、人がいないのに足音が聞こえる物理現象が何に起因するかを海外論文も含めて調べているわ。家鳴りなどの現象は、住居の木材やプラスチック、壁紙などが、夜の温度変化によって水分保持量が変わると、乾燥してわずかに変形して音が発生するってあるんだけど、実際に聞いてみないとわからないなあ。一概に霊的現象には関係ないと否定もできないわね。タケシは?」「ぼくは、そういう現象が、電磁波とか音波とかどういうパラメーターなのか?実際に測定した記録、論文を調べている。霊的現象でも、物理的なパラメーターで測定できるはずじゃないか?」

 美久が楓に聞いた。「楓さんは何を調べているの?」「私は、お兄の言うパラメーターに関して、どういう測定器具があるのか、調べているの。iPadに装着できるサーモセンサーとか、赤外線カメラ、電磁波測定器、デジタルレコーダー、紫外線から暗視レベルまでほとんどの可視光をカバーしているフルスペクトラム・カメラなんかね。私のアキバのお店で手に入るわ。電磁波を音声として拾い上げて可聴化してくれるSpirit Boxなんてあるけど、これは怪しいわねえ・・・」「楓さん、どのくらいの金額なんだか調べてね。お父さんに言って、ウチのお店で必要なら買ってもらうから」
 
 南禅が彼らに「おいおい、物理学専攻三人と数学専攻一人の若者たち、キミら科学を志す学究が、心霊現象を否定しないってのもおかしいじゃないか?」と言う。

 タケシは「夏目漱石の弟子で、寺田寅彦という高名な物理学者がいました。え~っと彼がなんて言ったかというと」とパソコンで検索する。「あったあった。『全くこのごろは化け物どもがあまりにいなくなり過ぎた感がある。これはいったいどちらが子供らにとって幸福であるか、どちらが子供らの教育上有利であるか。日常茶飯の世界のかなたに、常識では測り知り難い世界がありはしないかと思う事だけでも、その心は知らず知らず自然の表面の諸相の奥に隠れたある物への省察へ導かれるのである。このような化け物教育は、少年時代の我々の科学知識に対する興味を阻害しなかったのみならず、かえってむしろますますそれを鼓舞したようにも思われる』と言っています。人類の物理学、科学というものは、森羅万象、自然のすべてをわかっているわけではありません。そういうわからない部分を、非科学的だ、と頭から否定するのは、科学を学ぶ者の正しい姿勢じゃあないと思うんですよ」と言った。他の三人もウンウンとうなずく。女将さんもうなずいている。おっと、もう一人、物理学科の院卒がいたよな、と南禅は思った。女将さんは、節子に店を任せて空いている時間を大学院に通って、博士課程の論文を書いているのだ。おかしな居酒屋だよなあ、と南禅は思った。
 
「確かに、自衛隊でもそういう話はよくあるわ。自衛隊の駐屯地って、昔の帝国陸海軍が使っていたのがほとんどで、そこで空襲などで亡くなられた軍人も多い。よくそういう超常現象は耳にする」と南禅が言うと、羽生が「南禅は硫黄島に行ったことがあるかい?」と聞いてきた。

「ないけど、羽生はあるの?」「ああ、俺は実際にあそこで感じたよ。第二次大戦の最激戦地の一つ。日本軍も米軍もニ万四千人以上が戦士した。人骨がすべて回収されたわけでもない。霊感がまったくない自衛官でも何かを感じざるを得ない。自衛官だけじゃない。米軍の軍属も感じているんだ。自衛隊の駐屯地中、最凶の場所だ。我々は、夜寝る前に必ず水を入れたコップを部屋の入口にお供えしていたよ。お供えしないと、廊下からうめき声が聞こえたりするからね。俺は心霊現象を信じる、信じない前に体験した。それが物理現象なのかどうかもわからんがね」と言った。

「佳子さん、このお店って、なんなの?なんなのって失礼だけど・・・」とイチローが佳子に聞いた。
「ああ、イチローさんには紹介していなかったわね。板場のお二人、こっちが女将さん。物理学科の院卒で、いま博士号の論文を書いている。その隣が節子。私の高校の同期。和服を着ているけど、私と同じ元ヤン。この店の女将代理。カウンターに座っている三人は、南禅二佐と羽生二佐。現役の航空自衛隊の中佐。その隣の黒尽くめは、同じく私の同期の紗栄子。元ヤン。来年、自衛隊に入隊予定」

「・・・な、なるほど・・・」

「テーブルに座っているのが、奥から、美久ネエさんは会ったわね。美少女でしょ?でも、元ヤンの元総長。私のアネさん。大学ニ年で物理学専攻。その隣が兵藤さん。アネさんの彼氏。同じく大学ニ年で物理学専攻。背中を向けているのが楓さん。兵藤さんの義理の妹。美人でしょ?美久ネエさんの大学に来年進学予定。そのとなりが丸尾さん。兵藤さんの大学の同期で大学ニ年の数学専攻。楓さんの彼氏。歴史マニアで、能と歌舞伎に造詣が深いのよ。それから・・・」
「それから?」
「板場とカウンターの五人は、みんな非童貞で非処女、テーブル席はみんな童貞で処女なの。私たちは童貞で非処女だけど・・・」と佳子が言うと、美久がパソコンから顔を上げて「こら!佳子!余計なことを言うな!」と睨みつける。佳子は舌を出した。

「佳子さん、ちょっと、ぼくはノーコメントです」
「それが正常な判断よね?」と彼にウィンクする。

 タケシが、「いずれにしてもスタディーが済んだら、実地検証をしないといけないな。イチローくんは一晩とか二晩とか、実家に泊まれるかい?」とイチローに聞く。「ええ、泊まれますけれど・・・」「それじゃあ、ぼくたちはキミの部屋に泊まって、実地検証をしたい。カエデ、測定器具はいくらぐらいするんだ?」「そうねえ、Flirのサーモグラフィーは高い!フィリップスのデジタルレコーダーは人間の非可聴域まで録音できる。一万円ぐらい。電磁波測定器が二万ニ千円。フルスペクトラム・カメラが六千円。Spirit Boxは怪しいけど三万円。とりあえず、こんなものかなあ。六万八千円くらい」「美久、どう?」「そのくらいなら、お父さんに言って買ってもらうわ」と美久が答える。

「兵藤さん、ぼくも泊まりますよ」とイチローが言う。「私も泊まる!」と佳子。「六人か。狭いなあ。まあ、当事者なんだから、六人で泊まろう」とタケシ。「鉄平さん、大丈夫よ。私の後ろに隠れて、美久お姉さまと佳子さんとの間にお兄とイチローさんをはさめば、危険物から隔離できるわ」とカエデが言う。美久は、将来の義理の姉の私が危険物ってどういうこと?と思った。

「うわぁ、北千住近辺に限らないけど、事故物件ってこんなにあるんだ?」と鉄平。「え?どれどれ?」とカエデが鉄平のパソコンを覗き込む。「ほんとだ。たくさんあるのね?」「いろいろな死に方が含まれているから、一概に全部が問題ありとは言えないけどね。カテゴリーでわけないといけないな」と鉄平。

事故物件マップ

●東京都足立区千住河原町xx-x
歌手・尾崎豊が遺体で発見された場所。
死後、「尾崎ハウス」の名で有名になったが
建物の老朽化による建て替えで無くなってしまった。
●東京都足立区千住東二丁目xx-x
火災による死亡
令和2年2月1日
●東京都足立区千住五丁目xx-xx
ミイラ
●東京都足立区千住寿町xx-x ◯コーポ1階
死体発見
平成30年4月13日
●東京都足立区千住仲町xx
若い女の子がベランダで首吊り
平成30年11月11日
●東京都足立区千住x丁目x
飛び降り自殺
平成27年7月31日
●東京都足立区千住中居町x-x◯◯◯コーポxxx号室
住人が死亡 発見時死後時間が経って部屋では臭いがし、
ハエが大量に発生した
令和元年10月27日
●東京都足立区千住元町xx-x
302号室 孤独死放置・・・
平成28年3月4日
●東京都足立区千住五丁目xx
告知事項有り(スーモより)
令和元年11月27日
●東京都足立区千住中居町xx-xx
心理的瑕疵物件
平成26年7月6日
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 鉄平とカエデがモニターのマップを見ていると、美久が鉄平の背後から覗き込んだ。「わ、ほんとうだ!いっぱいある!」と美久が言うと、美久が背後にいたのを鉄平が気づいて、タコ踊りのように手を舞わした。「ワッ!ワッ!ワッ!」「え?あ!丸尾さん、ゴメン」と距離を取って謝る美久。「わあ、ビックリした」と鉄平。私、ショックだわ、嫌われているわけじゃないのはわかるけど、ほんとに危険物扱いなのね、私って、と美久は思った。


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