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第三章数学と幽霊、第八話 下見

第三章数学と幽霊、第一話 楓と鉄平
第三章数学と幽霊、第ニ話 佳子と一朗
第三章数学と幽霊、第三話 事故物件
第三章数学と幽霊、第四話 逆ナン
第三章数学と幽霊、第五話 巫女
第三章数学と幽霊、第六話 童貞
第三章数学と幽霊、第七話 翌朝
第三章数学と幽霊、第八話 下見
第三章数学と幽霊、第九話 祝日
第三章数学と幽霊、第十話  処女以前

第三章数学と幽霊、第十一話 処女以後
第三章数学と幽霊、第十ニ話 調査
処女を失くすの大変!

第三章 数学と幽霊
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性同一性障害と勘違いして悩む
義理の妹に悩むぼくの物語
第三章八話 下見

 紗栄子のことを考えていて、傷つけるつもりはなくても、お互い傷ついてしまうことってあるんだなあと思った。彼女ともっと話をしないといけない。だけど、紗栄子にも純子にもいい顔をして、美味しい所取り、八方美人はぼくはできない。かといって、紗栄子なのか、純子なのか、選ばないといけないんだろうか?二人共失いたくはない、という都合のいい考えはダメなんだろうなあ。紗栄子が自衛隊に入隊しちゃったら、ぼくはどうするんだろうか?純子と同じ大学に進学したとして、ぼくはどうするんだろうか?
 
 いろいろ考えていて、家に帰った。母が「お帰り。朝帰り?本当に、木村くんの家に泊まったの?」とニタニタして言う。女性は侮れない。「高校三年生だからね。合格すれば来年から大学生。自分の息子のことをあまり詮索しませんよ。ただね、性病と妊娠だけは気をつけてね」と見透かされている。「うん、まあ、ぼくにもいろいろ悩み事があるんだよ」と答えた。

「昼ごはん、食べるの?」
「いいえ、出かけます。外で食べます。スミマセン」
「帰ってきたと思ったら、また、お出かけですか?詮索しませんって、言っちゃったけど、どなたとお出かけなんですか?アキラさん?」

「女の子だよ」
「ほほぉ、彼女いない歴イコール年齢のアキラさんが?」
「できたんだよ、お母さん」
「今晩はお赤飯を炊こうかな?」
「からかわないでよ」
「どなたかお聞きしていい?」

「千寿青葉中学校の近くの氷川神社ってあるだろ?」
「ああ、知ってる」
「そこの娘さんで、時任純子さんって人」
「神社の娘さんか。いいんじゃないの。ちゃんとした家で」
「お母さんでも気になるの?どの家かによって?」

「親だからね、いくらさばけている私でもそういうのはあるよ。その娘さん当人がいい人でもさ、昔言われていた『かわむこうさん』の家とか、三河島の家だと考えちゃうな」
「何それ?」
「キミは知らないほうがいいんだけどね。『かわむこうさん』というのは、北千住から荒川を超えたあたりで、三河島は隅田川の向こうでしょ?私たちはここの地元だからわかるんだけど、そのね、昔、差別部落とか、三国人とかが住んでいたあたりでさ、そういう家があるのよ。差別はいけないんだけどね。未だにそういう意識は、私でも残っているのよ」

「難しそうな話だなあ。今度、聞かせてよ」
「知らないほうがいいんだけどね。今度、ゆっくり説明してあげるよ」
「よろしくお願いします。さって、シャワーして、でかけなきゃあ」とぼくは自分の部屋のある二階の階段を上がりかけた。

「アキラ、今度、木村くんの家で使っている入浴剤はどのブランドか、聞いておいてね。キミ、いい匂いがするよ」振り返ると、ニタァと笑っている。おっと、紗栄子の言うとおりだ。『シャワーを浴びなよ。私の入浴剤の匂いがしちゃまずいだろ?』って、紗栄子、するどい。

 北千住の駅に十二時四十五分についた。LINEで純子に「着いたよ、今、改札口」とメッセした。すぐ既読が付いて「私はあと三分!」とレスがすぐ来た。
 
 純子がスキップしながら近づいてくるのが遠くから見えた。膝上15センチ位のフードのついたダボダボのチュニックのスウェットシャツを着ていた。それに黒のレギンスとスニーカー。黒のレギンス?また?紗栄子が膝に手をおいて、お尻を突き出した姿が目に浮かんだ。おいおい。さすがに純子は下着をはいているだろう。ちょっと汗がでる。
 
 ぼくの前にピョンっとジャンプして、「おっす」とニコニコしてぼくの顔を見る。改めて可愛いよなあ、と思う。「純子の私服姿を初めて見たよ。ぼくの彼女は可愛いなあ」「え~、ホント?褒めている?」「褒めてるよ」「うれしい!青春だぁ~。ところで、どこに連れて行ってくれるの?」
 
「考えたんだけどね、銀座に行って、下見しない?」
「銀座?下見?」
「うん、ホテルの下見」と言うと、純子が真っ赤になった。
「え?もう、泊まるの?」

「違うよ。下見だよ。泊まるわけないじゃないか?どこがいいか、何箇所かホテルを見て回るの。レストランとかモールとかもね」
「あ~、そういうこと。もうお泊りして、赤ちゃんを作るのかと思ったよ。一瞬、大学進学を諦めて、子育てします!って考えちゃったよ」
「キミ、ぼくを虐めてますね?」

「うん、わかった?エヘヘ、私は映画でも見に行くのかな?定番かな?って思ってた」
「だって、定番もいろいろ考えたんだけど、純子が『最初で最後、人生一回だけのプレゼント』っていうから、大切なプレゼントを開く場所の下見が大事だと思ったんだよ」
「あ~、私、いい相手に巡り会えて、幸せだわ」ぼくが?いい相手?罪悪感を感じる。

「で、でがけにさ、お母さんがどこ行くの?って聞くから、時任純子さんとデートしに行くって言っちゃったよ」
「おっと!もう、お母さんに言っちゃったの?ヘヘ、実は、私も冨澤さんとこのアキラくんとデートだ、ってパパに言ってきました」
「これってさ、学校でも黒板に書かれたし、親にも言っちゃうんだから、別れられないよ」
「別れることなんてあるはずないじゃない。アキラはバカねえ」
「ハイハイ、バカですよ、ぼくは」

 ぼくらは日比谷線で銀座まで行った。「アキラ、どこのホテルに行くの?」「そのフレーズ、ヤバい!小さな声で話そうね、純子」「え~、地下鉄、うるさくって聞こえない!アキラ、どこのホテルに行くの?」とますます大声でぼくに聞く。
 
「純子さん、勘弁して!」
「虐めがいがあるなあ。私、楽しくなっちゃう。わかったわよ。小声で話してあげる。アキラ、どこのホテルに行くの?」
「やれやれ。ぼくのお小遣いの予算もあるからね。東銀座の三井ガーデンホテルとか、新橋の銀座グランドホテルとか。プロレスができるほどの広さはないけど、四つ星だよ。でも、ビジネスホテルだからね。そこいらも見て、お昼を食べようよ」

「いいじゃん!」
「お昼は何食べたい?お寿司食べようか?」
「うん、銀座でお寿司!」

「それから、東京駅に行って、丸の内口の東京ステーションホテルを見たい。松本清張が好きだったみたい。窓から中央線のホームが見えるんだよ。少しうるさいけどね。そのお次は、御茶ノ水に行ってさ、もう思い切って、川端康成や三島由紀夫、池波正太郎が泊まった山の上ホテルって、これ高いんだけど、静かな場所のホテルがあって、そこも見たい」
「予算、大丈夫?」

「任せなさい!『最初で最後、人生一回だけのプレゼント』なんだから、パッと行こうよ」
「純子ねえ、アキラが大丈夫っていうんだったら、ビジネスホテルじゃなくって、東京ステーションホテルか、山の上ホテルがいいかなあ。ワガママかなあ」
「人生一回だけのためなんだから、ワガママ言ってもいいんだよ。気にするなよ」

「でもさ、ホテルって、クレカで泊まるんでしょう?」
「大丈夫だよ。ぼく、クレカ、持ってるから」
「ええ?」
「お父さんのクレカの家族カードもあるけど、請求書がお父さんに行っちゃうからね。でも、ぼくの銀行口座のデビットVISAカードがあるからそれで泊まる」
「あ、そうか。普通のクレカだったら、高校生には発行しないものね」
「口座残高があれば、デビットカードでもVISAなんだからホテルの支払いは問題ないよ」
「アキラ、あったまいいじゃん」
「じゃあさ、お寿司食べたら、ビジネスホテルは止めて、東京駅に行って、御茶ノ水に行こうよ」
「賛成!」


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 アキラと純子がデートしている頃、分銅屋では、女将さんの吉川久美子と節子が夜の仕込みをしていた。今日は女将さんは節子と同じ和服姿。

「女将さん、今日はなんでイタリアンなの?」
「なんとなくね。八百屋で、しめじと舞茸とエリンギが目についちゃって。アボガドもあったし、だったら、和風アヒージョなんてどうだろ?と思いついたのよ。付き出しは、ムール貝とオリーブのマリネにして、アボカドは岩のりと和えて、ブルスケッタにしてみればどうかな?なんて思ってさ」
「女将さんのイタリアンは知らないなあ。教えて下さいね」
「うん、基本は簡単だからね。塩加減とオリーブオイル、バルサミコの使い方がわかればバッチリよ。ねえねえ、節子」
「なんすか?」
「ワイン、呑んじゃおうか?」
「えええ?まだ、五時前っすよ?」
「いいじゃない?日曜日だし。あんまり客も来ないわよ。来るのは常連だけでしょ?トスカーナの赤とピエモンテの白を買ってきたんだ」
「女将さんがいいっていうなら、私はイヤはないですよ」
「よし、開けちゃおう!赤も白も開けちゃおう!」

 二人は、ムール貝とオリーブのマリネをつまみに呑み始めた。「女将さん、こりゃ、いけるっすね?」「そうでしょう?トスカーナの赤、このヘビィな味わい、たまらないわね」「白も軽くていいですよ。クイクイ入る」「こりゃ、酔っ払うね。構うこたないわよ」

「そう言えば、節子、美久ちゃんたちはまだ幽霊騒ぎをしているの?」
「ああ、電磁波測定器とか買ってきて、幽霊の電磁波測定なんてして、騒いでますよ。バカップル共は」
「あんまり、心霊現象とか、関わっちゃいけないと思うんだけどねえ・・・」

「あれ?女将さん、物理学者なのに、そういうのを信じるんですか?」
「そうよ。物理学的にわからないものは、否定しませんよ。証明できないんだから。昔、もう亡くなってしまったんだけど、お稲荷さんが降りてくるお婆さんが近所にいてね。占いとか相談事をしていたんだけど、よく当たるんだ。その人しか知らないことを見通せるのよ」

「それって、女将さん、狐憑きのこと?」
「違う、違う。狐憑きは動物霊と言われていて、憑依されると、おかしなことを仕出すのよ。お稲荷さんはそれとは違うの。別の神様よ。そのお稲荷さんの守護霊がお婆さんに憑いて、人格が変わって別人みたいになって、みんなの相談事を聞いて、助言するのよ。狐憑きは憑依現象で悪さするのよ」

「なるほどねえ。興味本位でそんな世界にふれちゃいけないってことですよね?」
「そうそう、昔、私が小学生の頃、コックリさんとか流行ったのよ。降霊術、心霊術で使うウィジャボードみたいなヤツでね。ダ・ヴィンチが『テーブル・ターニング』という現象について本に書いている。数学者のガウスや科学者のファラデーも実験しているの。そのコックリさんをやっていた女の子が狐憑きみたいな症状になったことがあって、大騒ぎになったわ。それが心霊現象じゃなくって、精神障害だったとしても、害があるでしょ?ふれちゃいけない世界ってこの世にあると思うんだな」

「バカップル共に言ってくださいよ」
「まあ、そのうちにね。物理的な測定するよりも神社の神主さんにお願いしてお祓いしてもらえばいいんだよ。なんでもかんでも電磁波とか、バカじゃないかね?」

「ああ、同級生に氷川神社の神主の娘がいますよ。だれだっけ?そうそう、時任さんとこの娘さん。純子とか言ったな。あれ?紗栄子の幼馴染じゃないかな?」
「じゃあ、その純子さんに言って、神主さんにご祈祷をお願いすればいいんだよ。まったく。そう言えば、紗栄子は昨日来なかったね?」

「自衛隊の入隊の勉強をする、とか言ってましたよ。なんか、あいつ、変なんだよなあ。同級生のアキラって男の子にちょっかいだしたりね。振られたんだろうけど」
「アキラ?」
「ほら、冨澤さんとこの」
「ああ、旗本さんの親戚の?」
「そうそう」

 噂をすれば影とやらで、紗栄子が店に入ってきた。ミリタリールックで自衛隊の黒のキャップをかぶっている。「おばんでーす。って、あんたら、五時前なのにもう酒飲んでんじゃないか?私にもおくれよ」とカウンターに座った。
 
 女将さんがワイングラスに赤を注いで紗栄子の前にだしてやった。節子がムール貝とオリーブのマリネをつまみの小鉢を紗栄子の前においた。「噂をすれば影だよ。ちょうど紗栄子の話を女将さんとしていたのさ」

「何を噂していたんだい?どうせ、悪口だろう?」と紗栄子。
「ああ、紗栄子が冨澤さんとこのアキラにちょっかいを出している話だよ。もう、振られたんだろ?身の程を知ったほうがいいよ。アキラが元ヤンのおまえと付き合うわけないじゃないか?ねえ?」と節子が言うと、ワインを呑んでいた紗栄子がちょっとむせた。

「何をむせてるんだい?図星だろう?バッカじゃないか?ああ、そうだ、おまえ、時任純子と幼馴染だろ?ウチのバカップル共がお化け退治で舞い上がっているから、おまえ、純子に言って、神主さんにご祈祷をお願いしてくれないか?バカップル共、狐憑きにでもなられちゃかなわないからね」と言われて、さらに紗栄子がむせて、胸をドンドン叩いた。

「なにしてるんだい?オリーブが気管支にでもつまったか?ほら、ワインで流し込めよ」と節子がワインを注ぎ足した。
「な、何を噂しているかと思えば、私の男関係かよ。ああ、アキラにはキッパリ振られましたよ。この前、家に送っていった時にさ。ウブな童貞に紗栄子さんの良さなんてわかりゃしないぜ。いいよ、自衛隊に入隊したらゴリラみたいな自衛官をナンパしてやるんだから」

「まあまあ、紗栄子ちゃん、振られるなんてよくあることよ。そのうちきっといい相手があらわれるわよ。それより、真面目な話、その純子さんと知り合いなら、ご祈祷の話、聞いてみてくれないかな?私、美久ちゃんたちを心配しているのよ」と女将さん。
「わ、わかったよ。今度、聞いときますよ」と紗栄子。
「頼むわね」

(こりゃ、ヤバいや。顔色でバレない内に今日はトンヅラしよう。ヤバい、ヤバい。バレたら大変なことになるよ、私もアキラも)


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