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第三章数学と幽霊、第ニ話 佳子と一朗

第三章数学と幽霊、第一話 楓と鉄平
第三章数学と幽霊、第ニ話 佳子と一朗
第三章数学と幽霊、第三話 事故物件
第三章数学と幽霊、第四話 逆ナン
第三章数学と幽霊、第五話 巫女
第三章数学と幽霊、第六話 童貞
第三章数学と幽霊、第七話 翌朝
第三章数学と幽霊、第八話 下見
第三章数学と幽霊、第九話 祝日
第三章数学と幽霊、第十話  処女以前

第三章数学と幽霊、第十一話 処女以後
第三章数学と幽霊、第十ニ話 調査
処女を失くすの大変!

第一話では、カエデと鉄平というややこしい童貞と処女のカップルがまたひとつ増えましたが、今度は佳子さんの純愛で、童貞と元ヤリマンの非処女のカップルがもう一つ。しかし、彼氏の住んでいるアパートに問題ありです。

第三章 数学と幽霊

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性同一性障害と勘違いして悩む
義理の妹に悩むぼくの物語
第三章 数学と幽霊
第三章ニ話 佳子と一朗

 佳子が北千住の駅向こうの病院の待合室で順番を待っていると、内科のお医者さんが診察室に入ってくる患者さん一人ひとりに「はい!こんにちは!〇〇さん!顔色良いですね!!」とか声掛けてるのが聞こえて、高齢者は先生のこういう声かけ一つで元気になるんだろうなと思った。どんなにAIが進化してもお医者さんのこういうアナログな診察はとても大切だなと感じた。

 それにしても、老人が多い。若い患者などほとんどいない。佳子は、月経痛がひどいので、低用量ピルを処方してもらおうと病院に来ていた。避妊目的ではない。最近、佳子に彼氏はいないのだ。美久のように処女を守っているわけでもなく、彼氏がいればセックスくらいすぐしてしまうのだが、今は、月経痛を軽減するために低用量ピルをもらおうと思った。もちろん、彼氏ができたら、避妊目的にも使える。生でできるもんね、と佳子は考えて、心のなかで舌を出す。
 
 低用量ピルの処方では、内診や採血などの検査は基本的に不要だ。簡単な問診が行われ、問題がなければその場で処方してくれる。1シート(一ヶ月)で三千三百円。薬代の他、初回は診察料が約千円、二回目以降は処方料が約ニ百円で、数ヶ月分、まとめて処方することも可能だよ、と節子が言っていた。
 
 低用量ピルを服用すれば、生理痛、出血量などの生理が軽くなって、生理周期が安定するそうだ。生理前のイライラもなくなる。ニキビ、肌荒れが治る、それにあの病院、内科の若い先生はイケメンなんだよ、と節子が言っていた。

 それで、節子が通っている病院に佳子も来ることにした。看護師さんが佳子の名前を呼んだ。同時に「鈴木一朗さん、三番にどうぞ」と別の看護師さんが呼ぶ。鈴木一朗って、野球選手のイチローと同じじゃん?と思って、佳子が待合室を見回すと、背の高い若い男性が立ち上がっているのが見えた。老人ばかりの中で、若い男は珍しいじゃない?と佳子は思った。なかなかイケメンじゃん?
 
 節子の言うようなイケメンの内科医は担当ではなく、初老の医師が佳子を問診した。「月経痛が重いなら、低用量ピルを試してみましょう」と節子が言ったような効用を説明してくれた。「キミは高校三年生なんだから、もしかしたら、セックスも経験していると思う。生理痛の軽減に効果があるが、もちろん避妊にも効果はある。しかし、ピルを飲んでいるから避妊は大丈夫、と思っても、性病の予防にはコンドームの方がいい。最近、エイズや梅毒などの性病が高校生にも流行っているので、注意して欲しい」と言われた。

「先生、いやですわ、私、処女ですから。でも、もしもセックスする時には注意します。ご注意、ありがとうございます」と美久が聞いたら卒倒しそうなウソを平気で佳子は言った。佳子は北千住のヤリマンで高校生の間では有名だったのだ。しかし、美久がお嬢さまにイメチェンした後、佳子もそういうヤリマンは止めている。ヤンキーファッションもしていない、普通の高校生の恰好なので、医師も納得した。「ありがとうございました」と言って佳子は診察室を出た。

 薬の処方を待合室で待つ。最初は一ヶ月分で試そう、と医師に言われたのだ。薬剤師が佳子と一朗の名前を呼んだ。一朗が並ぼうとして、佳子が来るのに気づくと、「お先にどうぞ」と佳子に順番を譲ってくれる。あ、優しいじゃん。紳士だ。と佳子は思った。「ありがとうございます」と佳子がお辞儀をする。「どういたしまして」と一朗。「あの、失礼ですけど、野球選手のイチローと同じ漢字なんですか?」と佳子は彼に聞いた。「ええ、父がイチローファンだったものですから」とはにかみながら彼は答えた。この人、いいじゃん、と節子は思った。
 
 薬を受け取り、診察料と処方薬代を支払った。イチローもすぐ支払いを終わる。佳子は、はにかみながら(演技だ)イチローに「あの、その、もしも、よろしければお茶でもいかがですか?」とモジモジして(演技だ、美久みたいだ)彼に尋ねる。「え~、ええっと、いいですよ。」と彼もモジモジして答えた。カワイイ!
 
 病院の側にサテンはないので、駅の方に少し戻って、千住警察署の近くのカフェに二人は行った。道すがら、彼にいろいろ聞く。大学一年生だそうだ。今日は、頭痛薬を処方しに病院に来たとのこと。一才上なのね、と佳子は思った。土曜日の午後だったのでカフェはすいていた。
 
 カフェでいろいろな話をイチローから聞いた。生まれも育ちも北千住で、東京芸術大学で絵画と彫刻を専攻している。佳子には馴染みのない世界だ。ダ・ヴィンチやミケランジェロなんて聞いたこともないイタリア人の話をしてくれる。「佳子さんは?」と聞かれたので自分の学校名を言って「偏差値の低いバカなんですよ。何も目標なんてないんです」と正直に答える。イチローは「自分のことを卑下しちゃいけない」とお説教をされた。
 
 佳子は、ヤリマン時代に感じたことのなかった胸がキュンキュンするのを覚えた。性欲が感じられない。この人と一緒にいたい、という感情。佳子は思い切って聞いた「イチローさん、あのぉ、彼女さんはおられるのですか?」と。イチローは「ぼくはモテないんですよ。彼女なんて、いたためしがないんです。今も、佳子さんと何を話していいやら、恥ずかしくって・・・」と言う。あ!これは美久ネエさんの言う、一目惚れだ!と佳子は思った。「あの、その、イチローさん、友達からでもいいですから、私とお付き合いしていただけませんでしょうか?」と思い切っていってしまった。
 
 美久ネエさんは会った翌日、お嫁にもらってくださいと兵藤さんに言ったんだ、会った一時間後にお付き合いをお願いするくらい、カワイイもんでしょう?と佳子は思った。ドキドキする。イチローは「・・・あの、ぼくなんて、え~、あの、お友達からで良かったら、是非、お願いします」と答えてくれた。美久ほどの美少女でもカエデほどの美女でもないが、佳子はそこそこカワイイ系の女の子だ。
 
「あ、ありがとうございます」と佳子は思わずウルウルしてしまった。おいおい、私が美久ネエさんじゃあるまいし、ウルウルしているよ。どうしちゃったんだろう?私?と思う。

 意を決して佳子は言った。女将さんの言うように男女の間でウソと秘密はいけない。「イチローさん、正直に言います。今はこんな格好をしていますが、私は、元ヤンなんです。ヤンキーでした。それに純真でもありません。ヤリマンなんて呼ばれていました。処女じゃもちろんありません。でも、イチローさんとお話していて、もう、ドキドキしてしまって、胸が痛いんです。それでもお付き合いしてくれるんでしょうか?」と聞いた。
 
 イチローは「ヤンキーがどんなものかも、ヤリマン?って佳子さんが何していたのかもわかりません。でも、正直にそんなことを言ってくれる人なら、是非お付き合いしましょう」と言う。佳子は柄にもなく泣いてしまって、ハンカチを出して鼻をかんだ。ちょっとイチローがオロオロする。
 
 そんなことから、佳子とイチローの付き合いが始まった。節子にのけぞられたが、ディズニーランドでデートをした。イチローから好きです、と言われてキスをした。あ~、私、この人が本当に好きなんだ。この人のものになりたい、と佳子は思った。
 
 イチローは実家を離れて、一人暮らしをしていた。家が店屋をしているので、デッサンをしたり、彫刻をしたりするスペースがないので、北千住に部屋をかりているのだ。佳子はイチローの部屋に行きたくてたまらない。イチローに料理を作って二人で一緒に食事したい。その後、イチローに抱かれたい、などとらしくないことを思った。
 
「イ、イチローさん、私、イチローさんの部屋に行っちゃダメかな?手料理なんて作ってみたいの」とイチローに言った。「あのぉ、それは、どうかな?」とイチローが言う。「ダ、ダメでしょうか?」と佳子が聞くと、

「どうも、ぼくの借りているアパート、おかしいんです。ラップ音が聞こえたり、人がいないのに足音が聞こえたり。事故物件みたいで。佳子さんが怖がるかもしれない」と言う。

「ええ?事故物件って、今、映画なんかでもやっているアレですか?」
「うん、そう疑っているんですけどね」
「それって、最初から事故物件って知っていて?」
「いいえ、普通の物件で不動産屋さんから紹介されたんですよ」
「それって、問題じゃないんですか?事故物件なのに隠して紹介されたかもしれないでしょ?その不動産屋さんて、どのお店か、覚えておられます?」
「ええ、北千住駅前の㈱ミニミニ城北さんです」

 え?え?それって、美久ネエさんのお父さんのお店じゃない?


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