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閉鎖戦術級魔導征圧者決定戦 #12

 

 何かがおかしい。何だあれは。何が起こっている。
「驚きました。よもやこれほどの実力者だとは」
 静謐そのもののが結晶したような声が、さほど大きくないにも関わらずその場にいた全員の鼓膜をふるわせた。
 吹き飛ばされたままの高度で、ベルクァートは宙に浮いていた。否、最初から斬撃の威力を逃すためにわざと派手に吹き飛んだのだ。
「あなたは……晶魔術士!?」
「その通り」
 彼の足下の空間にうっすらとしたひずみが見える。向こう側の景色が歪んでいる。大気を結晶させて足場を作っているのだ。本来数えることのできないはずの流体を一個の存在と捉えて意味付け、固定させる――晶魔術とは、おおまかに言えばそのような技術体系だ。
「我が晶魔術戦闘、そろそろ披露させていただきましょう」
 両腕をかざす。それぞれの手の先で大気が収斂し、高い密度を与えられて安定した。唐突に激減した体積を埋めるべく、周囲の空気がそこへ殺到する。渦を巻く。
「――《驕慢なる面心立方》よ」
 腕を軽く引き、強く突き出す。二つの立方晶体はレンシルへ向けて射出された。とはいえ、その速度はあまり速くない。不可解に思いながらも半身になって回避する。
 紙一重で体をかすめていった瞬間、結晶は急激に膨張――いや爆裂した。吹き飛ばされ、床に叩き付けられるレンシル。受け身を取って体制を立て直したと同時に再び大気の結晶を撃ち込まれた。着弾の衝撃で気体を結晶させていた術式単位格子が崩壊、拘束から解き放たれた気体が、通常の体積を回復するために裂散する。それは焔の伴わぬ爆発。
「くぅ……ッ」
 全速離脱。どうにかやりすごす。しかし高所からの一方的な攻撃になす術がない。
「まだまだいきますよ」
 矮躯の晶魔術士の周囲で、空気の結晶化がいくつも次々と巻き起こった。大気の体積が大幅に減じ、突風が幾重にも荒れ狂う。長衣がはためく。結晶の数は、無数。
 剣魔術士の顔が遠目にもわかるほど青ざめた。
 一斉射。轟音爆音破砕音。粉塵が爆撃に吹き散らされ、別の爆撃が粉塵を巻き上げる。舞台全域を爆圧が覆い尽くす。衝撃が舐め尽くす。花崗岩の舞台が粉々に徹底的に完膚なきまでに破壊された。跡には砕かれ抉られた地面の凹凸が広がるのみ。
 これほどの攻撃に晒されて、レンシルの仮想質量障壁が保つとは考えにくい。ベルクァートは、細い眼に静かな笑みをやどす。
 眼が、見開かれた。

 レンシルが。
 空中で。
 抜剣の構えを。

 剣魔術士が、吠えた。満身の力で跳躍し、爆発を逃れ、爆風に後押しされながら、やっとのことでこの高度までたどり着いた。敵対者と同じ高みへたどり着いた。
「――ッ! 《玲瓏たる底心斜方》よ!」
 ベルクァートは即座に反応。懐に持参していた珪素と空気中の酸素を結晶させ、細い三角錐が二つ底をくっつけた形の近接戦用結晶を抜き放つ。
 双方の武器が同時に翻り、激突。硬質の凄惨な悲鳴と魔力の発光現象が重なり合った。
 相殺。
 二人はぶつかり合った衝撃で足場から落下。結晶と魔導構造の破片が舞い狂う空中で、同時に体制を立て直し、各々第二撃の予備動作を開始する。
 より速く一撃を叩き込むのは――
 再びの激突。二つの影が交錯する。
 撃発する魔力光。撃ち交わされる得物達の金切り声が、闘技場を震わせた。
 ――地面に降り立つ両雄。
「むぅ……ッ」
 晶魔術士が膝を突く。滅紫の論理否定力場が、砕け散っていた。ベルクァートは器用に肩をすくめて苦笑した。
「やれやれ、接近を許した時点で敗北していましたか」
 レンシルは薄紅に輝く仮想質量障壁を解除しながら、矮躯の晶魔術士に歩み寄った。
「いい試合でしたね」
 屈託ない微笑で手を伸ばす。
「えぇ、おたがいに」
 晶魔術士は照れくさそうにそれを取って立ち上がった。
 試合終了を告げる銅鑼の音が響き渡る。空間の割れんばかりの拍手と歓声が闘技場を満たした。

 ●

 レンシルとベルクァートの撃戦が歓呼と共に終わり、次の試合が始まる段になってもなお、フィーエンの意識はうつつから少しずれた所を抜け出せずにいた。体全体が気体のように希薄になって、拡散してしまう気がしていた。視界が白みがかり、肌に触れる衣服や座席や空気の感触も遠く、周囲を満たす歓声の流動が自分だけを避けて通り過ぎている。
 薄れる世界。
 漸近的に無に近づいてゆく自分。
 ただ、首からぶら下がっている呪媒石だけが、体を溶かすような暖かさと共に確固とした存在感を発していた。それは違和感だった。このまま意識と認識の融解が続けば、恐らく世界にはこの呪媒石しかなくなってしまうだろう。そして? それから?
「――い! おい! フィーエン? どうしたよオイ?」
 肩を揺さぶられる感触が、世界と自分との接点を強引に意識させ、繋げた。途端に周囲の喧噪がどっと押し寄せて来た。
「……う?」
「うじゃねぇよ」
 エイレオが呆れていた。

【続く】

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