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閉鎖戦術級魔導征圧者決定戦 #11

 

 結果としては、『レンシル』ではなく『アーウィンクロゥ』と設定してしまったために、無関係なはずのエイレオまで呼び寄せることとなり、予定は初期段階で頓挫した。だがそれで良かった。あの少年が乱入したおかけで、レンシルが自分と同じように大切なモノを抱えた一人の人間である事実に、ようやく気づけたのだから。おかげで踏みとどまることができた。
 こんな所にまで漂ってくる喧噪が、花崗岩の回廊に殷々と木霊している。
「む…」
 控え室の扉の横には見覚えのある影が佇んでいた。
 エイレオ・アーウィンクロゥ。こちらに気づくと、顔を引き締めて歩み寄って来た。
「姉貴からの伝言だ。『あなたが死ぬ気をなくす結果で終わらせます』だとよ」
 死ぬ気をなくす結果……?
 意味は掴みかねるが、深く詮索するつもりはなかった。
「…そうか」
 それだけを言うと、視線を感じながらも少年の前を横切って控え室の扉を開けた。
 ――どんな結果であれ、これで最期だ。
 己を決意で焼き固める。扉を閉めようとすると、エイレオが戸を手で押さえた。
「爺さん、大会が終わったらどうするつもりなんだよ」
「言わせるのか?」
 言葉に自嘲の笑いが混じる。
「フィーエンを置いて、かよ」
 笑いが立ち枯れてゆく。
「…君には関係のないことだ」
 後ろ手で強引に扉を閉める。エイレオが何かを怒鳴っていたが、もはや耳には入れなかった。

 千年の歴史を持つ、超越者達の由緒正しき乱痴気騒ぎが、今年も始まった。

 ●

 ウィバロは順調に勝ち上がっていた。強大な魔力と技術をもって対戦相手につけいる暇も与えずに完勝し続けた。防御術法にほとんど力を割かない極めて攻撃的な戦術が、彼の圧倒的な実力を観客たちの脳裏に鮮烈に刷り込む結果となった。
「爺さん、箍が外れたって感じだな」
「箍?」
「三年前の試合じゃ、どっちかっていうと守備寄りの戦術で、堅実過ぎるほど魔力の温存に気を使っていたんだが……見ろよ、最初から本気の全力の全開だ。守りを捨て去っちまってるな。俺がいうのもナンだが、危なくないか、あれ」
 フィーエンは答えられず、ただ呪媒石を握る手に力を込めた。ほのかに、熱をもっているような気がした。

 レンシルも勝ち上がってはいたが、こちらは順調とは言いがたい。新たな対戦相手にあたるたびに苦戦を強いられ、翻弄され、咄嗟の機転や偶然でなんとか勝利にこぎ着ける、といった有様だった。しかし、いかなる苦境に陥っても必ず危機を脱して逆転を飾る劇的さに、誰もが「ひょっとしたら」という予感を彼女に抱いた。
「レンシル導師の対戦相手、“結び閉ざす者”ベルクァート・パニエジ……だって」
「前大会は出場しなかったが……かなりの強豪じゃねぇか、そいつ、確か」
「……大丈夫かな……」
「爺さんと当たる前に負けちまったら眼も当てられねぇぞ……」
 銅鑼の音が、沸き立つ闘技場の端々に共鳴し、反響した。六角形の舞台の端と端にある出入り口から、同時に二人の魔導師が現れる。観声がどっと大きくなる。レンシルは笑顔で声に答えながら舞台中央に歩み寄った。相対する小柄な男――“結び閉ざす者”ベルクァートも、同じように中央に移動した。
 そこへ三人目、大会側が用意した運営員の魔術士がやってくる。レンシルとベルクァートは、彼に向かって一礼。魔術士が両掌をそれぞれ選手に向け、魔導構文を詠唱する。ほどなく、粘度のある液体のような防護術法が両者に薄く密着した。これは本来極めて危険な事象である魔法戦闘から選手の命を守る保険である。運営員が下がると、二人は再び対峙し、今度は各々が詠唱を始めた。
 規定では、最初に両名にかけられた汎魔術防護術法の上に、選手が自分で防護術法をかぶせる事になっている。二重の障壁で守られる形だ。戦術的に意味を持つのは外側の方で、これを破られるといくら戦闘続行が可能でも負けと見なされる。障壁の性質や強度は自由に決める事ができるので、しっかりと守りを固める者もいれば、攻撃にほとんど全力を注ぎ込む者もおり、千差万別だ。
 仮想質量障壁が薄紅に煌めき、レンシルの麗姿をふちどる。
 論理否定力場が滅紫に渦巻き、ベルクァートの矮躯を包む。
 六角形に設置された呪化極針が低い唸りとともに起動。無色透明の絶縁障壁が揺らぎながら立ち現れる。試合の準備が、すべて整った。にぎやかな歓声が、誰からともなく収まってゆく。
 闘争の予感。空間が凝固する。レンシルは腰を落とし、両手を隠すように抜剣の構え。ベルクァートは相手を見据えながら不動の姿勢。
 試合開始を告げる巨大な銅鑼の音が、固まった空間を粉々に打ち砕いた。
 途端、レンシルの姿が掻き消えるように消失――したかに見えた次の瞬間には、ベルクァートが錐揉み状に回転しながら上空に吹き飛ばされていた。それを追い越した位置に“剣”を振り抜いた姿勢のレンシルがいる。強力な踏み込みが生み出す甲高い床の悲鳴と、爆風のような斬撃音が、遅れて観客の耳に届く。
 誰もが息を呑んだ。
 ベルクァートはまだ空中にいる。
 割れるような拍手が上がった。究極の秒殺試合だ。さすがは最年少の導師級魔術士。さすがは前魔法大会優勝者。
 ベルクァートはまだ空中にいる。
 かつて魔術士の身で、これほどの剣技をものにした者がいただろうか。誰もがレンシルに惜しみない賛辞を送った。
 ベルクァートはまだ空中にいる。
 拍手の音が、だんだんとすぼまっていった。やがて困惑が沈黙を生み出した。
 ベルクァートは、まだ空中にいるのだ。

【続く】

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