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閉鎖戦術級魔導征圧者決定戦 #13

 

「なんだ? 日射病か? 熱射病か? それとも貧血? 低血圧?」
「……うぅ……ちがう。なんか、変な感じ」
 数回眼を瞬かせ、両手で軽く頬を叩いてみると、脳裏に満たされつつあった白い虚無は嘘のように消えてなくなった。
「うん、大丈夫。心配ないよ。ありがと」
 エイレオは少しの間怪訝そうにこちらを見ていたが、すぐに表情を和らげる。
「無理はすんなよ」
「してないよ。それに、お爺ちゃんの試合、今回ばかりは絶対見なきゃならないから」
「……そうだな」
 二人は眼を転じ、今もかしりが飛び交う六角形の舞台に意識を戻した。弓魔術士と鏡魔術士の試合は、開始直後から激しい攻防が繰り広げられていた。
 精妙な機械の駆動音のような魔力発振の唸りと、爆音、閃光、光条、偏心滑車式長弓の形相、魔導構文の方陣が幾重にも多重展開され、撃発音が砲火が粉塵が、切り裂いて、鉄壁の防御機構、発光体、光弾、乱れ飛び、怒号、咆哮、交錯する黒影、三重の呪的知覚誘導体、後ろに回り込みさえすれば

 明滅。

 唐突に、全身が大きく引き攣った。視界は揺るがない。眼をそらすことができなかった。すべてが急速に目まぐるしく展開する戦況を見やりながら、フィーエンは三年前に同じ場所で見た情景が意識に立ち現れるのを

 明滅。

 気がつくと、自分の肉体はなかった。
 前を見ると、対峙していた。
 今よりずっと精悍で大きく見える祖父と。今よりさらに子供っぽく見えるレンシルが。歓声に包み込まれていた。銅鑼が鳴っていた。レンシルはすぐに前に飛び出していた。輝く刃が閃く度に呪弾式が破裂し、光の飛沫を撒き散らしていた。我武者らに前進するレンシルに対し、ウィバロは泰然と立ち、砲撃を続けていた。弾幕は少女の足を止めていた。呪弾式の連射はさらに加速していた。レンシルは歯噛みしてい

 明滅。

 魔力視覚変換による全方位探査、叩き込んだ、腕を限界まで引き絞り、打ち砕く、激突して烈光が飛び散り、僅かな綻び、吹き飛ばされる粉塵と共に、半壊、飛び退るとすでに、鬨の声、一撃二撃三撃、破片、舞い散る、瓦解する均衡、前へ前へ前へ、魔力反応、砕け散る障壁、銅鑼の音、歓声、歓声、喝采。
 再び、揺さぶられる感触。
「おい? ひょっとして何かキメてらっしゃる?」
「……う?」
「いや、うじゃなくてさ」
 エイレオがこちらの顔をのぞき込んでいる。
 すでに試合は終わっている。気絶し、運ばれてゆく弓魔術士を尻目に、鏡魔術士は悠々と退場している所であった。
 何がなんだかよくわからなくなっていた。
「今、三年前だった。導師レンシル様とお爺ちゃんが戦ってた」
「……マジで大丈夫か?」
「多分大丈夫、だとは思うけど」
 フィーエンは考え込む。今一瞬だけ現れた情景は、確かに前魔法大会準決勝戦――ウィバロとレンシルの試合の様子だ。フィーエンはその試合を当時実際に両の眼で見ていた。記憶とも合致する。あの後の展開も覚えている。しっかりと覚えている。
 何故、さっきその光景が意識に現れたのか。自分が本格的におかしくなっているのでもない限り、心当たりはただ一つ。
 着ている服の襟に急いで手を突っ込み、すっかり手に馴染んだソレを取り出す。
 白い半円形の呪媒石。わずかに熱を持っていた。
「きっと、これだ」
「何がだよ」
「呪媒石には記録と演算の力がある。お爺ちゃんが僕に託したんだったら、何かの伝言が入っているはず。今の幻覚は、多分、それ」
 表面に彫り込まれた、途方もなく細密な紋章をじっと見つめた。そこから何かを読み取れないかと。しかし、あまりにも複雑に過ぎる。とてもフィーエンの手に負えるものではない。
「また何かの光景が現れるかもしれない……」

 ●

 来た。
 時が来た。
 ついに、この時が。
 選手控え室の壁際で、レンシルは片膝を抱えながら踞っていた。緊張と高揚でざわめく胸を持て余すように、腕に力を込める。
 ウィバロは準決勝で一方的勝利を飾り、自分もさっき準決勝を切り抜けた。つまり決戦の場は決勝戦、と。
 笑ってしまうくらいに劇的な偶然だ。
 あとは、ぶつかるだけ。泣いても笑ってもこれが最後。ウィバロが死にたがっている理由などわからないけれど、自分は自分ができることを、妥協なくやりとげるまで。
 眼を閉じ、息を吐き、気持ちを落ち着ける。とりあえず、今はウィバロの戦術をよく反芻して対策を考えるのが前向きかつ建設的な時間つぶしと言えよう。
 ――あの回転儀、前魔法大会の試合では見せなかった術法だ。
 この三年間、ウィバロは魔法を忌避し、フィーエンがそういう事物に関わるのすら良しとしなかった。当然、修練などまったくしていなかったのだろう。新たに編み出した技などではないはずだ。
 つまり、かつての自分ではあの男の本気すら引き出せていなかったという事実。
 思わず唇を噛む。

【続く】

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