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閉鎖戦術級魔導征圧者決定戦 #14

 

 ……私だって、三年前のままじゃない。
 秘策は、ある。以前からエイレオを実験台に、色々と剣魔術の応用を試してみていた。
 単純な魔力の量も、あの時より飛躍的に伸びている。
 でもそれだけじゃ足りない。何かが引っかかる。あの時――ウィバロに路地裏で襲撃されたあの時、連続して呪弾式を撃ち込まれたあの時。
 絶妙な角度で飛来する攻撃は、こちらの動きを巧妙に牽制し、あまつさえ回避した先に呪弾式を“置いておく”――高度な偏差射撃までやってのけている。
 いくらウィバロが歴戦の“魔王”とは言え、そこまで完全無欠な先読みができるものなのだろうか? レンシル自身ですらあの時“次にどこへ避けるか”を考えもせずに、体の赴くまま無我夢中に動き回っていただけだというのに。
 釈然としない。
 だいたい、呪弾式は視認できないほどの超高速ではない。撃ち出されてからレンシルのいる所へ到達するまでに、若干の時間差はある。つまり、ウィバロが攻撃を放つのは、レンシルが回避方向を定めるより前、なのである。どう考えても。
 因果が逆転している。今まで深く考えたこともなかったが、ひどく奇妙に思える。
 この詐術を見破れない以上、勝利は遠い。
「でも、絶対、負けらんない」
 外気で少し冷えた手の甲を額に当て、気休めに知恵熱を抑えた。

 ●

 レンシル・アーウィンクロゥもまた、準決勝を勝ち上がったらしい。
 ウィバロがその報せを受けたのは、ついさっきだ。別に何の感慨も湧かなかった。ひどく、虚しい。
 約束を破るほど子供なつもりもないので、一応出場しはしたが、試合に勝つことよりも落胆を隠すことのほうが難しかった。
 誰も彼も、まるで相手にならぬ。
 驕るでもなくそう悟っていた。だからこそ余計に気が重くなる。この世に執着する理由がまた一つなくなったと言って良い。自分と戦った者は、ほとんど全員が抵抗もできなかった。
 ここにはもう、何もない。
 魔法への憎しみと頂点に立つことへの虚無感、イシェラへの執着が、悔恨の中で渾然と煮られていた。何の生産性もない昏情の燃焼だった。
 だが、その中でただ一つ。鮮烈に輝くものがある。
 ――フィーエン。
 気がかりではないと言えば嘘になる。自分が現世から去った後、あれはどうなるのだろう。
 一瞬、孫のために生き続ける選択肢が意識に立ち現れた。が、即座に否定する。大丈夫だろうか、という心配が傲慢であることはわかっている。フィーエンはもはや、この飲んだくれの魔導師崩れなど必要としてはいない。泣きもするし叫びも嘆きもするだろうが、自分のように何もかもを投げ捨てて逃げるようなことはない。それは靭性に富んだ、しなやかな勁さだ。曲がりはしても、決して折れぬ。なにしろ、イシェラが育てた子なのだから。
 それに、ウィバロは今まで無為に魔法大会の賞金をふんだぐってきた訳ではない。フィーエンが自分の道を見つけ、歩いて行けるようになるまでは、楽に生活していけるだけの金銭は遺してやれる。もう、それで良い。
 試合の時間が近づいていた。
 ゆっくりと立ち上がる。
 ひとまず、約束を果たしに征くとしよう。アーウィンクロゥが完膚なきまでに叩きのめされないと納得できない質の人間なのなら、それなりの対応をしよう。後のことなど知るものか。
 とっくの昔に枯れ果てた闘争本能の残りかすを、無理に燃え上がらせる。
「……さぁ来い、剣魔術士。望み通り、貴様のつるぎを二度と振るえぬようになるまで徹底的に砕き殺してくれる」
 瘴気と共に呪詛を。
 これで、最後だ。今度こそ“魔王”は終わる。
 永い永い苦悩の生もまた。
 終わる。

 ●

 決勝戦にも関わらず、闘技場には不穏なまでの静寂がのしかかっていた。誰も声を発しようとしない。物音を立てることすら罪であるかのように。
 誰もが、その二人の動作を一挙動も見逃さぬように凝視している。
 二人の魔導師を。
 レンシル・アーウィンクロゥ。
 ウィバロ・ダヴォーゲン。
 最年少の導師級魔術士にして前大会優勝者の天才剣魔術士。
 誰もが最強である事を信じて疑わない歴程不敗の砲魔術士。
 彼らは向かい合っていた。睨み合っていた。

 ――いまさら。
 レンシルは苦笑した。誰にもそうとはわからないほど微かに。
 いまさら、何を躊躇っているのだろう。すぐにでも踏み込むべきだ。踏み込み、酷烈の一撃を叩き込むべきだ。これまでそうしてきたように。
 意に反して、体は抜剣の構えのまま凝り固まっている。踏み出せない。眉目が険しく寄せられる。
 ウィバロは、些かも動かない。両腕は構えられるでもなく下げられ、圧力をもった眼光だけがこちらに射かけられていた。引きつけてから必中の砲撃を放つつもりだろうか。
 動けない。ここから先、いかなる挙動をとろうとも――直進しようと回り込もうと――例の不可解なまでに完全な先読みが紡ぐ弾幕によって、見えない袋小路に追い込まれる。そんな気がする。
 ぬるく冷たい汗が、頬を伝った。
 動かなければならない。
 焦燥ばかりが空回りする。

【続く】

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