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止 め ろ

  目次

「えー、そういうわけでな、ハイパー天然合法ドラッグであらせられる大王甲冑魚パイセンをね、とりあえず普通に塩焼きするパティーンと鍋の具にするパティーンを取り揃えてみたんだけどね、」
「アハハ、レッカどの、歯茎から芋虫が生えてるでありますよ!」
「テメーは当然のようにつまみ食いしてんじゃねーよ!!!! ヤバいよ、もういきなり見る幻覚がガチだよ!!!!」
「さすがレッカどのは芋虫を生やすときも三つ又でありますね!」
「今までの人生でもこれからの人生でも「芋虫を生やすとき」なんて状況設定はありえねえよ!!!! どんな異次元の誉め方だよ!!!!」
「り、リーネどの、本当に危険はないのだな?」
「うふふ、だいじょうぶれすよぉ、そーひゃんどのぉ、」
「リーネどの、それは小生ではなく大王甲冑魚氏の兜焼きだ。こっちを向いて小生の目を見て喋りたまえ。」
「えへへ、そーひゃんどの、ちゅー☆」
「良いのか。初の接吻の相手は大王甲冑魚氏なのだが、あなたはそれで良いのか。……まぁ別に良いか。」

 食欲魔人であるフィンとリーネがこらえ性も大人げも躊躇いもなくつまみ食いの挙に出たせいで、その夜の食卓は出だしからカオスだった。

「……どうする、ロリコン。食うの? 食う感じの流れなのこれ? ――おい待てやめろ貧乳!! おめーまでラリったら収拾がつかなくなる!!!!」
「躊躇なく召し上がったな……殿下、大事ないであろうか。小生の顔はちゃんとわかるであろうか。」

 シャーリィは魚肉をむぐむぐしながらジト目で総十郎を見つめたのち、頬に手を伸ばして摘まんだ。
 ぐにぃー、と引っ張られる。

「で、殿下……あの……。」

 引っ張った結果生まれた口の隙間に、木製のフォークに刺さった魚介鍋の具が押し込まれた。

「もごごもご」

 吐き出すのも不作法なので、致し方なく咀嚼する総十郎。
 ほろほろと肉質が解け、噛むたびにやや癖のある旨味が口の中に広がった。同時に、山菜の甘みと苦みが、コクのある鍋汁に包まれてさりげなく自己主張する。

「……うむ。美味である。黒神、貴様は本当に罪深い男だが、料理の腕に免じて罪一等を減じ、市中引き回しののちに打ち首獄門となるがよかろう。」
「減じてそれなの!? 俺どんだけ罪深いの!? ちょっとエルフ娘が常時安全日なのをいいことに連日連夜無責任白魔法を決めて回ってるだけじゃねえか!!!! ひどすぎる!!!!」

 死ねばいいのに。

「レッカどのはまほーが使えるのでありますか!? 見せてほしーでありますー!」
「ねえから!!!! 俺マジでそっちじゃねーから!!!! ほんとマジでやめろアホが!!!! 見せるなら乳ゴリラ一択じゃボケェ!!!!」
「なぁにぃ~? なんのはなしぃ~?」
「リーネどの、こめかみから芋虫が生えておるぞ。貴族の子女がはしたない。」
「あはは、ほんとだー! リーネどの、あわてんぼさんでありますっ」
「ふぁっ!? や、やだもーはずかしいれすっ! そうゆうのみんなの前ではっきり言わないれくださいよぅ……」
「てめーら和気藹々と気の狂った会話してんじゃねーよ!!!! あと貧乳は俺の鍛え抜かれた尺側手根屈筋にかじりつくんじゃない!!!! さっきから一体何が見えてんだよテメーは!!!! 痛ぇよバカ野郎!!!!」
「あっ、殿下ずるい! リーネも尺側手根屈筋かじりたいのれす~!」
「ソーチャンどのー。大王甲冑魚さんが「くぽぽぴぴぷぺェッ!!」ってゆってるのでありますー」
「で、あるかぁ。「芋虫」と「八紘一宇」をかけた雅なレトリックである。残さず頂くとしよう。」
「おしとやかであります~」
「はぁぁぁ~、鋼のように鍛え抜かれた尺側手根屈筋めちゃ渋~……がじがじ」
「どうしよう、この、これ。どうしよう……この超天才の超天才的頭脳をもってしてもちょっとこの状況は解きほぐせない……インパッセボー……」
「黒神よ、貴様まったく食べておらんではないか。ほれ、口を開けよ。」

 ひょいと腕を伸ばして烈火の鼻をつまんで塞ぐ。

「おいバカやめろロリコン待て! 待て早まるな!! 烈火くん薬物とか良くないと思うの!!!! ていうかぜったいヤバいだろ依存症とかそうゆうのもががもごもごもがーッ!!!!」
「いいから食せ。立派な芋虫を生やせぬぞ。」

 両腕がエルフの主従にかじられているので突き飛ばすこともできない烈火の口に、大王甲冑魚の兜焼きをまるごと突っ込んだ。

「もがッ……もごッ……」
「そ、ソーチャンどのぉ! そっ、そっ、それじゃあわたしとレッカが、かっ、かっ、間接キスってことになっちゃうじゃないれすかぁっ!」
「おや、そうであったな。これは失敬をば。」
「もー、乙女の腎臓を弄ばないでくださいっ!」
「ふふっ、あは、あははっ、シャーリィでんか~、そんなところかじっても万能薬パナケイアは出ないでありますよ~、ふふふふふっ」
「腎臓か……確かにリーネどのの腎臓は食してみたい感があるな。」

 瞬間、ヴァリヴォリと凄まじい音がして、烈火が甲殻に包まれた頭蓋を豪快に噛み砕き始める。
 んごっくん、と喉から首、胃の腑にむかって大きな塊が飲み下されてゆくのを外から視認できた。

「てめーら……」

 ぐるぐる目で睨みつけてくる。

「その全身から生え腐ったシン・ゴジラの尻尾どもを残さず貪り食ってくれるわーっ!!!!」
「あいえー」
「きゃー」
「うわー。」

 ひどいことになった。

 ふと。
 ギデオン・ダーバーヴィルズの襲撃など永遠になく、この何ということのない日常がずっと続くのではないか、という非合理的な思考が、総十郎の中に芽生えた。
 かぶりをふって、その妄想を追い出す。
 それでも総十郎にとって、この何事もない穏やかな日々が、かけがえのない輝きを帯び始めていることは否定のしようがなかった。
 他の面々にとってもそうであることを、心から願った。

【続く】

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