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すぐやめられる、大王甲冑魚

  目次

 エルフの民に浄化の神具の製法を伝え、平民も参加する新たな防衛体制を構築するにあたり、女王や騎士たちと入念な打ち合わせを行っていた総十郎であったが、二重の意味で苦労させられた。
 まず騎士たちが、平民を戦いに駆り出すことに強い拒否感を示したのだ。特に最長老の騎士ケリオス・ロンサールを説得するのには骨が折れた。実際に神具の威力を示して、平民も対アンデッド戦においては重要な戦力になりうることをようやく納得させたのだ。
 二重の意味のもうひとつは、こうして軽々しく故郷由来の技術を異邦の民に伝えることへの道義的抵抗感である。王国の存亡にかかわる事態であり、今回ばかりは自分を納得させるほかないが、本来総十郎は異世界の技術を定着させることには否定的な考えを持っていた。技術は人を繁栄させるが、決して幸福にはしない。確かにオブスキュア王国は、神州大和に比べれば技術面において比較にならぬほど劣っている。しかし森とうまく調和し、安寧の停滞の中に生きるエルフたちは、疑いようもなく大和臣民よりも豊かで穏やかで幸福な生活を送っている。技術はそれを不可逆的に破壊してしまうだろう。人類が農業を発明したことによって、終日の労働と貧困の渦中に叩き落されてしまったように。無論、彼らが自分の意志で技術を開発し、近代化を成し遂げるというのなら止める権利などないが、技術の弊害を全く理解しない無垢なる者に、野放図に何もかも教えるのは一種の暴力であるとすら思う。
 ともかく本日の禁厭法・神楽鎮魂祭を終え、結界の強度を上げるためのさまざまな小儀式を森の外縁に施して回り、一息入れようかと自宅に戻ってきた総十郎は、そこで珍妙な光景に出くわした。
 ンゴゴゴゴwwwwと品のないイビキをかいている烈火はどうでもいいとして、フィンとシャーリィが卓の上でなにやら毛糸を編んでいる。

「おや?」
「あ、お帰りなさいでありますソーチャンどのっ!」
「うむ、たゞいま。興味深いものを作っておるな。」

 テヱブルの上で、戦術妖精たちが緑の毛糸の輪を掲げ持っている。輪から一本伸びた線が、フィンの手元に伸びて編まれているようだ。
 シャーリィの方も同様に、戦術妖精が作業を手伝っている。

「編みぐるみでありますっ。シャラウ陛下にプレゼントするのでありますっ」

 目を輝かせてこちらを見つめてくる。
 褒めて褒めてと無邪気な願いがすぐに伝わってくる。
 総十郎はほころぶような微笑みが自らの頬に咲くのを感じた。

「それは良い。きっと喜ばれるであろう。」
「えへへ、そうだと良いのでありますが……」

 顔を伏せながらも喜色満面。今にもしっぽを振りそうな喜びようである。
 女性に対するときと違って笑顔力をセーブしなくて良いので、総十郎は自然体でフィンと接することができた。
 そして、この真面目で純朴な少年が、人品にどこかどこかふわふわとした柔らかいものを帯び始めていることに気づき、総十郎は大いにうなずく。

 ――この森での暮らしが、彼にとって救いとなるよう、小生も気合を入れねばならんな。

 間違っても、この世界の思い出が、フィンの絶望となることなどないよう。
 この無垢な目をした少年を、もう決して一人にはするまいと、総十郎は改めて固く誓った。

「完成した暁には、是非とも小生にも見せてほしいものである。」
「もちろんでありますっ」
「それで、名前などは考えておるのかね?」
「名前……」
「まあ、シャラウ陛下がつけるという形でも良かろうが。」
「名前、名前……んー……」

 視線を上向かせ、しばし唸る少年。

「……けろぴーくん?」
「待て!!!! それは著作権的にグレーだ!!!!」

 唐突に跳ね起きた烈火がまたぞろ意味不明なことを言い出す。

「ええー、いい名前だと思うでありますが……」
「覇狼鬼帝の眷属の権威を貶めた者には、かの荒神より身の毛もよだつ恐ろしい裁きが下されるであろう……外典惨痢悪書、第三章十二節より抜粋」
「なんだ、お主の世界の神格であるか?」
「ちげーよ俺はもっとメタな心配をしてんの! おめーらにはわかんねえだろうがな!!」

 まったくわからないのでカエルの編みぐるみの個体名はめでたく「けろぴーくん」に決定したのであった。
 あーあしらねえぞぉ~、とか嘯きながらまた寝始める烈火を尻目に、フィンとシャーリィは囁き合いながらけろぴーくんの設定を固め始める。
 仲睦まじい様子に相好を崩していると、玄関からリーネの元気な声が聞こえてきた。

「おぉーい、夕ごはん獲ってきましたよーっ!」
「あっ、解体お手伝いするでありますっ!」
「ってちょっと待てェェェェェェッッ!!!! 乳ゴリラなんだその不思議クリーチャーは!!!!」
「なにって、大王甲冑魚だ。捕まえるのに苦労したぞ」
「ほあー、厳めしいご面相であります」
「いや大丈夫それ? 食えんの? 毒とかないよね?」
「毒ではないが、食べると変な幻覚が見られるぞ」
「なにナチュラルに合法ドラッグ勧めてんのこの子!!!!」
「リ、リーネどの、それは、その、人族が食べても大丈夫なものなのであろうか……?」
「えー、いらないですか? せっかく獲ってきたのに……」

 しょんぼりと長い耳が垂れ下がる。

「しょ、小官は食べるでありますよっ! リーネどの、解体の手順を教えてほしいでありますっ!」
「フィンどの……!」
「むぎゅっ!」
「マジか……マジかコイツ……薬堕ちショタとか闇が深すぎるだろ……」
「はぁ~~~フィンどのは本当にかわ、慈悲深い殿方です! うりうり」
「むぎゅっ! むぎゅっ!」

 総十郎は、床に放り出された大王甲冑魚とやらを仔細に観察する。並の大人よりも体重のありそうな、雄大な体躯だ。頭蓋が鎧のように分厚く硬質化しており、力強い顎が魁夷なシルエットを形作っている。通常、毒をもつ生物は身体的には脆弱であることが多いのだが、この生物に関しては例外のようであった。あるいは――そもそも幻覚作用自体、人体との相性が悪いせいで発生する偶発的な中毒症状であって、大王甲冑魚側の意図するところではないのかもしれない。

「しかし……食べるのか……」

 総十郎は一抹の不安を覚えた。

【続く】

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