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コミュ力の化け物

  目次

「はわわっ」
「御父君にこうして抱きしめられたことは?」
「あ、あります……」
「抱き上げられたり、褒められたり、頭を撫でられたりしたことは?」
「あります……」
「では疑問を差し挟む余地などないな。リーネどのにもし子供ができ、愛してもいないのに百年以上愛しているふりをして接し続けるなどということが、あなたには可能であろうか?」
「む、無理、です」
「では、それが答えだ。あり得ぬよ、自らの娘に本音を語らぬなど。出奔したのは、よほどの事情があったのであろう。」

 優美な指先が動き、ぽむぽむとリーネの頭を撫でた。
 かつて、王国最強の勇者たる父にそうしてもらった記憶が否応もなく去来し、目尻に溜まった熱い雫が頬を伝った。

「あ……ぅあ……ソーチャン、どの……」
「苦しい気持ちを打ち明けてくれてありがとう、勇気ある人。」
「でも、でもわたし、ちちうえの跡目、ちゃんと継げてない……」
「どうしてそう思われる?」
「フィンどの……じゅみょう……ぐすっ……」
「ふむ……御父君の後進として、胸を張れる有様かと言えば、確かに否であるな。」

 びくりと、震える。

「しかしリーネどの、それはあなたが考えているのとは逆の意味で、だ。」
「ぎゃく……?」
「御父君はあなたを心から愛し、慈しんでおられた。これはもう確定事項である。であると同時に、シャロン殿下の自死を受け止められず、誇りを傷つけられたと感じ、卑近な弱さを抱えてもおられた。これもまた御父君を示す事実である。で、あるならば――」

 総十郎はリーネの両肩を掴み、真正面から見据えてきた。

「リーネどの。どちらも事実なのだ。御父君は卑近な弱さを抱きながら、それでもあなたが神統器レガリアを受け継ぐまでの間、立派に騎士の務めを果たし続け、一人娘をこんなにも真っすぐな心根に育て上げ、家門に伝わりし武芸を余さず継承させたのだ。己が弱さを、直視しながら。」

 リーネは。
 何か不思議なものを見るような目つきになっている己を自覚する。

 ――強いて、強くあった。

 父上の跡目として、恥じぬ自分であるべきだと思ったから。
 だが、当の父上が、己の弱さを己に許していたのだとしたら。
 リーネの中で、当然の前提としてあった父親像が、大きく揺らいだ。

「変わるべきだ、と言ってゐるのではないのだ。リーネどの。」

 それは、つまり。
 本当に強いとはどういうことかという話で。

「弱くて、弱くて、そのせいでフィンどのに犠牲を強いてしまった自分を、許せ、と……?」

 すると総十郎は、王都の琥珀天蓋を透かして降り注ぐ仄やかな陽光にも似た微笑みを浮かべた。
 裡に哀しみを秘めつつも、この事態すべてを慈しもうというような。

「フィンくんがリーネどののために身をなげうったのは、あなたが弱かったからではない。あなたが愛すべき、良き人だったからだ。」

 爽やかな風が吹き抜け、二人の髪を揺らしていった。
 切なさを含んだ高揚が、リーネの胸を満たした。黒く重い気持ちは消えてなくなったわけではない。だが、そっとしまい込み、フィンどのに何を返せるかを前向きに考えられるようにはなった。
 それが何なのか、まだわからないけれど。

 ――わたしは、彼の味方でいよう。彼が苦しみ悲しむときは、必ず彼の支えになろう。

「ソーチャンどの」
「うむ。」
「ありがとう。本当に……」

 すると彼は、明朗な笑顔になってリーネの横を通り過ぎて行った。
 肩に手を置かれる。

「ではこれにて御免。小生これよりシャラウ陛下と打ち合わせである。」

 去ってゆく彼の背中を、リーネは思慕と憧憬とともに見送った。
 総十郎に対するこの気持ちは、きっと恋、ではないのだろう。
 だけど、それよりも優しい気持ちなのだと、尊いものなのだと、信じられた。

「ありがとう、ソーチャンどの……」

【続く】

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