風雲急を告げる
悪夢のような大王甲冑魚事変から幾日か経った。
そもそもの元凶だったリーネはラリってる最中のことを何も覚えておらず、他の面々がそれぞれ負った心の傷(笑)も癒えかけた頃。
フィンとシャーリィは黙々とけろぴーくんを編み上げ続けていた。
二人並んで、ひとつのものを完成させようと力を合わせる。
ほかならぬこの人とそれができたことが、うれしかった。
ふと目が合って、笑い合って、じゃれ合いながら、同じ目標に向かってゆく。
――シャラウ陛下。
かつて、彼女にも同じようなことができる相手がいたのだ。
その人はもう、遠く、遠く離れてしまったけれど。
もう戻っては来れないほど、遠くに行ってしまったけれど。
それでもあの人に、あの涙に、何かをしてあげたかった。
――倒すだけじゃ、ダメなんだ。
ギデオン・ダーバーヴィルズ。
その思惑がどこにあるのか。フィンは薄々、気付きかけていた。
確信までは、まだ至らないけれど。その行動の端々から、彼は何かを今でも強く愛していることだけは、なんとなくわかった。
その愛が、どこに向かっているのかは、わからないけれど。
――きちんとしたお別れをさせてあげないと、ダメなんだ。
このまま幽鬼王として討滅しては、彼と彼女は永遠に救われないから。
ただ、哀しみに蓋をしつづけることしかできなくなるから。
面と向かって、想いを確かめ合って、お別れを言わないとダメなんだ。
もう永遠に、お互い触れ合うこともできなくなった恋人たち。
それがどんなに哀しいことなのか、フィンにはまだ、理解できないけれど。
それでも、このままじゃダメなんだと、強く決意した。
……そして、意識を取り戻した。
「……う……?」
うっすらと目を開けると、視界が規則正しく揺れている。
「おや、起こしてしまったかな?」
低く澄んだ、包み込むように優しい声。
それで、自分が総十郎におんぶされていることに気付いた。
「あ、えと……」
「作業に没頭したまま崩れ落ちて眠ってゐたのでね、寝台まで運ぼうかと、な。」
「あわわ、申し訳ないであります。自分で歩けるであります」
「まあ/\、小生は君のために何かしたいのだよ。そういう気持ちを汲んでやるのも、献身のひとつの在り方であると小生は思うな。」
「あーうー」
少々恥ずかしい。
けどちょっと心が浮き立つような、面はゆい気持ち。眠気はどこかに行ってしまった。
総十郎は、テラス状に開けた廊下を歩んでゆく。精霊たちの燐光が、安らかに舞っている。
「……ソーチャンどの」
「うん?」
「シャラウ陛下と、ギデオンどのの過去について、聞いたでありますか?」
「リーネどのから、一通りのことは。」
そして、微笑する気配。
「……小生も、同感である。」
「え?」
「引き合わせたいのであろう? シャラウ陛下と、ギデオンどのを。」
完全に胸の裡を読まれていた。
「あ……えと、はい……でも、危険だし、とても難しいことだとわかっているであります……」
「そうだな。多大な労力を伴うことであるし、そこまでしたところで得られるのは、二人の魂の安息のみ。国難の中にあって、何をおいても優先されるべきものではない。」
「はい……それでも」
「それでも、であるな。」
このままでは、ダメなのだ。
それだけは、理屈を超えた確信としてある。杭のように胸に突き立ち、熾火のように熱を発している。
ほどなく、フィンの部屋に辿り着いた。
しばし、ギデオンとシャラウを引き合わせるための策を話し合う。
だが、瞬間移動能力を持つギデオンを捕えるというのは非常に難儀であるという結論にならざるを得なかった。
ベッドの中に潜り込みながら、フィンは目を伏せる。
「……小官は、余計なことをしようとしているのではないでしょうか……」
「うん?」
「仮に、二人を引き合わせることに成功したとしても、それがシャラウ陛下にとって救いになるとは限らないのでは……よけいに傷つけることになるだけなのでは……」
微笑の混じった吐息がかすかに聞こえてきた。
長く優美な指が伸びてきて、フィンの栗色の髪をくしゃりと撫でた。
「たとえそうだとしても、それは必要な傷である。なにもわからぬまゝ幕を引かれるよりは良いはずだと、小生は思う。」
傷つくことも、時には必要なのだと総十郎は言う。
だけど、あの繊細な女王はすでにたくさん傷ついているのに、これ以上傷つかなくてはいけないなんて、あんまりだと思う。
込み上げそうになる涙を、フィンはどうにかこらえた。
「……さぁ、もう寝なさい? ギデオンどののことは、小生も考えておくから。」
囁くような優しい声に、少しだけ安心する。きっとこの人ならなんとかしてくれるという幼い信頼。
少し、甘えてみたくなった。
「……小官が寝るまで、そばにいてほしいであります……」
「お安い御用である。」
総十郎の手を感じながら、フィンはすこしずつ眠りに落ちていった。
●
数日後、けろぴーくんが完成した。
同時に、幽鬼王ギデオンと、その眷属たちによる襲撃の報が、王国中を瞬時に駆け巡った。
ふわふわもこもことしたカエルのけろぴーくんは、贈られるはずだった相手の腕に抱かれることもなく、ぽつねんと机の上に取り残された。
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