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絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #37

  目次

「美味です。美味です」
「むぐむぐ」
「美味です。美味です」
「むぐむぐ」
「食ってんじゃねーよクソジジイ!! 話の続きはやくしろや!!」
 しょうがないからジャーキーもう一皿注文してやったら野郎いつまでも食ってやがる。
「ふむ、「月」なる存在については私も古の記録に通ずる身ゆえに、存在自体は知っていたが、そのようなことになっていたのかね。それで、我々も死したるのちはその第一大罪フォビドゥン・セフィラに召されることができるのかね?」
「むぐむぐ。そうはならなかった。物質に依存せずに存在できる人格が、どのような変貌を遂げるのか。その時誰も、ヴァ―ライドすらも予測できなかった。当たり前だ。それまで「ハードウェアを持たない知性」なんてものはこの世に一つたりとも存在しなかったんだから」
「美味です。美味です」
第一大罪フォビドゥン・セフィラに召された人々が、真っ先に欠落させたのが、「現実感」だった。肉体がなくなったにも関わらず、むぐむぐ、生前の肉体的欲求をそのまま持たされてしまった故人たちは、永遠に癒えない飢えと渇きに苦しめられ続けた。どれだけお腹が空いても、物を食べることはできなかった。どれだけ眠くとも、眠ることはできなかった」
「なんだそりゃ。しょーもな」
「欲求と人格は不可分に結びついている。これらを切り離すことはできなかった、と。興味深いな」
「それでも死者たちは量子的クラスタシステムを構築して仮想現実世界を創造し、そこで無聊を慰めていたが、遠からず限界にいきついた。仮想現実を構成する材料は彼らの記憶だったが、時間の経過とともに当たり前に風化し、色あせていった。むぐむぐ。新たに召されてくる人はいたが、しかし月世界に世代交代などはない。このため、全体から占める「現実感をいまだ保っている人」の割合は低下の一途をたどっていった。彼らは、新入りの記憶情報を寄ってたかって貪る悪鬼のごとき存在になっていった。恐るべきことに、死者たちが餓鬼に堕ちるまでにかかった年月は、わずか数年だった」
「美味です。美味です」
「死者たちは死ぬことも、狂うこともできなかった。ただ、自分たちをこの地獄に誘ったヴァ―ライドを憎み、いまだ肉体を持つ生者たちを妬んだ。そして、物質的限界を超えて思索し続けられる超知性をもって、現実世界に浸食しようとした。第一大罪フォビドゥン・セフィラの外殻ハードウェアに残っていた〈無限蛇〉システムの自動生産プラントをハッキングし――ある存在・・・・をこの世に誕生させた。死者たちの手足となり、強制的に生者を自らの仲間入りさせるための端末。肉と機械のグロテスクな融合物。全人類の敵――」
「ふむ、その名は?」
 アーカロトが口を開き、発音しようとした瞬間、
 大気を揺るがす爆発音とともに酒場の一角が吹き飛んだ。
「御用改めだぞ、カスども」
 そうして開けられた大穴から、七つの人影が酒場に押し入ってきた。
 ――乙式機動牢獄……!
 ゼグの全身を、戦慄が走った。

【続く】

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