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絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #38

  目次

 ゼグは、〈原罪兵〉を恐ろしいと思ったことはない。
 ただのチンピラよりは殺すのに手間がかかるというだけの存在だ。ドタマか心臓に鉛玉ブチ込めば大人しくなるのだから必要以上に恐れることはない。所詮は同じ人間である。
 だが――機動牢獄に関しては、即座に逃げを打つべきだと考えていた。遭遇イコール死を意味する、絶対的な武力。
 意図的な食料規制などという、即座に暴動を引き起こしかねない〈法務院〉の施政を支え続けてきた、不条理の化身。
 体が動かなかった。
 動いた者から殺されると本能的にわかっていたから。
「アー、まぁその、なんで俺らが来たかっつーのは君ら全員よっくわかってるだろうけど、あのー、あれだ、決まりだから、一応な?」
 わざとらしい咳払い。
 その姿は、鈍色の甲冑に蒼いエネルギーラインが走る極めて高度な機能美の複合体であった。人体工学に基づいて細かく分割された装甲が精緻に噛み合い、視界に入れているだけで眩暈がしそうになるほどの情報量を湛えている。下層民が自作した強化装甲服など、これに比べればオモチャ同然であろう。
 極めて低温の罪業ファンデルワールス装甲が周囲の大気を冷やし、白い湯気となってまとわりついている。
「悪質かつ常習的な有害嗜好物質製造罪および売買罪および単純所持の現行犯により、テメーら全員死刑な。裁判とかないから。そんへんヨロシク」
 ――乙陸式機動牢獄。
 市街地および屋内での戦闘・制圧を主眼に開発されたもっとも一般的な乙式だ。
「っ! クソがッ!」
 一瞬の自失から立ち直った客たちが、それぞれのテーブルを倒して防壁と成し、得物を一斉に七体の闖入者に向けた。
 撃発音とともに無数の火線が機動牢獄に収束し、まばゆい火花が狂い咲く。とどめに破片手榴弾が複数投げ込まれ、炸裂。爆音と閃光が〈組合〉の酒場を引き裂く。
「……無駄だよ」
 ゼグは口の中で呟く。死の覚悟を固めていた。クソが。こんなところで。
 爆炎の中から、無傷の乙陸式機動牢獄たちが悠然と進み出てくる。
 当然だ。すべての機動牢獄を鎧う罪業ファンデルワールス装甲は、吸着の性質を持つ規格化罪業場を分子構造の中に組み込んでいる形而上的防護素材だ。あまりに強固に分子を縛るため、分子振動すらも押さえつけている。結果として超低温となった。
 アレを破壊しようと思ったら最低でも戦車砲は持ってこなくてはならない。
「はい、自分の雑魚さがわかったところで、死のうかクズども? おいテメーら、女はあんま殺すなよ? やっぱ潤いとか必要じゃん俺ら?」
「さっすが隊長、話しがわっかるゥー!」
 軽薄な言葉を交わしながら、機動牢獄らの手の中に光を放つものが現れた。蒼く直線的な罪業場だ。固体化した多数の罪業場が回転しながら組み合わさり、瞬く間に半透明の長銃を構築する。
 機動牢獄の機能として備わった規格化罪業場は、〈原罪兵〉のものとは異なり、個人の資質など一切考慮せず同一の動作・性質を持つ。罪業場を構成素材とした機械的射出装置など〈原罪兵〉では到底不可能な芸当だ。
「はいそれではカスの皆さんさよーならァ!」
「美味です、美味です」
「むぐむぐ」
「美味です、美味です」
「むぐむぐ」
「…………」
 機動牢獄らのカメラアイが、一斉にこちらを向いた。
 ゼグは、自分の顔が引き歪むのを感じた。

【続く】

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