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【連載小説】「雨の牢獄」解決篇(六)

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【注意】
本投稿は、犯人当て小説「雨の牢獄」の解決篇です。
問題篇を未読のかたは、そちらからお読みください。

※「雨の牢獄」についての説明はこちら

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「事件発生時の足跡は既に偽装されたもので、犯行は降雨後だった……なるほど……」
 と、独り言ちる黎司。
「もしかして……誰がやったかまで……考えていたり……」
 黎司が問うと、瀬奈は躊躇いがちに口を開いた。
「犯人は、誰にも見られず、本館の一階で自由に行動する必要があると思うの」
「ああ……ということは」
「朝食後、リビングに最後まで滞在して、一人になるのを淡々と待っていた人物」
「該当するのは」

 ――枝野さんだ、と黎司は言った。

 風も強くなってきたようだ。
 激しく、優しく、波のように不規則に揺らぐ雨音がドラムソロのように鳴り響いている。

「でも……」 
 と、黎司は言って、
「記憶は……証言は……どこまで信用できるんだろうか」
「なんて言ったの」
 と、耳を傾ける瀬奈。
「もし枝野さんがそのとおりの方法で犯行を行ったのなら……もし僕がその立場だったら」
 シャウトするヴォーカルのように、黎司は声のヴォリュームを上げた。
「速やかに犯行を終えたならもう、リビングに滞在はしない」
「ああ……」
「僕だったら、意図的に行動履歴を曖昧にする……寅男さんにも、亜良多さんにも、犯行の余地が充分あったように証言するし……犯行後も実際に二階の自室と一階のリビングを往復しておいて……そうしておけば、たとえば、リビングにいないのを誰かに目撃されたりだとか、物音がするとかしかなったとか、そういった他の三人の証言との不整合も回避できる」
「なるほどね」
「もちろんちゃんと証言を突き合わせたわけだから、全員の行動は、大まかには図に書いたとおりで間違いないんだろうけど……でも、たとえば誰かがトイレかなにかで数分だけ離席したとか、そんな瑣末な記憶の漏れや揺らぎまでは、あのタイムテーブルには反映されていないわけで」
「そうね」
「枝野さんの行動が証言のとおりでも……その枝野さんの目を盗んで二階から降りて、玄関や廊下を通り抜けることは、他の三人全員に可能だったはず……彼女はビデオ鑑賞をしていたわけだから、ずっとリビングの外に注意を向けていたわけじゃないだろう」
「うん」
「それ以前に……」
 と、さらに声を張る黎司。
「そういったタイムテーブルの瑣末な揺らぎを考慮しても、説明できないことがあるんだ」
「説明できないこと」
「さっきの瀬奈ちゃんの説明のとおりなら、雨が降った後、裏口にはサンダルがあったわけだ」
「うん」
 じゃあ、と言葉を切る黎司。 
「犯人は……被害者が離れにいることを、どうやって知ったんだろうね」

 ああ、と瀬奈が声を漏らす。
「離れは泥の海によって隔離されている……書斎は施錠によって閉ざされている……じゃあ、犯人は太郎さんの所在をどうやって特定したんだろうか」
 これも絵に描けば一目瞭然なんだけど、と黎司は言って、
「本館のどの場所からも離れの窓を見ることはできない……せいぜい一階のトイレや浴室、二階の窓から顔を出せば、書斎の窓を目視することはできるだろうけど……でも、書斎の窓には遮光性のあるカーテンが引かれていたから、その程度では書斎の在室の有無は判断できないんだ」
「ノック……他の人たちに聞かれないように気をつけながら、書斎のドアをノックすればいいじゃない」
 それはできないんだ、と、黎司。
「太郎さんは書斎で仕事をするとき、ヘッドホンをする習慣があるんだ」

 ああ、と再度、声を漏らす瀬奈。
「これは劇団関係者なら周知の事実だっただろうし……だから、ノックに返答がなかったからといって、書斎にいないと断定することは犯人にはできなかったはずなんだ」
「そもそも……なんだけど」
「うん」
「犯人は被害者が一人になるチャンスを狙えばよかったわけで……無理に書斎の中を確認する必要はないと思うんだけど」
「そう……そうだね、たしかに犯人にその必要性はない」
「でしょう」
「でも、事件は、実際に、起きてしまっている」
 自分の思考の整合性を押し固めるように、ゆっくりと黎司は言った。
「つまり、犯人は何らかの手段によって被害者の所在を確認した……この事実は変わらないんだ」
「そうか……」
 
 話を元に戻そう、と黎司。
「枝野さんは……〈足跡の密室〉を作れない」
「えっ」
「そう、もう一点……誰が〈足跡の密室〉を『完成』させることができたか……このことを考慮しないといけないんだ」


※【解答篇(七)】に続く

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