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ナクバは形を変え続いている (映画『ファルハ』について

先日、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2022にて、ヨルダン出身の映画監督ダリン・J・サラム監督の映画『ファルハ』がジャパンプレミアとして公開された。

映画は1948年のパレスチナ農村に暮らす主人公の少女ファルハが、イスラエルの建国前夜にイスラエル兵(厳密には建国を目指し反英運動を行っていたハガナーやレヒ等の民兵集団)によって何が行われたのかを目撃する様子を描く。映画の観客は、食糧庫に隠れたファルハとともに限られた情報量の中で残虐な民族浄化の様子を追体験する。

上映後の監督と観客とのQ&Aによれば、映画『ファルハ』は監督が実際にナクバを体験した高齢者やその子供や孫、友人としてそれらの証言を引き継いだ複数の人々によるオーラルヒストリーをもとに再編した、事実に基づいたストーリーである。牧歌的な雰囲気で開始する物語は、村の風景や少女たちのトーブ(刺繍で彩られた女性の民族衣装)、主人公ファルハと友達のファリダとの友愛など、美しいシーンも多いが、監督は、こうしたシーンは民族浄化によって「何が失われたか」を強調する意味合いがあったと伝えた。

また、監督に筆者がインタビューしたところによれば、女子教育の重要性や幼年婚の問題など、ジェンダー平等に関するテーマを盛り込む意図もあった。
さらに、プロダクション会社によっては内容に対し圧力をかけようとする場合もあったため、どの会社と仕事をするのかは非常に慎重に選び、自分のやりたいことをさせてくれる出資者に出会うには時間がかかったことも語ってくれた。

語られるナクバの記憶

映画でも描かれた通り、現在イスラエル領となった土地に1948年以前に居住していたパレスチナ人らが、自分の村や住居、農地、商店などを破壊または収奪され、虐殺を伴う強制追放を受け、西岸地区およびガザ地区や周辺アラブ諸国をはじめとする国外に逃れた一連の出来事は「ナクバ(大災厄)」として記憶されている。
(凄惨なナクバの様子の一部は、以下の証言プロジェクトでも言及されている。)

この間、約75万人のパレスチナ人が難民となり、彼らの故郷への帰還は未だ果たされていない。それどころか、ガザ地区への断続的な空爆や西岸地区への国際法違反の入植活動、家屋破壊、文化の簒奪が継続している。
1948年から75年が経とうとしている現在もナクバは決して過去の出来事ではなく、続いているのである。

上映後、会場からは他にも、なぜ2021年に制作した映画で1948年ナクバのことを語ったのか、ということを問いかける質問が出た。当然、上述の通り1948年の出来事は現在のパレスチナ占領を理解するためのマイルストーンであるからだ。そして、2022年の今こそ『ファルハ』は日本人によって鑑賞されるべきだろう。イスラエル人の入植に伴う住居破壊と強制退去は、それが中東和平を不可能にしているといっても過言ではないほど、パレスチナとイスラエルの関係の主要ファクターであるにも関わらず、自爆テロや空爆と比較し、あまり認知されていないためだ。

東エルサレムでのナクバの再演

特に東エルサレムは入植活動や家屋破壊の的になっている。これは、エルサレムを首都としたいイスラエル側の「ユダヤ化」政策の一環として行われている。67年に強制併合したエルサレムの東西を、そこに住むパレスチナ人や国際社会との合意なしに名実ともにイスラエル領としてしまおうという強引な試みであり、日本の外務省もその違法性を指摘しているが、トランプ政権下でのエルサレムへの大使館移転と、その後バイデン政権によるトランプ政権時代の方針の継続は、イスラエルの強硬路線の追い風になってきた。

最も記憶に新しいのは、昨年2021年のシェイク・ジャッラ(Shiekh Jarrah)での強制立ち退き裁判である。これは入植者団体の訴えを受け、イスラエル最高裁判所が同地区に居住するパレスチナ人が5月6日までに立ち退くよう判決を出したことに起因する。(なお現在は期限延長中)

これに対し、国際法違反で人権侵害にもあたるとしてパレスチナ人や国連を始めとする国際社会・人権活動家が抗議を行い、東エルサレムで抗議運動が起こると、イスラエル当局が武力によりこれを弾圧し東エルサレムの治安は急激に悪化した。特にラマダーン最後の金曜日にイスラーム教の聖地であるアル・アクサーモスクで抗議活動が起こりイスラエル当局の制圧により多数の怪我人が出る事態になった際には、ハマースが報復としてガザ地区よりロケット弾を発射した。更にその報復としてイスラエルがガザ地区に11日間にわたる空爆を行い、66名の子供を含む256名が殺害された。

上記の出来事のうち、ハマースからのロケット弾発射やイスラエルによるガザ地区への空爆は連日、日本のニュースでも大きく取り上げられていたが、それらの起点ともいえるシェイク・ジャッラでの立ち退き判決や東エルサレムでの暴力的なデモ弾圧は語られないことは既に別の記事で指摘をした。

マサーフェル・ヤッタ(Masafar Yatta)で何が起きているのか

こうした入植問題は、東エルサレムの他に、ユダヤ教にとって重要とされる遺跡や聖地、あるいは水や肥沃な農地、観光資源のある土地(死海など)といったイスラエルに経済的に利する土地を優先に進められている。

現在、破壊されようとしているパレスチナ人のコミュニティの1つが、西岸地区の南部ヘブロン近郊のマサーフェル・ヤッタという地区である。同地区の8つの村には計1,300名ほどのパレスチナ人が居住しているというが、今年5月にイスラエルの裁判所はパレスチナ人らによる退去命令取り下げの訴えを却下した。
イスラエルは80年代に同地区を軍事地域の「Firing Zone 918」として指定し、パレスチナ人の先住民に立ち退きを迫ってきた。1999年に裁判所はパレスチナ人らに居住と耕作を認めたが、新しい住居の建設などは禁止されてきた。また2006年以降64件の住宅がイスラエル当局により破壊されてきた。
https://www.btselem.org/video/202010_firing_zone_918_an_exercise_in_war_crimes#full

住人ら、アクティビスト国連専門家などはイスラエル当局が強制的に立ち退きを実行する恐れがあるとして警戒を強めている。
イスラエル軍は6月21日より住民らの住居付近で軍事訓練を開始しており、既に住民らは大幅な移動の制限をされている状態である。

1948年に起きたナクバを語り継ぐことで、今起きているナクバは止められるか

こうした状況下において、映画『ファルハ』は是非色々な方に広く視聴される映画だと感じる。イスラエル当局にこれ以上、植民地主義的な暴力を許さないように、国際社会が監視をし、抗議の声を上げていかなければならない。過去のナクバを学び、再び起こされているナクバを止めるためにも、映画や報道を通じ、一人でも多くの人がイスラエルの入植活動や住居破壊に関心を持ってくれるよう願ってやまない。

映画は映画祭特設サイトより、7月27日㈬までオンラインでも公開されている。


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