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飯山・中山言説は時間と空間の「誤読」を起こしている

この記事は中山副防衛相が自身のTwitterに投稿したツイートと、それを擁護する飯山陽氏の「手紙」の問題点が何であるかを、BJBのメンバーの一人である私Y.S.が、できるだけ噛み砕きながら解説することを試みるものです。


前書き

 まず、本題に入る前に一つだけ書かせてください。

 ここ数日、パレスチナ・イスラエル問題をめぐっては日本語でもさまざまな言説が飛び交っています。特にネット上で読めるもの(公開された論文や専門諸機関のHPは除きます)には、嘘や陰謀論までも含まれることに深い憂慮を抱きます。noteで記事を書いている私が言うのもおかしなことだと思われるかもしれませんが、特にこの問題に今回初めて興味を抱いてくれた方々、これまでパレスチナやイスラエルについて何も知らなかったという方々が万が一これを読んでいましたら、ぜひ一冊でも国際的・学術的にきちんと評価を受けた本や文献を選んでください。これは私個人の、心からのお願いです。ネット上の言説には、どの立場で書かれているものも、残念ながら事実に基づかない不誠実なものが散見されます。

 また、両方サイドから意見を聞けば、つまりイスラエルとパレスチナから数人を引っ張ってきて、双方の意見を聞けばニュートラルで安心ということも、ありません。この問題でニュートラルという立場は殆ど存在しないと言って良いです。ここにはパレスチナVSイスラエルという対等な二項対立があるのではありませんし、無作為に選んだ双方の民間人の意見を同じだけ聞けば自動的に中立だということはあり得ません。

 自戒としても書いておきますが、反知性主義に陥らず、常に学びをアップデートしながら時に過去の自分の意見に反することを恐れないでください。この問題に対して真摯な態度で批判的に取り組むのは、今爆弾の落ちてこない場所にいる私たちの最低限のマナーと誠意だと考えます。

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背景


 それでは、本題に入ります。5月12日、中山泰秀副防衛大臣が以下のようなツイートをしました。

 そしてそれを擁護する飯山陽氏のnote記事がこちらです。

 まず中山ツイートの問題点ですが、大きく分けて主に2つあります。

①外務省のプレスリリースに矛盾し、日本の外交路線から外れている。
②今回の武力行使・それに伴う一連の事件の時間軸及びに空間的な広がりに対しての視点が欠落している。

 以下に説明します。

 ①日本の外務省は、中山ツイートの前日である11日に以下のような外務報道官談話を出しています。

⑴我が国は、多くの負傷者が発生している東エルサレムにおける衝突と暴力、ガザ地区からのロケット弾発射といったイスラエル・パレスチナをめぐる最近の情勢に対し深刻な憂慮を表明します。

⑵ガザ地区からのロケット弾発射や東エルサレムにおける衝突を含め、暴力行為はいかなる理由によっても正当化できるものではありません。現下の事態は、イスラエルと将来独立したパレスチナ国家が平和裡に共存する「二国家解決」の実現を求める国際社会の努力に逆行するものと言わざるを得ず、これらの暴力行為を強く非難します。日本政府は、すべての関係者に対し、一方的行為を最大限自制し、事態の更なるエスカレートを回避し、平穏を取り戻すよう強く求めます。

⑶この関連で、シェイク・ジャッラーハ地区を含む東エルサレムのパレスチナ住民に対する強制立ち退き命令の可能性は、事態を更に悪化させかねないものと指摘せねばなりません。また、イスラエル政府当局による東エルサレムにおける540棟の入植地住宅建設計画は、我が国が国際法違反として幾度となく撤回を求めてきたイスラエル政府による入植活動の継続にほかならず、まったく容認できません。イスラエル政府に対し、その決定の撤回及び入植活動の完全凍結を改めて求めます。


 「暴力行為は如何なる理由によっても正当化できるものではありません」「すべての関係者に対し、一方的行為を最大限自制し、事態の更なるエスカレートを回避し、平穏を取り戻すよう強く求めます」という箇所からは、外務省がイスラエルに対しても暴力行使を止めるように求めていることが分かります。「イスラエルにはテロリストから自国を守る権利があります」としてイスラエル国防軍(IDF)の暴力行使を容認する旨を明言した中山ツイートとは立場が違っています。

 実際、中山ツイートには駐日パレスチナ常駐総代表部のシアム大使が抗議しており、既に外交問題となっています。日本は石油の輸入のほとんどをサウジアラビア・UAE・カタールなどの湾岸アラブ諸国に依存していますので、外務省や経産省はこういった国々との戦略的で友好的な関係を重視しています。イスラエルと国交回復をしたUAEですら、今回の武力行使ではアラブ連盟と同調しイスラエルを批判する姿勢を見せています。

 中山副防衛相のツイッター上の発言は、後に書くように文脈への理解を欠いているがゆえに非論理的な上に、日本の国益にも反していて、個人としても政治家としても大変不適切な発言だということをまず指摘しておきます。

 そして②の「今回の武力行使・それに伴う一連の事件の時間軸及びに空間的な広がりに対しての視点が欠落している」が、今回の記事の本題です。私は中山・飯山言説の最も問題がある部分がここだと考えています。


時間と空間の誤読

中山ツイート・飯山noteにおける時間の誤読

 今回の中山・飯山言説は、意識的または無意識的に今回のガザ・イスラエル双方の武力行使の起点をそれまでの歴史的経緯から切り離しています。

 中山ツイートには以下のような文章があります。
「最初にロケット弾を一般市民に向け撃ったのは一体誰だったのか?」

しかしいったい彼はいつを「最初」だとしているのでしょうか。

 パレスチナ・イスラエル問題には非常に長い歴史があります。ヨーロッパでのシオニズムの高まりなどから挙げればキリがありませんが、2000年代以降のガザとイスラエル間の武力行為と人的被害だけに絞ってもそれなりの時間的コンテキストがあります。

 代表的なものでは2008年と2014年のガザ戦争・ガザ侵攻、また最近では2018年から2019年にかけてガザとイスラエルの境界付近での大規模デモ(「帰還の大行進」)とそれに対する武力行使で270人程のパレスチナ人が殺害されています。

 このようにガザでは数年おきに空爆・地上侵攻・デモ隊への発砲が起きています。今月10日のハマースのロケット弾の発射は、現在イスラエルが空爆を続けている数日単位の歴史での「最初」だったかもしれませんが、これを「起点」のように扱うのは無理があります。

 また、飯山氏は「手紙」の最後に以下のように書いています。

もちろんイスラエルには自衛権があります。しかし同時に、ハマスによって「人間の盾」として利用されているパレスチナの人々を解放し、領土問題を解決に導くためにも、メディアはハマスを擁護すること、偏向報道をやめるべきなのです。

 ここでは、インティファーダやハマースの誕生、2006年の西岸を含むパレスチナ自治区での選挙結果などの過去は無かったことにされ、ハマースが武力によって可哀想なガザの人々を占領・支配しているという構図が描き出されます

 イスラエルの軍事行動は「被害者」を「テロリスト」から救うためのもの、というシナリオはまさに植民地主義の理論です。植民地主義者は、第三世界の人々を残虐非道な「テロリスト」と無知で純粋な「被害者」の二つの像に還元し、そこに論理と思想と生活を持つ「人間」がいることを覆い隠します。ガザの人々はれっきとした行為主体であり、二元論で単純に理解できる記号ではありません。

 当然、私はハマースを批判します。ハマースの内部には相当な腐敗や言論統制があるだろうとも考えています。ガザ地区の市民の中にもハマースによる人権侵害を受ける人もいるでしょう。私はハマースがパレスチナ人の間でそれなりに支持されていることを憂いています。

 しかし、ガザにそれでもハマースに望みを託さざるを得ない人々がいることは事実です。それは水や食料不足、停電、失業率といった絶望的な環境の中で、東京並みの人口密度の中に封鎖された人々がどういった選択を取るかという問題でもありますし、あるいは人権を侵害され侵略行為を受ける人々の抵抗、あるいはガザ地区の内外で行われる様々な政治的駆け引きの結果です。

 そして私はハマースを批判しますが、絶望的な状況で人権を制限され国際社会から見放されたパレスチナ人がハマースを支持することを批判しません。武力行使を厭わないハマースが一定の支持を受けているという事実に対して私たち非パレスチナ人がやるべき仕事は、批判でも擁護でもなく、それを現状として理解することです

 私はガザ・イスラエル間に空間を絞って話をすれば、今回「最初」に攻撃をしたのはイスラエルだと理解されるべきだと思っています。人々が封鎖され占領されているという人権侵害自体が既にロケット弾の遥か前に放たれている「攻撃」だと考えられるからです。

 しかし中山・飯山言説はこういった大前提の状態には触れません。歴史的な時間軸を都合よく切断して、まるでガザ地区とイスラエルの間に被占領・占領関係というコンテクストは存在せず、イスラエルが突然数日前にテロに襲われたかのように「誤読」している(あるいはさせている)のです。

中山ツイート・飯山noteにおける空間の誤読

 前節で中山・飯山言説には、「時間」に「誤読」があると書きました。この節では「空間」にも「誤読」があるという指摘をします。最も重要なのは、このガザ・イスラエル間での暴力は全体像の一部であり、イスラエルは同時多発的にパレスチナ人全体に暴力を振るっているという事実です。

 パレスチナ人は以下の地域に居住し、それぞれの場所で全く異なる国籍や市民権を持っています(あるいは持っていません)。
①ガザ地区
②ヨルダン川西岸地区
③イスラエル領内
④東エルサレム
⑤パレスチナ・イスラエル国外(ヨルダン、シリア、レバノン、アメリカ、欧州、中南米など)

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(外務省HPより。黄色塗りが①②で②の西岸地区の西の抉り取られたような部分にエルサレムがある)

 このうち①②は「パレスチナ自治区」です。③のイスラエル領内に住むパレスチナ人は「48アラブ」や「アラブイスラエリ」としてイスラエル国籍を持ちイスラエルに民族マイノリティとして存在しています。④の東エルサレムに住むパレスチナ人はイスラエルによる東エルサレムの強制併合の結果イスラエルの行政権下に置かれましたが、イスラエル国民としての権利はなく外国人として扱われます。

 前節で、今回の「起点」をガザ地区からのロケット弾に設定するのは時間軸としておかしいという点を説明しました。前節では中山・飯山言説の舞台設定に準じてガザ・イスラエル間にのみ限定して書いたのであえて触れませんでしたが一般的にパレスチナ・イスラエル問題に少しでも知見のある書き手は、今回の暴力行為の「起点」を東エルサレムのシェイクジャッラ地区に置きます。

 シェイクジャッラ地区とは、東エルサレムの旧市街(石の城塞に囲まれ岩のドーム(アルアクサーモスク)、嘆きの壁、聖墳墓協会のある地区)の北に位置するパレスチナ人の住宅街で、その更に北はイスラエルの入植地に囲まれています。同地区は東エルサレムの「ユダヤ化」の最前線で、パレスチナ人住民の追い出しとイスラエル人の入植が政策として行われており、今年に入ってからはその政策が加速していました。
 イスラエルの裁判所からシェイクジャッラの6家族に対して下された立ち退き命令の期限が迫る中、既に4月中頃から東エルサレムは極度の緊張状態にありました。パレスチナ人のアクティビストたちが強制立ち退きに反対する運動を行なう中、右派のイスラエル人団体「レハヴァ」はエルサレムで「アラブ人に死を」というチャントでデモを行うなど対立感情は煽られていました。

 シェイクジャッラでの抗議活動への参加者に対し、イスラエル警察が弾圧を開始し多くのアクティビストが逮捕されると、東エルサレムの各地で警察への抗議と弾圧が見られるようになり、そうした状況の中5月7日にラマダン月最後の金曜日が訪れます。アルアクサーモスクで礼拝をしていた多くのパレスチナ人ムスリムらの間で「シェイクジャッラを救え」という抗議活動が広まると、イスラエル警察が突入し武力で礼拝を中止・制圧しました。

 これを受け、ガザ地区のハマースは宗教的中心地である「クドゥス(東エルサレム)」への治安部隊の突入を「超えてはならない一線」だと主張し、イスラエルに報復を警告し実際10日にロケット弾を発射しています。こうして空間としてガザ・イスラエル間のみを切り取らずに文脈を追ってみると、今回の一連の激化する暴力は、シェイクジャッラ地区への違法な入植を推し進めるイスラエルの政策が根本的な原因とも考えられるのです。

 この事態の広がりはガザでの空爆にのみ帰結したわけではありません。その後、イスラエル警察による東エルサレムの抗議者への弾圧とガザ地区への空爆に対する怒りと異議申し立てはパレスチナ全土に波及し、西岸地区やイスラエル領内のパレスチナ人コミュニティでも大規模な抗議行動が起こされています。これに対して西岸地区ではイスラエル当局による武力を伴った弾圧、イスラエル領内では右派のイスラエル人による48アラブへの粛清事件と警察による右派の「護衛」が起きています

 中山副防衛相に関しては中東の地理に疎く、これを全く理解しないまま本当に空間的な誤読をしてIDFの主張するままをツイートをしたのかもしれません(それはそれで問題ですが)。

 しかし、イスラーム思想の専門家であり少なくとも上記のことを承知しているはずの飯山氏は、少なくとも「手紙」において西岸地区やイスラエル領内におけるパレスチナ人への弾圧や粛清には一切触れていません。西岸地区では19日時点で死者は20人に上るといいますが「テロリスト」とされているハマースと違い、東エルサレムや西岸地区の抗議者たちへの暴力や殺害は正当化する手段はありません。そのためガザ地区以外のパレスチナという空間的な広がりは彼女の言説にとって都合が悪く、完全に排除されているのです。

 このような時間と空間の「誤読」こそが中山・飯山言説の根幹です。そして私が最も残念に思うのは、中山副防衛相はともかく、飯山氏はこの「誤読」を自分の客に言論を売るためにわざと行っているだろうということです。

 「手紙」ではパレスチナ問題を正しく報じていないとしてメディアが批判されていましたが、

ハマスの思う通りの「イスラエルが悪い、イスラエルこそ諸悪の根源」という報道をし続け、それしか知らない日本人もそのイメージを固定化させています。

私は少なくとも朝日新聞の清宮記者や毎日新聞の三木記者が、ハマースに好意的な記事を書いている、あるいはイスラエルが全面的に悪であるという記事を書いているとは思いません。それどころか新聞の見出しにはガザとイスラエル間の圧倒的な武力の不均衡を無視し対等な武力のぶつかり合いであるかのような印象を与えかねない「衝突」「応酬」という言葉が連日踊っています。

 これは読者の判断することであるとは思いますが、メディアは飯山氏が言うほどハマースに肩入れなどしておらず、この「メディア批判」は、もともと上記の新聞社などを快く思っていない自らの客層へのリップサービスだと考えた方が自然です。

 また飯山氏はあれだけ人々の誤解を加速させるような記事を無料で公開しておきながら、他の記事を有料で公開し、飯山氏の言説に深く共鳴する読者を選択しクローズドな場所へ誘います。もちろん学者の研究成果には対価が支払われるべきでありnoteに価格をつけるのは悪いことではありませんが、こうした人権が深く関係するトピックにおいては危険なやり方だと思います。

 同じ商業商品だとしても、出版物として編集者や版元が存在し、書店や図書館で多くの人の目に触れる本や雑誌と違い、ああいった一種のオンラインサロンはカルト的側面を持ってしまう可能性が強いだろうと私は危惧しております。実際、Twitter上で致命的な英語の誤訳等をくり返し他の研究者から何度も指摘を受けている飯山氏は、指摘者をブロックするなど異なる思想を排除し周囲を同質な意見で固める手法でファンを獲得しています。

 もし例えこの記事に反対し飯山氏の記事に賛成する意見の持ち主の方でここまで読んでくださっている方がいれば(それは考えにくいですが)、それは一向に構いませんので、冒頭に述べたようにどうか、せめてインターネットで情報を得始める前に、本屋に並ぶ出版物や専門機関の発行するニュースレターや冊子を手に取っていただければと思います。

 ということで長くなりましたが中山・飯山言説の問題点を整理してみました。連日ショッキングな映像や情報ばかりが入り何が正しいのか分からなくなることもあるかと思いますが、これからも誠意ある態度で勉強を続けていきたいと思っています。

☆本記事はY.S.の個人の意見であり、BDS Japan Bulletinの見解ではありません

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