阿部慶賀

創造性の認知科学・認知心理学を扱っています。和光大学現代人間学部 准教授。日本認知科学…

阿部慶賀

創造性の認知科学・認知心理学を扱っています。和光大学現代人間学部 准教授。日本認知科学会 常任運営委員。 共立出版「越境する認知科学 2 創造性はどこからくるか」、日本文教出版「コミュニティ・オブ・クリエイティビティ」、東京大学出版会「認知科学講座2 心と身体」など。

マガジン

  • アートの世界でこんにちは

    アートの世界の人から創造性研究について考えさせられたことなどを集めました。

  • 天才研究の盲点

    天才を扱った研究について、疑問や懸念点などをまとめたものです。

  • 生成系AIは創造性の敵なのか

    生成系AIが創造性、あるいは創作に取り組む者の立場を奪うのかを考察しています。

  • 遊んで磨く創造性

    創造性の育成につながりそうなゲームやトイを紹介していくやつです。新しいゲームや知育玩具を見つけたら書くので不定期更新。

最近の記事

「レンタルなんもしない人」さんを心理学研究目的でレンタルしました

 知っている人も多いと思うが、「レンタルなんもしない人」というひと一人分の存在のみを貸す(何か行動を起こすことはなく、簡単な受け答えや飲食程度のことのみ行う)サービスがある。その話を聞いた時点ですでにもう「面白いアイデア」と思い強い関心をもっていたが、今回、心理学の研究材料として利用させていただく運びとなった。  私の利用用途は心理学実験。具体的にはパーソナルスペースと呼ばれるものの実験だ。パーソナルスペースはいわば人と人との快適な距離感である(人に限った話ではないが)。コ

    • (読書)「世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか」山口周 著

       大学の瑣事に囚われてまたもアウトプットが遅れてしまった。つらい。  前々回で「映画を早送りで見る人たち」でエンタメを急いで消化する人たちを、前回で「ファスト教養」で教養を急いで摂取する人たちを見てきた。今回はその真逆に位置する人たちに触れた『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか」を紹介したい。といっても、この本、伝えたいメッセージは徹頭徹尾シンプルである。ロジカルシンキングだけではこのVUCA(不安定、不確か、複雑、曖昧)の変化に対応しきれないので、ぶれない自分の美

      • (読書)「ファスト教養」レジー著

        前回、「映画を早送りで観る人たち」を紹介したが、今回はエンタメではなく教養のファスト化である。エンタメだけじゃなく、学びにおいても即席、短時間での効率を求める動きがあることを指摘する本書。そこで指摘されていることには、エンタメのファスト化と重なる部分もあるし、教養において顕著な特徴もあった。 まず、エンタメのファスト化と同様に指摘されていたのはタイムパフォーマンス、時間対効果の圧力だ。取引先で相手に合わせる話術のための教養といった超近視眼的な動機で教養を求める立場もあれば、

        • (読書)「映画を早送りで観る人たち」稲田豊史 著

           学生の卒業研究に絡めて稲田豊史さんの「映画を早送りで観る人たち」を読んだ。Youtubeの倍速視聴に代表される娯楽のファスト消費を考察するものだ。学生の卒業研究に絡めて、とはいったものの、当該の学生はむしろその逆で「最終回を見届けられない」若者であった。これは、途中で挫折するというよりも、最終回"だけ"見届けられない、ロスを恐れる心理だ。その心理を探るためにはどうしたものか、と思っていたらなんと逆の風潮の方が目立っているではないか。個人的には「最終回を見届けられない」心理も

        「レンタルなんもしない人」さんを心理学研究目的でレンタルしました

        マガジン

        • アートの世界でこんにちは
          4本
        • 天才研究の盲点
          4本
        • 生成系AIは創造性の敵なのか
          4本
        • 遊んで磨く創造性
          5本

        記事

          (読書)「創造性はどこからやってくるか」郡司ペギオ幸夫 著

          8月の初めに郡司ペギオ幸夫先生が「創造性はどこからやってくるか」という新書を著したという。なんということか。拙著とかなりタイトルがかぶっているではないか。 しかし、これは向こうが拙著に被せてきたのではない。郡司先生はそれまでに「やってくる」という著書を出していて、その続編的(実践編的)なものとして「創造性はどこからやってくるか」というタイトルになったというわけだ(書影が怖くて「やってくる」が別のホラーな意味にとれそうだが・・・)。  とはいえ、タイトルがかぶっている以上は

          (読書)「創造性はどこからやってくるか」郡司ペギオ幸夫 著

          ダンスの発表会をみる

           妻の勧めでダンス教室の発表会を見に行った。認知科学でもダンスは熟達研究、表現(創造性)研究、運動研究などの観点で対象とされている。例えば、素人と熟達者で動きがどう変わってくるのか、美しいと言える動きには何か特徴があるのか、そもそもどういう処理で身体動作を実現しているのかなど、研究の方向もさまざまだ。  個人的には普段の研究の方向上、創造性や熟達の面で興味があった。受講生のチームによる発表もあるが、その後に講師の先生の演技もあるとのことで、両方をみることにはきっと得るものがあ

          ダンスの発表会をみる

          JCSS2023参戦レポート②

          前回JCSS2023(日本認知科学会第40回大会)のことについて紹介した。今回は特別企画と自分の発表について述べる。 特別企画:明和電機「ご当地ゴムベースができるまで」 日本認知科学会は時々変わったゲストを呼ぶことがある。南極を旅した人、噺家、茂木健一郎氏、歌人、ほんまでっかTVでおなじみの澤口俊之先生、茂木健一郎など。そして今回はミュージシャンの明和電機さんだ。ご当地の素材を使ったゴムベース(ゴムで弾くベース)の制作過程などを講話されていた。むろん、数々の創作楽器たちと演

          JCSS2023参戦レポート②

          JCSS2023参戦レポート➀

           少し投稿に間が空いた。直前のエントリーの最後に書いた、はこだて未来大学で開催された日本認知科学会第40回大会(JCSS2023)に参加、発表していたためだ。筆者のメインフィールドはこの認知科学会なのだが、筆者が感じるこの学会の魅力は以下の通り。 トピックの多様性:もともとが学際分野で哲学、心理学、人工知能、言語学、神経科学などが主要な構成要素とされていたが、教育学(学習科学)、芸術学(絵画からパフォーミング、デザイン学、サブカルまで含め)の発表も少なからぬ数の研究報告があ

          JCSS2023参戦レポート➀

          アート(とその所有者)は文化の継承者である

           今、研究上の関心から、アートの値段や来歴の扱いについての本を読んでいる。これがなかなかに面白い。アートの価格はどう決まるのか、どうして持ち主が移り変わっていくのか、その移り変わりが何を意味するのか、そうしたところにもいろんな物語があることが分かった。山口桂さんが著した「美意識の値段」という本が読みやすく、著者の熱も伝わってとても面白い。   特に伝運慶作・木造大日如来坐像の取引に関するエピソードは、著者本人も奇跡的かつ大きな成果として語るだけあってものすごい熱量が伝わった

          アート(とその所有者)は文化の継承者である

          アートの中の概念結合に励まされる

           創造的なものを作っていくコツとしてよく言われているのが概念結合、2つの異なる概念を合わせることだ。素朴なアイデアでいうと「味噌ラーメン」(味噌汁+ラーメン)や「雪見大福」(大福+アイス)などが例となろう。組み合わせる者同士の関連性や類似度が遠いほど、意外性を生み、創造的だという印象を与えやすい。個人的にその極致とも言えるものは、相反するものを1つのコトやモノの中に収めることだと思っている。  結構前の話だが、アーツ前橋で行われた展覧会「山本高之とアーツ前橋のビヨンド20X

          アートの中の概念結合に励まされる

          偉人を使役して創造性支援に役立てる

           以前にも偉人・天才の研究についてはやや否定的なスタンスを取っていたが、否定してばかり、嫌ってばかりでは進歩がない。むろん、偉人や天才のことを見て学べる部分は学んでいくといいとは思う。今回は、偉人のマネをするのとは少し違う、偉人を勝手に使役して創造性を支援できないか、考えてみる。 方法1:AIに偉人を降霊させて使役する 自分で書いていておよそ研究者の言葉とは思えない見出しだが、むろん、本当に魔術や召喚の儀をするわけでもなければ、聖杯戦争に挑むわけでもない。前にも取り上げた、

          偉人を使役して創造性支援に役立てる

          自称「天才」につきつける現実と処世術

           教育に関わる仕事をしていて、さまざまなレベルの学生と接してきた。偏差値帯で言えば60オーバーのところから40前後のところまでさまざまである。一見すると60オーバーのところの学生はさぞや利口で指導しやすいだろう、と思うかもしれないが、案外そうでもない。このあたりには結構難しいタイプの人がいる。その1つが自分を天才だと思い込んでいるタイプだ。こういうタイプによくあるのは、自分は才能が有って卓越しているから、既存のルールに当てはめるのはよくない、と自ら言ってしまうこと。あるいは、

          自称「天才」につきつける現実と処世術

          アホや未熟で何が悪い

           ゲームにせよ、研究にせよ、スポーツにせよ、参入障壁の高すぎるコミュニティは発展しない。一時期の対戦格闘ゲームやシミュレーションゲームがそうなりかけていた。複雑な操作系やシステム、ルールが中級者の挫折や初心者の心理的な抵抗感を生んでしまった。ハイレベルなプレイヤー同士の対戦は見ていて楽しいものだが、じゃあ自分がやりますか、となると、ちょっとついていけない・・・となってしまう。人前で下手なプレイをさらすのは恥ずかしい、あるいは、そんな自分が対戦の場に立つこと自体場違いで周囲の興

          アホや未熟で何が悪い

          締め切りは創造性の敵か味方か

           もうすぐ8月が終わる。大学教員をやっている私にはまだ授業期間はやってこないし、逆に民間企業などで働いている人はとっくにお盆休みは過ぎているだろうからだからどうしたという感じかもしれない。が、誰もがかつては小学生中学生だったわけで、そこでは8月の末には休みが終わる名残惜しさと、ひさびさに学校に行く楽しみとがないまぜになった複雑な感情をもったことがあろう。が、そんな気持ちを背中からつららのように刺しつらぬくのが「夏休みの課題」である。今は教育現場も変わってきて、昔のような宿題の

          締め切りは創造性の敵か味方か

          ラバーダック・デバッグの応用

           前々回、生成系AIを使った発想支援の方法を書いた。自分の書いた考えを他人の言葉のようにして見直すのにAIを使おうというものである。しかし、この方法自体は実はそれほど新しいものではない。他人との協同が自分の考えの整理につながるという事自体はすでに知見としてあるのだが、そんな理屈を飛び越えてエンジニアの間で使われている方法として「ラバーダック・デバッグ」がある。エンジニアのそばに置いてある人形に話しかけることで悩みや躓きを克服するというものだ。人形を話し相手にすることで自分の考

          ラバーダック・デバッグの応用

          美術教育、鑑賞教育の人々の実践に学ぶ

          本日、都内某所にて有志による読書会に参加しておりました。読んだ本はElliott Kai-Kee, Lissa Latina, Lilit Sadoyan(2020) "Activity-Based Teaching in the Art Museum: Movement, Embodiment, Emotion".  私自身の専門とは異なる、美術館を舞台とした教育について議論する本でした。3部12章構成で、私は3部7章「Movement」という章を担当しました。 どんな話

          美術教育、鑑賞教育の人々の実践に学ぶ