見出し画像

JCSS2023参戦レポート②

前回JCSS2023(日本認知科学会第40回大会)のことについて紹介した。今回は特別企画と自分の発表について述べる。

特別企画:明和電機「ご当地ゴムベースができるまで」

 日本認知科学会は時々変わったゲストを呼ぶことがある。南極を旅した人、噺家、茂木健一郎氏、歌人、ほんまでっかTVでおなじみの澤口俊之先生、茂木健一郎など。そして今回はミュージシャンの明和電機さんだ。ご当地の素材を使ったゴムベース(ゴムで弾くベース)の制作過程などを講話されていた。むろん、数々の創作楽器たちと演奏も披露。ちゃんと歌声を聞くのは初めてだったが、やはりプロ、いい声だしうまい。基本的には楽器のデザインプロセスの話だったが、個人的には楽器の創作という活動には認知科学としての研究の可能性があるような気がしている。打楽器、弦楽器、管楽器、鍵盤楽器などなど世にはさまざまな楽器があり、そこには音を出すための特定の動きが求められる。打楽器くらい分かりやすい動きならともかく、弦楽器や管楽器のような複雑な動きと音が結びつくと、演奏する側は楽しく、聞く・見る側は美しいと思えるのはなぜなのか、これはよくわかっていない。メロディをなぞれるなら別に打ち込みでもいいはずなのだが、ああも難しい動きを強いられながら人が弾く音には魅力がある。それはなぜなのか。どういうルールで動きと音を対応付けると楽器として成立するのか。そのあたりまで話ができると良かったのだが、さすがにそこまで議論が飛躍することはなかった。


ゲストの明和電機 土佐信道さん
ゴムベースを演奏する土佐さん。本当のベースみたいな音が出て見事な演奏でした。

フェロー講演(今井むつみ先生、岡田浩之先生)

 認知科学会は毎年、大きな貢献をした功労者にフェローを授与していて、今年は新書「言語の本質」で話題の今井むつみ先生(慶應大)とロボカップの功労者でもある岡田浩之先生(玉川大)に授与された。岡田先生は学会の若手支援室という役割でご一緒させていただいていて、日ごろからもやりとりのある先生だが、ロボットの開発を通して人の本質を知るという形で認知科学にも大きな示唆を与えた方だ。ロボカップで「2050年までに人間のルール(FIFA公式ルール)で人間の代表チームに勝つ」というグランドチャレンジを掲げて今もなおそれに向けて開発が進んでいる。人間のルールで、というのがポイントで、実は人間のルールじゃなくてよければ今でもいけるらしい。ロボットならではの動きや出力でやっていいなら人間のアスリートを圧倒するパフォーマンス、パスやシュートもできるだろうが、人間の対戦チームにケガや事故が起きてしまう。人間の身体、人間でもできる動きを再現しつつ、その上でロボットが人間に競り勝つことにロマンがあるのだろう。ただのロマンというだけでなく、そうすることが転じて人間のアスリートがなす技の凄さ、その心の中や身体の中で行われている情報処理の凄さを実感することにつながるのだろう。これについては、個人的には勝ち負けのルールがはっきりしたスポーツならそう遠くないうちにいけそうな気がしている。むしろ難しいのはダンスやスケートなどの表現系のアスリートに勝つことだと思うが、それについてはまた機会を変えて述べたい。

あやしい口頭発表をやってきました。

 この学会は発表カテゴリがいくつかあり、ポスター発表(文字通りポスターに発表内容を印刷して傍に待機し、訪れた人に説明していく)、オーガナイズドセッション(企画者がテーマを決めて講演者を招待したり、発表希望者を公募したりしてトークをする)、そして口頭発表(大人数に向けて講演する)がある。応募時にカテゴリーの希望は出せるが、オーガナイズドセッションと口頭発表は募集枠が少ないため、希望しても選ばれないことがある。私はどこでもよかったのでそのとおり「どれでもいい」という回答をした結果、口頭発表になっていた。

 で、大勢に自分の研究発表を聞かせることになったのだが、何の話をしたのかと言うと、「事故物件」と「有名人の私物」である。人は「誰かが触れたもの」についてその人の属性が伝染する気がしてしまう。有名人が使っていたものはなんかオーラが宿っているような気がしたり、事故物件には怨念が宿っている気がしたり。こういう現象は魔術的伝染と言って心理学の研究テーマにもされてきた。聞いた感じだとオカルトみのある話だが、意外にもこの現象は子どもよりも大人の方が影響が出やすいという。子どもの方が霊感が強い気もするが、先入観や予備知識でものをみる大人の方が、感じたままを素直に見る子どもよりも視えてしまうらしい。要は思い込みや知識からくるこじつけの結果なわけだ。
 で、そういった魔術的伝染は憑いてしまったらどうすれば消えるのか。これは事故物件を抱える大家さんや美術品・創作物を取引する際には考慮する必要がある(特に事故物件)。で、以前にも記事で取り上げた「解釈レベル理論(人は離れている物事ほど雑で抽象的に、近い物事ほど具体的で綿密に考える)」を使ってその影響の持続力を調べてみた。
 調査としては有名人の着ていた私服(10万円)を買い取る場面と事故物件(家賃10万円)を契約する場面を設定し、自分が買い取る(契約する)前に、何人の手を渡ってきたか、自分の手元に来るまでに何年が経過したかを様々に変えて、希望する買取金額(家賃)を答えてもらった。
 その結果、有名人の私服を買い取る場面では、経過した時間の長さは買取金額に影響を与えない(図1)が、自分の前に所持していた人が増えるほど、値段が下がっていく結果になった(図2)。

セレブリティ伝染(有名人の所有物がすてきに感じられる現象)の減衰。図1は有名人が手放してからの経過時間、図2は有名人が手放してから何人の所有者を渡ってきたかを変えた結果。

一方、事故物件の契約場面では逆に、事故後から自分が借りるまでの間に何人が住んでいたかは家賃に影響せず(図4)、事故後から何年が経過したかの方が家賃に影響を与えた(経過時間が長いほど事故の影響は軽減され、希望家賃は高くなる。図5)。人が抱く「モノにとりつくオーラや怨念」の思い込みは、有名人と事故物件ではどうも扱いが違うらしい。事故物件(いわゆる心理的瑕疵の一種)は事故後に1人でも借り手がついたら説明義務はなくなるとか、深刻なケースならいつになっても説明が必要だとかさまざま言われているが、今後の検討次第では心理的瑕疵の解消の目安を設定できるかもしれない。

事故物件の取引についての結果。図3は事故後に2年契約した人が何人移り変わってきたかによる希望家賃の変化、図4は12年間の間に何人借り手が変わったかの違いによる比較をしたもの。
同じく事故物件の結果。図5は事故後に住んだ一人が何年住み続けていたかによる希望家賃の違いを見たもの。図6は事故の当事者と自分が何人を仲介してつながるかによる違い。

 変な発表も講演も多々あるイベントだが、総じてそうした「なんだこれ」と思うものを「なんだこれ」で片づけない空気が相変わらず楽しい。来年は10月に東京大学で開催だそうで、また来年に向けて準備を進めていきたい。


 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?