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自称「天才」につきつける現実と処世術

 教育に関わる仕事をしていて、さまざまなレベルの学生と接してきた。偏差値帯で言えば60オーバーのところから40前後のところまでさまざまである。一見すると60オーバーのところの学生はさぞや利口で指導しやすいだろう、と思うかもしれないが、案外そうでもない。このあたりには結構難しいタイプの人がいる。その1つが自分を天才だと思い込んでいるタイプだ。こういうタイプによくあるのは、自分は才能が有って卓越しているから、既存のルールに当てはめるのはよくない、と自ら言ってしまうこと。あるいは、自分に下された評価について、評価(結果、あるいは方法)の方が間違っている、と主張することだ。自分も、同僚も、かつてはそんな挙動をする学生に怪文書を送りつけられたり、延々と恨み言(「お前の評価のせいで就職に支障が出た」など)を言われ続けたり、大学の事務部局に居座られたりした(ちなみに超高偏差値帯の方が多いが、ごくまれに低偏差値帯の大学でもこういうタイプはいたりする)。しかしながら、こうした人々が本当に天才かどうか、そして仮に天才だとしてそれが正当に評価されるのかは別問題で、かつそれが死活問題にもなりうる。

 教員という仕事であれば、指導する学生や児童生徒の強みや才能を積極的に見つけていくことも仕事の1つに入るし、天才的才能とまではいわないが、長所にあたるものはなるべく顕在化させていこうと考えるものでもある。ところが、そこが教育だったり学校の場だから当然のことであっても、教育じゃない場面になると話が変わってくる。良い評価者(上司など)なら同じように部下の強みや伸びしろを探してくれるかもしれないが、そうでもない、あるいはそんな余裕がない人、鑑識眼のない人が評価者だとしたら、「俺は天才なんだから大目に見てくれよ」は通用しない。そういう評価者は、一目でわかる指標でしか人を見てくれない可能性の方が高い。そしてその「一目で分かる指標」とは何かというと、「遅刻・欠席をしない」だとか「会ったらまず挨拶する」だとか、「納期・期限を守る」だとかそういうものになる。大学で専門に学んできたことも、先々の評価者たちが同じ専門を修めているとは限らない(教養や関心の広い良い上司もいるだろうが)。そんなわけで、誰でも分かる、誰でもできそうな基本的なことで馬脚を出さない、ということがまず最優先で、専門性や天才性はそこをクリアしてやっと見つけてもらえる「かもしれない」のである。

 自分が思う天才性、専門性を人に見つけてもらうのを待つ、というスタンスの場合は上記のように「分かりやすい指標」をまずクリアすることが必要だが、天才性、専門性を「分かりやすい指標」にしてしまう方法もある。それは、作品だったり、受賞歴だったり、研究者なら学術論文だったり、こういった目に見える、記録に残るアワードやレコードを取ることだ。むろん、その賞や論文がどのくらいの格を備えているかは、これまた「分かる人には分かる(良くも悪くも)」ものなので、何でもいいから賞をとればいいというものでもないし、賞を取るような人でも、仕事ぶりや人格面に問題があればそれだけ評価は下がる(むしろ大学教員の業界もそうだが、研究能力以上に人柄や絆の方が物を言うところもある)。

 長々書いてしまったが、簡単な話、「気まぐれでルールに乗らない(自称)天才」と「ルールにも合わせられる天才」がいたらそれは後者の方が選ばれるだろう。そして、下手すると、「気まぐれな天才」より「ルールに合わせられる必要な仕事がこなせる凡人」の方が評価されることも十分ある。200/100点のクオリティの仕事を50%の打率で出す人より、80点の仕事を95%の打率で出してくれる人の方がありがたかったりする。チームで仕事をする場合、不安定な要素が入っているとリーダーに当たる人々にとっては計画が立てにくくなる。卓越しているわけじゃなくても堅実で安定感のある人の方が評価されるのは、チームとして動く時に不測の事態に陥りにくい、見通しが立てやすいということもあろう。

 そんなわけで、こんな話を自称天才たちに「自分は天才だから大目に見ろ」というのがいかに脆弱な考え方かを知ってもらうために、同時に、凡人だと思っている人に対して天才を出し抜く隙として伝えることがある。思った以上に周囲は自分の能力や真価を見に来てはくれない。自分のことを周りが悟っている、察してくれると過度に思い込む傾向は社会心理学で「透明性錯覚」とも呼ばれているもの(ババ抜きのババのありかがバレていると思う傾向や、犯罪者が自分の犯行を知られている見込みを高く見積もるなどが一例)だが、そのあたりの話はまた別の機会で触れる。また、じゃあ本当に天才的な人がいて、その人物を伸ばしていこうとする時に、それでも枠に合わせる方がいいのか、ということについては反論や反証になる事例もある。それについても別に改めて述べる。

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