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いい言葉は、いい人生を作る。

誰が言った言葉か知らないが、上手いことを言ったものである。

というか、私が今!

考えた言葉だ。

いや、騙してすまない。

ウソです^^;

実は、斎藤茂太さんの言葉(^^)

「いい言葉は、いい人生をつくる―いつも私は「言葉の力」を味方にしてきた」(成美文庫)斎藤茂太(著)

「いい言葉は、いい人生をつくる―いつも私は「言葉の力」を味方にしてきた」(成美文庫)斎藤茂太(著)

ただ、人はいい言葉に出会うと何だかよく分からないが、謎の興奮と感動に包まれる。

例えば、こんな台詞とか・・・・・

「コンビニ兄弟〈2〉テンダネス門司港こがね村店」(新潮文庫nex)町田そのこ(著)

「コンビニ兄弟〈2〉テンダネス門司港こがね村店」(新潮文庫nex)町田そのこ(著)

「誰かの優しい目、何気なくも心配りのある一言、そういうものが背中を押してくれる。その柔らかな力で人は変わる。」(「コンビニ兄弟2」から引用)

これが何かをする上でのモチベーションになることはよくあることだと感じます。

【関連記事】
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【備忘録】僕らは言葉でできている Vol.5
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ただ、歌詞に感動することは、人生においてムダなことなのかもしれない。

全然生産的じゃないし。

しかし、ムダなことは、人生において目的になったりするから不思議なものである。

そう、いい音楽は、身体に効く!って言うし、ね(^^)

音楽は、21世紀に増加すると予想される多くの生活習慣病に対して改善効果を発揮すると考えられ、今後、人間の健康を維持したり確保するうえで、なくてはならない、こころに効く音楽「聴く薬」になると期待されています。

【参考図書】
「心に訊く音楽、心に効く音楽―私的名曲ガイドブック」(PHP新書)高橋幸宏(著)

「心に訊く音楽、心に効く音楽―私的名曲ガイドブック」(PHP新書)高橋幸宏(著)

その処方箋は、症状に因るだろうけど、歌は世につれ、世は歌につれとも言うよね。

いつの時代も人々の心を捉えた歌があります。

とくに英語で歌われる洋楽は、まだ見ぬアメリカやイギリスの文化へのあこがれが重なり、青春の思い出の中に残り続けていませんか?

こころに残る曲って、自分の琴線に触れるメロディラインだったり、喜びや悲しみ、怒り、愛など力強い感情を表現する語いや構文がふんだんに盛り込まれていて、その歌詞に共感したりしていたんでしょうねぇ。

その歌詞を読み解くことで、そこで使われている日本語の表現とはひと味違った感情表現を勉強したりして(^^)

哀しいときも嬉しいときも、いろいろ人生あったじゃないか。

誰もが聴いたあの歌も、自分しか知らないこの歌も、心の中に詰まっていませんか?

そんなあなたにぴったりの1曲に出会えればステキですね(^^)

さて、誰の心に、どう効くのか?治験してないから判らないけど(*´艸`*)

気が向いたら、以下の曲たちの歌詞を感じてみて♪

①さだまさし「まほろば」
https://www.youtube.com/watch?v=XFELPoEccUs

『夢供養』さだまさし

歌の舞台は奈良。

奈良の風景描写と『万葉集』(一部、『古今和歌集』) のモチーフを織り込みながら男女の心のすれ違いを描くかたちを借りて無常観を歌い上げた作品です。

今でもさだまさしのコンサートの定番となっている曲だそうです。

それにしても、よくもまあ、あれほど見事に曲に乗せれるものだと。

いすれにしろ、昨日は昨日であり、昨日したこと、言ったことは、取り消せません。

そして、いずれにしろ、明日は明日です。

明日しようと思うことが、かならず明日できるとは限らない。

明日言おうと思ったことが、明日かならず言えるか分からない。

再び戻る今日はなく、今日しなければならないことは、今日を置いてほかにはないのでしょうね。

であれば、今日、言わなければならないことは、今日、言わなければならない。

それが厳然たるときの流れであり、そして、そのときの流れにそって、粛々と歩いていかなければならないのが人生、そして宿命なのでしょうか?

そうであったとしても、どう生きるのか?

それだけは、自分で考え、そして、自分で決めないと。

本当に大切なことは、人に相談しないほうがいいんじゃないかって気もします(^^)

②「道標ない旅」
https://www.youtube.com/watch?v=X6pZmicB2eA

道標ない旅

この歌のタイトル、誰が歌っているか知っている方いますか?

頼りとする旅の道連れも、道標もない、わたしたちの、人生という名の、短いようで長い、旅の途上においては、どうしようもなく、落ち込んで、塞ぎこむことがありますよね。

でも、フランスの彫刻家オーギュスト・ロダンのブロンズ彫刻「考える人」のように、考え込んでばかりいても、なにも解決しませんからd(^.^) でしょ?

閉ざされた空間の澱んだ空気の中で、下を向いて、座って、じっと考え込んでいても、なにも見えてはきません。

そうそうヾ( ̄_ ̄)ソレソレ

下を向いてでも、前を向いて歩いていけば、たまに十円くらいは拾えるかもしれませんし、犬のウンチを踏まずに済むぐらいの特典くらいでも無いよりましですからね(≧ω≦)ぶっ

でも、親鸞の歌に、 「明日ありと思う心のあだ桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」などという歌もあります。

何事も、今できることを先延ばしにするな、ということですね。

良いこと言いますね。

ところが、よく考えてみると、「せいては事をしそんじる」、「明日は明日の風が吹く」、「ケ・セラ・セラ(que sera sera;なるようになるさ)」・・・・・・

両面とりそろえてあるあたりが,人間の知恵の何とも奥が深いといったところでしょうか。

まぁ~、どれを座右の銘とするかは、皆さんしだいですけどね(^^)

だから、どんなに考えても、答えの見出せないことは、しばらく思考を停止して、解決への模索を棚上げにしておくことも必要ですよね。

ともかく、大きく窓を開けて、大きく深呼吸をして、果てしなく続く、青い空を見ることをおすすめしますねぇ~たまにはね(*^-゜)vィェィ♪

そう、いつかの日にも見た青空・・・・・・

(;゚0゚)ハッ!

その青空のもとに、一筋の道が、続くことを信じて・・・・・・

ソッカ!( ・_・ ゞ-☆

この歌は、1979年の秋頃から、テレビやラジオから、グリコのCMソングとして流れ、永井龍雲が歌っていたんです・・・・・・

古すぎですかね?^^;

その叙情的な歌詞とともに、透明な、かつ繊細な声が印象深く残っているが、この曲です(^^)

③井上ジョー「GO!」
https://www.youtube.com/watch?v=jGe_b1bZ9IE

井上ジョー「GO!」

天性のミクスチャー感覚で、独創的かつ多種多様な楽曲を次つぎと生み出しているスーパークリエーター井上ジョ-のこの曲。

季節外れなんだけど、真夏の踊るキラキラエレクトロ・ポップサウンドです!

今作ではBENNIE KやSEAMOを手がけるmine changをプロデューサーに起用し、エレクトロポップチューンで、新たなステップを感じさせるメッセージ・ソング。

日本テレビ「日テレジェニックの穴」7-8月のエンディングテーマでもありました。

さぁ、ここで問題です!

もし、明日が人類最後の日だとしたら、あなたは一体何をして一日過ごしたい?

そうそう、スティーブ・ジョブズの超有名なスタンフォード大学でのスピーチの一節。

「もし今日が人生最後の日だとしたら、私は今日やろうとしたことを本当にやりたいだろうか」

スティーブ・ジョブズも、30年間毎日、この言葉を鏡に向かって語り続けたそうです。

大好きな人に打ち明ける?

焼肉食べれるだけ食べる?

それとも大切な人に感謝の気持ちを目一杯伝える?

世界の終りになったら「やっときゃよかった・・・・・・」とか、もしくわ「言っときゃよかった ・・・・・・」とか後悔するのはゴメンだ!

いつかが来る保障なんてないんだぁぁぁ~!!!

(゜゜ )そう言われてみると、( 。。)その通り^^;

なので・・・・・・

いまのための今!

未来のための今!

その両方が今!

死んでからどうなるじゃなくて、生きているからどうするかです!

d(^.^*) でしょ!

そうそう、伊坂幸太郎の「終末のフール」を読んで、「あと3年で世界が終わるなら、何をしますか。」とか、「今この瞬間、私が死んだとして、自分の人生に対して思うことを死後の自分の立場から振り返ってみる」等、考えてみるのもいいかも。

「終末のフール」(集英社文庫)伊坂幸太郎(著)

「終末のフール」(集英社文庫)伊坂幸太郎(著)

思いつくままに何を思うかを言葉にしていき、後悔や反省があるとすると、どうやり直したいか、というのを言葉にしてみる。

死後の自分という立場だから、俯瞰して自分を見られるという面白い感覚が得られますよ(^^)

家族への思い。

両親への思い。

お金のこと。

やり残したこと等々・・・・・・

深掘っていくと、自分がわだかまりや心残りだなと思うことは、今の自分の心のありようなんだと気づかせてくれます。

何かをまだ為していないという事実ではなく、その「何か」に向かう自分の心の有り様が見えてきます。

心のありようが自分がありたい姿とギャップがあることが、一番、後悔につながっているんだなって、考えさせられます^^;

半端に悩むぐらいなら、今、自分が取り組むべきことに誠意をもって全力に取り組めばよかった、と「死後の私」は、そう思っていましたね^^;

そこで思ったのは、前述のジョブズさんのくだりや伊坂幸太郎「終末のフール」の事なんです。

世界が後3年で終わる。

パニックが襲った後の諦めの時。

人は何を考えるのだろう。

限りある中で大切なものをみつけ生きようとする様々な人々の物語です。

どんな世界に生まれても、どんな風に世界が変わっても、生きててよかったと思えるように生きたいものですね(^^)

そして、もし今日が人生最後の日だとしたら、私は今日の私のあり方でいたいだろうか?

今の自分の心のあり方が、人生最後の日にふさわしいか?

自分の使命に正面から向き合って取り組もうとしているか?

家族に対して真摯に誠実に向き合っているか?

友人に対して真摯に誠実に向き合っているか?

誰かを恨んだり、怨嗟を抱いたりしていないか?



自分の心のあり方は人生最後の日にふさわしいか?

みなさんは、どんなサイコロを使っていますか?

それを問い続け、チューニングしていくことが「do」を変えていくのかなと思います。

そして、チューニングしてもどうしようもないときは、何かを変える時。

人間って、ついつい個別の事象や事柄に対して、損得や影響を考えようとしがちですよね^^;

こういう人たちは、そんな毎回どうすべきか(To Do)なんて考えていないことがほとんどではないでしょうか?

それよりどうあるべきか(To Be)を意識して毎回ぶれずに行動してみる。

継続が力になるには、この行動力にかかっています。

そして、それは、長期的に見れば見るほど、自分が願う結果に繋がる生き方なのかなって、そう感じます。

「to be」と「to do」の関係性と自分が願うことについて、もし、にっちもさっちもいかなくなった時には、

「O God, give us serenity to accept what cannot be changed, courage to chage what should be changed, and wisdom to distinguish the one from the other.」

「神よ、願わくは、

変えることのできないものを受け入れる潔さと

変えるべきものを変える勇気と

変えることのできないものと

変えるべきものとを

識別する知恵を

我に与えたまえ」

って、言葉を、思い出したてみてください(^^)

Reinhold Niebuhrという神学者が唱えた、アメリカでよく知られた祈りの言葉です。

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