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【選書探訪:自分にとって大切なものとなる本は向こうからやってくる】「科学哲学の冒険 サイエンスの目的と方法をさぐる」戸田山和久(著)(NHKブックス)


[ 内容 ]
「法則」や「理論」の本当の意味って知ってる?
「科学的な説明」って何をすること?
「科学」という複雑な営みはそもそも何のためにある?
素朴な疑問を哲学的に考察し、科学の意義とさらなる可能性を対話形式で軽やかに説く。
科学の真理は社会的構成物だとする相対主義に抗し、世界は科学によって正確に捉えられるという直観を擁護。
基礎から今いちばんホットな話題までを網羅した、科学哲学入門の決定版。

[ 目次 ]
1 科学哲学をはじめよう―理系と文系をつなぐ視点(科学哲学って何?それは何のためにあるの? まずは、科学の方法について考えてみよう ヒュームの呪い―帰納と法則についての悩ましい問題 科学的説明って何をすること?)
2 「電子は実在する」って言うのがこんなにも難しいとは―科学的実在論をめぐる果てしなき戦い(強敵登場!―反実在論と社会構成主義 科学的実在論vs.反実在論)
3 それでも科学は実在を捉えている―世界をまるごと理解するために(理論の実在論と対象の実在論を区別しよう そもそも、科学理論って何なのさ 自然主義の方へ)

[ 問題提起 ]
現代の科学哲学における主要な論点が、上手に整理されていると思う。

著者によると、科学哲学の第1の存在意義として、科学について論議するための組織化され制度化されたフォーラムを提供することにあるという。

著者の言う科学哲学の第2の存在意義として、科学を論じる際に用いられるさまざまな概念の分析にあるという。

確かに、グローバルに科学を論じる側にある人にとっては、科学哲学にそういう役回りがあることは重要なのだろう。

しかし、科学を行なっている者にとっては、何よりもまず科学を実践する際に用いられるさまざまな概念の分析の方がより身近な重要性をもつ。

個人的には、ローカルな科学の内部での概念分析を科学哲学は分担してほしいと思う。

【参考記事】

[ 結論 ]
本書全体のスタイルとして、縦書きの一般書にしては内容はもりだくさんであり、

①第2章でのデイヴィッド・ヒュームの帰納懐疑論(※1)

②同じ章にあるネルソン・グッドマンのグルーのパラドックス(※2)

③第4章ではウェスリー・C・サーモンの統計的関連性(※3)の議論

まで出てきて読み応えがあった。

※1:
帰納法の問題とは、帰納法が前提とする「自然の斉一性」が、論理的な証明によっても、蓋然的論証(帰納的推論)によっても、正当な根拠を持たないことを示すことで、経験的知識に関する推論一般の非合理性を暴くという懐疑論である。
自然の斉一性とは、簡単に言ってしまうと、これまで自然に見出されてきた規則性は、条件が変わらなければ、これからも一様であり続けるという原理のことである。
帰納的推論とは、過去のデータから未来を予言(占う)ことであり、これは人類最大の夢である。
そうだとしたら、帰納的推論の正当化は、科学史上最大級の結果でなければならない。
科学においてそのような予言能力を有する理論は、
①物理学、たとえば、ニュートンの運動方程式(最も規則正しいときに未来予想)
②統計学の大数の法則(独立な(=最も不規則な)ときの未来予想)
だけである。
そして、この二つは科学史上最大の結果であると認められている。

※2:
ネルソン・グッドマンが提示した、科学哲学におけるパラドックスである。
ブリーンのパラドックスともいう。
グルーのパラドクスとは、ある法則や命題の正しさを確証するために、データや事例を枚挙してその証拠とするという実証科学的手続き(帰納法)を破綻させるパラドクス。
複数のデータから一つの結論(仮説)を立てることを帰納法と言う。
科学は、今までのデータから仮説を立ててそれを証明しているが、どれが成り立つ帰納法かという証明は難しい。
そこで科学は帰納法と演繹法を組み合わせる。
帰納法は、新しいことは言えるが正しいことは言えるとは限らない。
演繹法は、新しいことは言えないが、正しいことは言える。
帰納法と演繹法を組み合わせて使うことで、科学は、新しくて正しいことを発見していくことになる。

※3:
ウェスリー・C・サーモンは、優れた科学的説明が説明される結果に統計的に関連している必要がある科学における説明のモデルとして、原因を突き止めることを目的とする因果メカニズムモデルを提唱している。
このモデルは2段構えで、まず被説明項となる出来事を統計的関連性のネットワークにおき、次にそれを因果関係で説明するという手順をとる。
1つ目の段階で行うことは、統計的に関連性のある出来事をリストアップすることであり、2つ目の段階では、そうしてリストアップされた出来事に操作や変更を加えて、被説明項になっている出来事への影響を見るのである(この方法はスクリーニング・オフと呼ばれる)。
仮に、リストアップされた出来事が撤去されたうえで、被説明項となっている出来事が起こらなくなった場合、撤去した出来事が原因であることが証明されるという寸法である。
なお、科学的探求の古典的なモデルは、推論の近似形式と厳密形式を区別し、抽象的推論、演繹的推論、帰納的推論という3つの推論スキームを示し、類推による推論などの複合形式も扱ったアリストテレスに由来する。

スクリーニング・オフの説明は本書ではとてもわかりやすく書かれている。

いたずらに確率論的因果性の数式乱射を演じたりせず、読者の理解を引き出そうという姿勢が良いとも思う。

また、第2部第5章の中心テーマである科学的実在論については、独立性テーゼと知識テーゼのふたつの点に分けた上で、実在論に対抗する社会構成主義と反実在論との間の仕分けを明確に読者に示しており、とても勉強になった。

その中で、幾つか気になった点が有り、まずはじめに帰納についてである。

第2章の表には、帰納(インダクション)の中には、アナロジーやアブダクションまで含まれている。

そうすると、結局、帰納的推論とは演繹的推論ならざるものすべて、すなわち非演繹的推論と同義になるのではないだろうか。

もちろん、言葉の定義の問題だから、とやかくいってもしかたがない。

しかし、ここまで間口を広げてしまうと、推論形式としての帰納がかえって捉えがたくなってしまうのではないだろうか。

カール・ポパーが否定したのは、ある言明の正当化の論理としての帰納だったと理解している。

それは、仮説をつくる段階での認知心理学的なプロセスとしての帰納や、与えられたデータを説明する最良の仮説を発見するという意味でのアブダクションとは別物として扱った方が理解しやすかったのではないだろうか。

つぎに気になる点は、ある科学理論が真であるか否かという点に関して著者がこだわっているところだ。

グローバルな科学哲学とはいえ、典型科学(モデル科学)がないと話が進められない。

本書では、物理学がどうやら、そのモデルとしての役割を果たしているように思われる。

しかし、例えば、進化学とか系統学の世界での科学の実践を考えたとき、ある仮説や理論が真かどうかっていうのはそれほど大した意味はない。

この点から考えると、著者のアブダクションの説明の第3項目「したがって・・・という仮説はおそらく正しい」というのは言い過ぎで、そんな余計な制約を科されると困ってしまうのではないだろうか。

真偽は別として、手元のデータから最良の説明仮説が選択できればそれで十分だとみなす科学も現実にはあるということだ。

さらに、観察可能/観察不可能という区別について、本書では、それをマクロ現象/ミクロ現象にダイレクトに対応づけているように読み取れた。

しかし、現象としての物理的スケールと観察可能性とは、直接的な関係が必ずしもあるわけではない。

進化史の歴史的事象のようにスケールがたとえ地球規模の出来事が想定されたとしても、時空を異にするというただそれだけの理由で観察不可能になってしまう事例はいくらでもある。

[ コメント ]
物理学の概念や理論を念頭に置いたとき、本書の説明はきっと違和感なく読者にしみこめただろうと思う。

しかし、その他のタイプの科学の存在を考えたとき、本書には、素直に納得できない部分もあったことは否めない。

しかし、全体を通していえば、科学哲学に関する著者のスタンスには随所で同意できた。

たとえば、本書全体の基本方針として、自然主義的な態度で科学哲学をやると著者は言っており、その通りだと思う。

「科学についてすでに分かっているさまざまなことをより上手に説明できるか」という経験的基準が科学だけでなく科学哲学にもあてはまるという著者の見解は、科学者にとってはごく当たり前な基準であっても、科学哲学者にとっては必ずしもそうではないと思う。

[ おまけ:今日の短歌 ]

「夕空を旅客機一機離り行き工学はいま文学を呼ぶ」
曽川文昭『スイッチバック』

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