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【選書探訪:「あ、」目が合ったのは運命の一冊】「オペラ・シンドローム 愛と死の饗宴」島田雅彦(著)(NHKブックス)

キャッチコピー:大久保孝啓さん

[ 内容 ]
ド派手な舞台に華麗な衣裳、奇想天外な物語に魂をゆさぶる音楽、そして、湧き出す情念そのままに歌い上げる歌手たちの声-。
イタリアで生まれて四〇〇年、オペラは今なお世界で、「最強の総合芸術」「娯楽の王様」として君臨し続けている。
そこでは、王侯貴族のような豪華絢爛な気分を味わってもいいし、形式美を楽しんでもいいし、残酷な悲劇の結末に感涙してもいい。
オペラに正しい見方はない。
いや、あらゆる見方が正しいのだ。
「命をかけるべき最高の遊戯」とまで言い放つ偏愛主義者が説く、入名書でかつ極め付きのオペラ至上論である。

[ 目次 ]
第1章 ドン・ジョヴァンニの正体-モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』
第2章 楽壇のナポレオン-ロッシーニ『アルジェのイタリア女』『ランスへの旅』
第3章 歌姫たちの超絶技巧-ドニゼッティ『ランメルモールのルチア』、ベッリーニ『ノルマ』
第4章 救いのないマッチョ・オペラ-ヴェルディ『イル・トロヴァトーレ』『運命の力』
第5章 主役を操る悪役-ヴェルディ『オテロ』
第6章 極上なる催眠-ワーグナー『トリスタンとイゾルデ』
第7章 「蝶々夫人」と息子の物語-プッチーニ『蝶々夫人』
第8章 完璧なるマニエリスム-R.シュトラウス『ばらの騎士』
第9章 オペラではすべてが許される-ショスタコーヴィチ『ムツェンスク郡のマクベス夫人』

[ 問題提起 ]
「人間が生涯をかけて味わう喜怒哀楽を、数時間に凝縮した『文化のとりで』」と、オペラを定義する。

案内人を務めたオペラ入門番組を、読み物にしたのが本書。

「自分ならこう演出する」という美意識が全編を貫く。

むずかしい哲学評論より断然おもしろい。

[ 結論 ]
第1章は「ドン・ジョバンニの正体」。

この傑作がはらむ謎を解きながら、作曲者モーツァルトの正体にも迫る。

ドンジョバンニが征服したと歌う女性の数がなぜスペインが圧倒的に多く、イギリス・オランダは皆無なのかの説明からして、モーツアルトが音楽のいろいろな場面に寓意を持ち込んでいるということに惹きこまれる。

最終の第9章まで、大作曲家とその代表作を時系列に紹介しつつ、さまざまな仕掛けを施した。

たとえばイタリアのベルディとドイツのワーグナーが同い年である事実に、読者は驚くだろう。

前者が「マッチョな」オペラで大衆を独立運動へと駆り立てていた時に、後者の「媚薬のような音楽」は、国王や哲学者ニーチェの精神をむしばんだ。

世界史と文学の流れの中にオペラが位置づけられていくさまは、人類が織りなしてきた「愛と死の」絵巻を見る趣だ。

ロッシーニの軽さの魅力、ドニゼッティとベッリーニのプリマドンナの超絶技巧の魅力も興味深い。

また、ワーグナーの音楽がなぜ非論理的、だるく、眠くなり、怠惰になり、退廃的、情緒的になるのか。

そして、その眠たくなることそのものがワーグナーを聴く快感であり、その象徴が「トリスタン」であるとの説明も全く同感。

つまり、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」は、「音楽的媚薬」「極上なる催眠」であり、延々と続く2人のデュエットと無限音階は、単なる性愛を超越した人間の奥底にひそむ無意識をオーガナイズしたものであり、トリスタンを聞くと眠くなるのは、そのためだそうだが、わかりそうで、わからない。

「薔薇の騎士」の第1幕の寝室を覗き込む気恥ずかしさ、「蝶々夫人」の音楽の色彩にあふれた魅力など楽しさ満載の一冊。

特に、面白いのは、プッチーニの「マダム・バタフライ(蝶々夫人)」。

オペラ自体はあまりにポピュラーで、美しい旋律と悲劇に酔っていればいいが、趣味がこうじて声楽を習い、グランドオペラ「忠臣蔵」の台本を書いた。

これに触発されて著者と三枝成彰氏がタッグを組んで、第2作「ジュニア・バタフライ」は、プッチーニ作曲「蝶々夫人」の続編を作っちゃったという話。

蝶々さんの遺児が、原爆投下に直面する。

「本編の舞台は長崎。

米国の士官に踏みにじられるヒロインの姿に、私たちは次世代を襲った悲劇を、重ねずにいられません。

東南アジアでは日本人男性が、同様に振る舞っていた事実も」

作品は不変、だが観客の思いは常に新しい。

それがオペラの醍醐味という。

「Jr.……」は自らの演出により、イタリアでも上演された。

「言葉を削り、響きを重視する点で、台本書きは詩作に近い。

舞台化は登場人物を動かすという意味で、小説に似ています」

ただし執筆が孤独であるのに、演出は煩雑な共同作業だ。

振り子のように両者の間を行ったり来たり。

その極端さこそが、オペラ的と言えるのかもしれない。

喜怒哀楽を極端に。

「次はぜひ、喜劇を書きたいですね」

[ コメント ]
なお、本書を面白可笑しく読むには、該当作品を1~2回見てからの方がいいと思う。

何故なら、著者の言わんとすることがわかってニヤニヤできるから。

[ おまけ:今日の短歌 ]

「この国に愛されたいと書店にて詩集一冊もとめていたり」
鑓水青子「真冬ロシア」(「短歌人」2018年7月号)

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