見出し画像

『実りのシュートで』


『実りのシュートで』

セーラは古いスポーツ雑誌を読んでいた。何度も読み返している雑誌で彼女の宝物だ。そこには彼女のパパのインタビュー記事が載っている。

「この国が好きかって?正直ちょっと失望してる。元々、僕は禅の思想に憧れて日本に来たからね。でも京都も奈良も鎌倉も世俗にまみれちゃってて、僕が求めてたのとは違ってたんだよね。仕事にも仲間にも恵まれたしこの国に来たこと自体に後悔はしてないけど、人生もそろそろ折り返し点に差し掛かってて、今が最後のチャンスかなとも思うんだ。この国を出てどこへ行くのかって?まだ探してる最中さ。色々身の回りの整理とかもあるし、税金の事とか分からない事も多くて、結局のところ、例え嫌になってても出ていかない方が少しはマシ、みたいなシステムで国家ってのは成り立っているらしいんだね。税金の簒奪システムだからさ。こんなところで国の悪口言ってても始まらないかぁ」

「今の仕事も嫌いじゃないよ。給料も悪くない。だけど何か違うんだな。上手く説明出来ないけどね」

「家族は大丈夫。それぞれちゃんとやっていける。それにしても年頃の娘ってのには手を焼くね。思春期特有の反抗期ってやつで、今週はずっとママと喧嘩してて口も聞かないし、いい加減見過ごせなくなって父親の威厳とやらを示そうとしたわけだ。娘にリビングでこんな話を語って聞かせたんだけどね」

「スペインのサッカーリーグに所属してた時の話だけどね。腎臓病で余命幾ばくもない少年に言われたんだよ。『明日の試合でゴールを決めて欲しい』ってね。一応約束したけれど、気が重くてね。で、対戦相手の監督さんに試合前に相談したんだよ」

「『どうも監督』『よお、どうしたんだ?何?腎臓病で?俺にどうしろっての?』『いや、どうもしないけど、ただ伝えとこうと』『なんだよお前は!気が重くなるじゃねえか!』てな感じでね。あの監督には昔から世話になってるよ」

「結局その試合は引き分けだった。2対2のいい試合だったけど、ゴールは決められなかったんだ。試合後はやっぱり気分が重かったよ。それで病院に行って少年に謝ったね。『ゴール決められなかったよ。相手の監督に文句言ってね』ってね。そしたら『凄くいい試合だった。今度は絶対レアルに勝ってね』って言われたよ。リベンジの前にその少年は亡くなってしまったんだけどね」

「その事をママにも話したんだよ。そしたらママがこう言ったんだ。『そんなに落ち込まないで。気持ちを取り戻して。さあ、今夜は私にゴールを決めてみて』ってね。それで君が産まれたんだよ。だからさ、いつまでも殻に閉じ籠ってないで、その少年の命の分まで精一杯生きて欲しいんだよ」

「てな話を娘にしたね。そしたらそれまで神妙に聞いていた娘が『はぁ?何言ってんの?自分の娘の前で下ネタやめて!最低!』と言って部屋にまた閉じ籠ってしまってね。全く年頃の娘は本当に難しい。リベンジするためにまたネタを考えとかないと。ママに娘の生理日を聞いておくべきだったと反省したね。とにかく僕はもうどこかへ行ってしまうべきなんだ」

ふとした時にセーラはパパの記事を読み返したくなる。その日は白ワインを飲みながら、皮までまるごと食べられる赤いブドウの実を食べていた。

「昔のはブドウは皮を剥いてから食べてたのよ。セーラは幸せな時代に生まれたわね」

ママの言葉を思い出していた。ブドウは一房にたくさん実が成るから古代ギリシャやローマの時代から豊穣の印とされてきたが、それを教えてくれたのもママだった。記事に載っていたように時々理由もなく喧嘩をして口を利かなかったりもしたけれど、ママのことを嫌いになったりなど一度もない。
そしてセーラは陽気なパパのことも大好きだった。浮気者で良くママを泣かせていたけれど、それでも嫌いにはなれなかった。羨ましかったのかもしれない。ルーズでだらしなくてバカばかり言っていて、後先の事を何も考えず出たとこ勝負の人だった。失敗して後で神様に悪態を吐いていた。そういうところはセーラにはない部分だったし、それが逆に魅力的に思えていたのかも知れない。彼女は物事を深く考え込む性格で、自分の親とは正反対だった。

セーラは今度はブドウの皮を剥いてから実を口に入れてみた。柔らかくて甘かったが、皮があると少し苦くて歯応えもあるからそっちの方が自分の好みだと思った。


おしまい

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?