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Too much minor

稀に、非の打ちどころがないと感じるカクテルに出会うことがある。
どこにも手の入れる余地のない、twistを許さない、隙の無いレシピ。
そんなのを見つけると鳥肌が立つし、考案したバーテンダーは天才だな!と素直に思う。
今回、久しぶりに見つけたので紹介したい。
名をChrysanthemum(クリサンセマム)という。
いつも通り、とりあえずレシピ。

Chrysanthemum
<stir / cocktail glass>
ドライヴェルモット 2/3
ベネディクティン 1/3
アブサン 3dash
オレンジピール

とてもシンプル。だけど新鮮な組み合わせだ。
ドライヴェルモットはまあいい。
もう一方、ベネディクティンである。
コイツ、大して使いはしないけどBARならとりあえず置いとけって感じ以上に思考したことがなく、積極的に用いようとしたことは微塵もない。
使うカクテルを挙げろと言われてもRuffles SlingかB&Bが関の山(そういえば少し前に記事にしたQueen Elizabethのレシピのひとつにもあったな)。
甘味もクセも強いのでいまいち使い所に困るのだ。使うにしたって~10mlレベルがいいところで、こんな大胆に使うのはなかなかない(と思う)。
考案者はベネディクティン好きだったんじゃないかなあ。なにしろ使い方が絶妙だ。

ここから少し、大したこと書けないポンコツなりの分析的な話を。
このレシピのポイントはジュースやシロップ単体として酸/甘味の使用がないところ。これはとてもセンスあるというか、素材をしっかり捉えていないとできないんじゃないだろうか。
酸味はドライヴェルモットの穏やかなそれに、甘味のコシと骨格をベネディクティンに全振り。
けっこう大胆で思い切っている、勇気ある振り方。
香りはもともと複雑な二つ(ドライヴェルモットとベネディクティン)の組み合わせ+アブサンでより複雑にしつつ華やかにして最後はオレンジピールの香りで包んで仕上げる。
完璧。
新鮮な組み合わせにも関わらず構成自体は王道。
非の打ちどころがない。
本当に凄いと思う。

僕はクリサンセマムの香りって知らないけど、調べたら菊科の植物。
で、このカクテルからはその菊を思わせる香りがしっかり漂うのだ。アブサンがいい仕事をしている。
作って何より感動したのはココ。
ちなみにアブサンを構成する上でメインのひとつとなるハーブ、ニガヨモギも同じく菊科。それを知って使ったのだろうか。
クラシックやヴィンテージのカクテルレシピを見ていると往々にしてこういう、知ってか知らずか同科で繋ぐというのがある。
知って作っているなら、今で言うミクソロジー的な発想だと言えるし、そうでないなら先人たちの経験からの結果だと言える。
いずれにせよ驚くべきことだ(当時、アブサンを数dash入れるのが流行っていたから入れた、なんて可能性も大いにあるわけだが)。
あともう一つ。
前述のように、材料はおよそBARなら置いているであろうアイテムでの構成。
いざ作ろうと思っても使用頻度が低すぎる上に無くても困らないから用意がないとか、もう作られていないから自作しなければならないとかいうハードルがない。作る気になればサッと作れる。僕としてはここも非常にポイントが高い。

サヴォイカクテルブックには収録されていた。さすがだ。
それによると大西洋横断客船内のBARで人気を博したものだったとか。
どうやら1916には存在していたようで、当時のレシピは1:1。
今回掲載したもの(サヴォイ収録/1930)はハリー・クラドックがアレンジしたバージョンらしい。
当時のドライヴェルモットの酒質や骨格がどうであったかは知る由もないのでなんとも言えないけれど、現在で考えればこのアレンジの方がいいと思う。
アペリティフとしても少し軽めのディジェスティフとしても良いし、フィズにしてもいいと思う(まだ作っていない)。

しかし、誰かが書いていたけれど初見で読みづらい上に覚えにくいこの名前。
「「なんかクリスマスみたいな…花の名前のカクテルありましたよね」って言うとわかるよ」なんて言っているバーテンダーいましたけど、そもそもマイナー過ぎるのでそれで反応できる可能性はとても低い気がする。
舌を噛みそうな名前とは裏腹にレシピはとてもシンプルだし実にエレガンスある飲み口。
BARを名乗るならほぼ確実に用意されている材料構成なので気になった方は訪れた先でぜひ一度飲んで欲しいと思います。

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