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ASOBIJOSの珍道中⑲:サーカス、手に汗握る!

 さぁ、サーカスを見にいきましょう。お祭り続きの夏を送るモントリオールでは、ジャズフェスティバルが終わると、サーカスフェスティバルが続きます。街道には、巨大な車輪の二輪車を漕ぎながら、ビルの2階ほどの高さから人々を見下ろし、にこやかに手を振っているピエロの姿があったり、広場に設置された巨大な跳躍ロープを使って、ぐるぐると宙返りをしながら青空に舞っている、天使のような格好をしたパフォーマーもいますし、サッカーボールに板を乗せて、その上に逆立ちをして、片手を離してしまい、さらに足の裏にフラフープの輪っかを乗せて、さらにボールも乗せてしまう、なんて妙技を披露する人たちも、そこここに現れます。
 ”どれ見に行く〜?”
 と冷蔵庫に貼ったプログラムをにらめっこする私たち。
 ”アクロバティック、センセーショナル、ファンタスティック、シュール、プロヴォカティヴ(=挑発的)、コメディー?なんなん?わけわからん”
 とまぁ、サーカスの説明など、読めば読むほど一体全体どんなショーなのか、わけがわからなってしまうもの。ここは、いつもの正攻法。
 ”もう直感でいこ。パッと目に着いたやつ!”
 ”これや、バ・ル・ブ?バフブ?”
 と、フランス語の”R”の発音が未だによくわからぬ不勉強な私たち。
 「Barbu」と検索して紹介動画を見ると、登場人物が黒いブリーフ一枚の髭モジャで、いかにも訳のわからぬ雰囲気。
 ”いいやん、これで。”
 ”サーカスの起源にさかのぼるショー。かつての移動式遊園地のころのテントの中では、政治的善悪も超越した大混乱の光景に、人々は釘付けになっていた、、、、、。ヌードの、注意喚起も、あるよ。”
 ”それ、それでいこう!”
 と、露出警告に対して前向きな興奮を示すのは、毎度MARCOさんの方なのでした。

 さて、近所のクラフトビール店で何杯かひっかけ、ほろ酔いで会場に到着です。会場は薄暗く、小さな映画館を改装したような感じで、中央に円形のステージがあり、それを囲むように椅子席が並び、後方に行くにつれ、丸テーブルでゆったりと飲食をしながら鑑賞できるようになっていました。
 会場のやや後方の席に腰を下ろして、白ワインを頼んで、さらに酔い心地に拍車をかけながら待っていると、さっそく幕が上がりました。

 ステージの後方に、中世の海賊のような豪奢な赤いジャケットを着て、口髭を左右に雲形に尖らせた男が、仰々しく歩いてきました。DJブースのような、音響機材のズラリと並んだ台の手前に立って、アップテンポの電子音楽のトラックをかけると、それに合わせて威勢良くバイオリンを弾きだし、小気味悪いほど陽気な旋律を奏でるのでした。
 それからすかさず、黒いブリーフパンツ一枚に、ぽっちゃりと下っ腹を突き出した、毛むくじゃらの雪男のような大男が、ローラースケートを蹴って、颯爽とステージ中央に現れました。
 何故だか妙に厳(いかめ)しい表情をしながら、少しも観客にニコリともせず、片方の手は拳を作って腰の後ろに乗せ、もう片方の腕を軽快に振って、スイスイと円形のステージの上をまあるく滑走し始めました。それから、また一人、また一人と、同じ格好をした、毛むくじゃらの大男たちがローラースケートに乗ってやってくると、同じ格好で、真剣な顔つきで滑り、速度をそろえ、くるくるくるくるとステージの上を走ってみせるのでした。
 それから、プワァーーーンッ!と、ラッパのような大きな破裂音が鳴ると、スケート選手さながらに腰をかがめて、三人の黒ブリーフ一丁の大男たちが一気に急加速をはじめました。そのまま猛烈な速さで、円形のステージの上をシューシューシューシューと音を立てて疾走する三人が、ぶつかってしまいそうなほどまで接近し、ぴたっと一列に連なった瞬間、プワァーーーンッ!っとまた一発鳴りました。すると、前方を走る二人が、腰の後ろに乗せていた拳をパッと、同時に開き、なんと、そのまま、すぐ後ろを走る男の、ボーボーのあご髭を掴んでしまったのでした!三人の、黒ブリーフにポッチャリ腹を乗せた、雪男みたいな毛ムクジャラが!腰を曲げ、背中越しにあご髭を掴んで連結して!手足もピッチリ揃えて!見ようによっちゃ、まるまる太った巨大な毛虫みたいな格好で!猛スピードで円形のステージの上をシューシューシューシュー、シューシューシューシュー音を立てて、新幹線みたいな猛スピードで走っているのです!この光景を、頭の中で想い描けますでしょうか、はい、意味など決してわかりません!
 そして、会場全体から、陽気な歓声と拍手喝采が沸き起こる中、なぜだか、三人は神妙な顔付きなのです。三つ揃って枝豆みたいに、さも自然なことだと言わんばかりに、、、。それからさらに、ゴゥゴゥと音を立てて、三人の滑走する速度がさらにさらにと上がっていくと、あのクック船長のような風体の音楽家の弾き鳴らすバイオリンの調子もどんどんと激しくなっていき、彼らが描く滑走の輪が、中心に向かって、どんどんどんどん縮んでいきました。そして、また、プワァーーーンッ!と、一つ。すると、先頭を走っていた男のあご髭も、最後尾の男の片手が掴んでしまったのでした!こうしてなんと、舞台上では、黒ブリーフとまるまる肥えたぽっちゃりお腹が、モジャモジャのあご髭で連結して、まるでどこかの家紋みたいな、立派な三つ巴(どもえ)の彫刻となりました!それがもの凄い速さでゴォオーーっと音を立てながら高速旋回しているのです!会場からはどぉーっと拍手が湧き起こったのですが、その反応自体も正直言って、さっぱりわけがわかりませんし、舞台上の男たちもピクリとも反応しやしません、見る方も、見せる方も、全くこれが、一体何なんだっていうのでしょう!
 
 こんな調子で、不可解な妙技が立て続きに繰り広げられていきます。今度はステンレス製のビール樽を持ってきたかと思うと、それをブリーフ一丁の大男のあご髭の一端に結びつけ、もう一つビール樽が投げ込まれてくると、それもあご髭のもう一端に結びつけてしまい、今度はそれらをぶんぶんと振り回しながら、その遠心力を利用して、ローラースケートを履いた両足を開脚しながら、ぐわんぐわんぐわんぐわんと自転しだして、両手も広げ、両目と口も大きく広げて、不気味な顔をぐりぐりと回転させるんですが、もうそれを見ながら、手を叩いて大爆笑をする観客もいれば、いつぞや髭がちぎれて樽が飛んで来やしまいかと、両腕で顔を覆って怖がる観客も、ちらほら。
 バランスボールのような大きなゴム製のボールを持ってくると、ボヨ〜ン、ボヨ〜ン、と腹を揺らしながら、ヘディングでリフティングゲームをして、しまいにはそのぽっちゃり腹とぽっちゃり腹でボールを挟み合ってキャッチし、そのまま意味深げに、両手を高くあげ、くるくるくるくるとその場で回転してみせたり、そうした中も彼らは、まるでどこかの古代の儀式かのように、神妙な面持ちを一切崩さず、ピンポン玉を両足に挟みながらバク転をして蹴り上げて、それを口でキャッチしたりするのでした。
 ”やばいね。”
 と、MARCOさんも、大喜びです。彼女はシュールなコメディが好きなのだとよく話したものですから。

 それからようやく、サーカスらしい演目も続きました。ゴルフクラブの上にゴルフクラブを乗せ、それをもう一本のゴルフクラブの上に乗せ、さらに、もう一本、といった曲芸も披露されたのですが、何故かその横にまたブリーフ一丁姿の男がやってきて、曲芸をしている男の、真剣で汗まみれになった顔面スレスレの、際どいところまで唇を近づけてみたり、舌をクイクイと出してみたり、その男の黒ブリーフすれすれのところでゴルフクラブを行ったり来たりさせてみたり、はたまた最前列の観客のビールを盗み飲みしたり、といったことが繰り広げられるのでした。

 男たちだけでなく、女性のパフォーマーの姿もありました。さすがに黒ブルマだけではなく、黒いスポーツブラも身につけていて、(もちろん髭は生えておらず、)非常にガッシリと鍛え抜かれた、たくましく、肉感的な身体つきをした女性が二人ほど曲芸を披露していました。
 一人は、さきほどの男の髭の強靭さに代わって、今度は髪の強さを見せつけるかのように、束ねあげた長髪にワイヤーを連結させると、そのまま、宙に吊り上げられ、空中で両手両足を大きく広げて振り回して踊り、一塊の大花火のように大回転して観客を魅了してしまうのでした。
 もう一人の女性の演者は、誰もがどこかで見たことのあるような、あの古典的な演目を披露しました。大きな箱の中に入って、無事に出てくるという、あれです。身の丈の半分ほどの高さの箱に、金髪の、スポーツブラをした女性が押し込められると、また、黒ブリーフ一丁の大男たちが出てきて、箱に大きな剣を突き刺したり、縦に三分割して、真ん中の部分を抜き取ってしまったり、そんな演出が、あの海賊の格好をした音楽家の演出で大袈裟に盛り上げられながら披露されたのでした。
 あの女の人は小さく身体を縮こませたりして、どうにかあの箱の三分の一のどこかに納まっていたりするんだろう。いずれにしたってどうせ無事に出てくる、、、。などと、半ばオチを見透かしたようにグラスの白ワインを口にした瞬間、ババーン!っと箱が開くと、なんと、その女性はトップレスで出てきたのでした。しかもご丁寧に、ホットスポットには金ピカの星形のシールを貼って!
 これには思わず酒を詰まらせた私でしたが、何が苦しいって、思わずそのたわわなマジカルフルーツに釘付けになってしまった私の顔に、横のMARCOさんの視線をガッチリと感じたことでした。しまった!なんてこった!いぃ〜かたちだ!なんて、惚れ惚れとしてしまった!いやぁ、時すでに遅し!
 そのままステージから観客席の方へ堂々と歩いてきた彼女の半裸体に、私は開き直って、まじまじと見入りました。いいんだ、見せ物だ。何が悪い!見せられてるんだから見てるだけじゃないか、と嬉しいのか恐ろしいのか、変な汗が止まりません。ヌードがあるショーの何が怖いかって、こうした私の小さな心の葛藤を、ニヤニヤと横から見られているのを、チリチリと感じるからなのです!
 
 そんなこんなで色んな感情を掻き立てられ、手に汗握ったサーカスでした。
 ”いやぁ、やばかったわぁ”
 とMARCOさんも満足げな表情で席を立つと、会場の出口には、一団が並んで、観客にあいさつをしながらTシャツやCDを販売していました。CDを買おうかと物色していると、颯爽と、先ほどすっかり魅せられてしまった女性のパフォーマーが出てきました。また一つ驚いたことに、彼女の胸元には、先ほどのシールなんかよりもはるかに眩しく光り輝く、可愛らしい乳飲み子が抱えてられていたのでした。やんやんと優しく声をかけながらゆすって、腕の中の赤子をあやしながら歩いてきた彼女に、明るく声を掛けていく観客。それに朗らかに応える彼女の姿。そうした光景に、私はまた呆気に取られてしまうのでした。
 

 
 
  
 

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