こづつみ【第一話】
【あらすじ】
「これは山間部のある村で起きた話です。」
男の口から語られるある女性の話。
花浪は妊娠を期に夫である圭吾の強引な勧めで彼の実家である、山間部のある村に移住することとなる。移住するにあたり村からこづつみが送られてきた。こづつみを持ち、村へ辿り着くと新築同然のきれいな家や車、家電、仕事場である畑などすぐにでも移住できるよう既に準備がされていた。自分達への異常な執着、微妙に噛み合わない会話、馴染みのない慣習、変容する己の思考。小さな違和感を積み重ねつつも村に馴染んできた花浪であったが、出産を終えた後、こづつみが送られてきたことの意味を知る。花浪と子の行く末は……?
男はなぜこの話を語るのだろうか。
【本文】
『第一話』
ようこそ来てくださいました。ささ、お掛けになってください。さて、何から話しましょうか......。
あっ、まず最初に私の話を聞く際の注意というか『お約束』をお話ししましょうか。
•頭より上に手を上げてはならない
•目を閉じ続けてはならない
•塩をこぼしてはならない
•唾を飛ばしてはならない
•神を述語にしてはならない
•タバコを吸って灰を出してはならない
•何もないところを指さしてはならない
•時計の針を調整してはならない
幽霊は自分を認知している人がいることを理解するとその認知している人に取り憑くみたいな話があるんです。これからする話はちょっと怪談チックな部分もあるのでこの『お約束』は寄り付いた霊が間違って憑かないようにするための対策みたいなものだと思ってください。
それと、これをお渡ししておきましょう。
これはお札のようなものです。差し上げますので少し臭いがきついですが肌身離さず持っておいてください。
では、お話ししましょうか。
これは山間部のある村で起きた話です。
そしてこれから起こる話です。
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梅雨が明け、乾いた日差しが刺すようになったある日。
交際を初めて二年、結婚して早一年、最近ようやく生理が来なくなり、花浪は産婦人科にかかった。
蒸し暑い空気にさらされ続けて少し汗ばんだ手をドアノブにかけ、花浪はアパートの玄関を開けた。
玄関に入ると日に当たらないためか幾分かましではあるが外とほとんど変わらない、蒸された熱気が漂っている。熱気の奥からドタドタとせわしない足音が響いてきた。
「どうだった?」
玄関に小走りで出てきてそう声をかけた圭呉は不安げな表情をしていた。
「ちゃんと妊娠してるって」
「やった!ちなみに予定はいつだって?」
「それはまだ。また3週間後に検査してわかるってさ。でもたぶん4月頃だろうって」
そういうと圭呉はソファに腰を落とし、なぜか安堵の表情を浮かべた。
「よかったぁ~」
「?......どうして?」そう荷物を片しながら聞くと
「あ、いやその......ほら、早生まれだと体格とかで差ができちゃうからさ、俺3月生まれで小さい頃苦労してたみたいだし」
少し狼狽えた様子で、目を泳がせたり、手をでたらめに振ったりしながら圭吾はそう言った。確かに圭呉には誰かに追い抜かれると追い付こうと必死になる面があった。つい先日も仕事先で同僚に役職を越され悔しがっていたばかりだ。それも子供の頃に置いていかれた経験からきているのかもしれない。そんなことを思いながら花浪は圭呉の隣に座った。仄かに甘く、絡み付くような匂いが花浪の鼻腔をくすぐった。
「にしてもこれから忙しくなるな」
ソファの背もたれに頭を乗せて圭吾は言う。
「そうだねぇ。私ちゃんと親になれるかな......」
親になることへの不安。誰しもが抱く当たり前の感情。花浪も例外なく、そんな「誰しもの」のうちの一人だった。
「花浪なら大丈夫だよ。」
そんな不安を払拭するべく、圭吾が口を開く。
「いつも真面目に生きてるし神様が見てくれるからなんとかなるよ。」
しみじみとそんなことを言う。花浪はそこまで信心深いわけではなかったが心細いときはそんな不確かなものでも支えになる。
「それに」と圭吾は区切って続けた。
「辛いときは俺がいるしね。」
背もたれから頭を持ち上げ、キリッとした表情を作った圭吾を見て思わず花浪の口が緩む。頭があった位置には汗が滲んでいた。
「何ちょっとキザなこと言ってるの?でもありがと」
そう言われて恥ずかしくなったのか圭呉は少し耳を赤くしながら「いえいえ」などと言うと、立ち上がってお茶をとりに冷蔵庫へ向かった。
「それにしても圭吾って意外と信心深いよね」
「まあ実家がそうだからね。ほら、田舎特有のやつだよ」
「あーね。うちもおばあちゃんとかはわりとそうだったなぁ。」
そんな田舎話をしていると「あ、そうだ。」と圭呉は急に前のめりになり、コップの中身を溢しそうな勢いで食いぎみに、少し無理矢理に話を変えてきた。
「子供生まれるなら今の家だとちょっと狭いよね」
「うーん、確かに2LDKだとちょっと不便かもね」
「それならうちの実家、家一つ空いてるからそこに住まない?」
「えー、でも圭呉の実家田舎じゃん。それに仕事はどうするの?」
「町までは結構近いし、仕事は実家の畑やれば大丈夫だよ!」
目をキラキラさせながら圭吾はそんな楽観的なことを言っている。一瞬、花浪の脳裏に離婚の二文字が浮かんだ。圭呉の楽観的な部分には花浪もたびたび救われているがその何も考えていなさそうな物言いに嫌気がさすこともあった。
「畑やれば大丈夫って......そんな素人がいきなりできないでしょ。それに農家って災害とかの影響受けて収入が安定しないし、重労働だし。これから子供も産まれるんだよ?」
花浪が反論すると圭呉はグッとお茶を飲んで得意気に鼻をならしながら答えた。
「山に囲まれてるから台風の影響もそんなにないし、地盤もしっかりしてるし、うち山からはちょっと距離あるから土砂崩れとかも大丈夫だよ。それに、お金は心配いらないし」
「心配いらないって、何を根拠に」
「村が今移住者募集しててさ、移住してそこで仕事するだけで援助金が結構貰えるんだよね」
移住者募集。たしかに最近よく見かける。限界集落や島が援助金や働き先を手配する代わりに住民を募集している。いわゆるIターンというものである。実際に数年前に花浪もそういった島に移住する番組を見たことがあった。
「あぁ、なんか最近流行ってるよね。」
「そそ、流行りのやつ。うちの村も人減って困ってるみたいだからね~」
「でも援助金って言っても最初だけでしょ?ずっと住むんだよ?」
「なんと!70まで毎年今の俺の給料以上に貰えます!!悲しいことに」
冗談まじりに言っているせいか本当なのかわからない。花浪にはどこか契約に穴があるようにしか思えなかった。
「どこからそんなお金が」
「うちで作ってる特産品が結構需要あってね、人はいないけどお金はあるんだよ。」
「なるほど......。」
「それに今みたいにデスクワーク続けて体力落ちて子供とまともに遊べないよりよっぽどいいと思うけどなぁ~」
無駄にねっとり喋っていて鬱陶しく感じられたが最後の意見は花浪も少しそれもそうだなと思ってしまった。
「......一回見るだけなら。」
「ほんと!?」
「見るだけだから、もしも嫌だったら別のとこにするからね?」
「わかってるよ。じゃあ村に連絡しとくね。」
そう言われ花浪はパンフレット等の書類がこづつみで村から届くという話を半ば強引に頷かされた。
その話を聞き釈然としないまま花浪は夕飯の支度を始めた。
三日後、花浪が家で圭呉の帰りを待ちつつ家事をしているとジュージューと料理を作っている音を切り裂くように「ピンポーン」とインターホンが鳴った。
「はーい」
火を止め、印鑑を持って扉を開けると配達員がA4サイズくらいの茶封筒を持って立っている。
「お届け物です。印鑑をお願いします」
「はい、ありがとうございまーす。」
ガチャリと扉を閉め、花浪は受け取った茶封筒を確認する。
送り主にはごこう村と書いてある。おそらく圭呉が言っていた村からの書類だろう。花浪の思っていたよりも早く届いた。あれからまだ3日しか経っていない。よほど人を欲していることが伺えた。
「ていうかこれ小包じゃなくて封筒じゃん。」
花浪が最初ピンとこなかったわけである。封筒を開けるとなにか甘ったるいそれでいて生ぬるい臭いがじんわりと花浪の鼻腔に染みついてきた。なぜこんな甘い臭いがするのか疑問に思ったが一旦中身を花浪が確認していくと移住の申込用紙と村民が作ったとは思えないような高クオリティのパンフレット、移住の申込用紙ともうひとつ何か折り畳まれた和紙のようなものが入っていた。
「なにこれ......?」
不思議に思い、取り出すのと同時に臭いの原因がこの和紙であることを鼻の感覚が鈍りつつ花浪は理解した。甘く、不快な臭いがむわっとサウナの扉を開けたときに出てくる熱気のように部屋の空気を塗り替えていく。ねっとりとした甘ったるい空気を吸い込むと頭がクラっとし、酸素が薄くなったのではないかと花浪を錯覚させた。そんな不快な臭いにさらされながら紙を広げてみるとかなり大きく、小柄な女性の身長くらいの長さになったが、その広がった部分に何かが書かれているということはなく、少し染みはあるものの白紙といってもいいものだった。
「一応とっておいたほうがいいのかな......?」
もしかしたら村で必要なものか、誰かが間違えていれたのかもしれない。そう思い花浪は粘度の強い、へばりつくような甘い臭いに侵食されながら紙を再び封筒のなかに入れ、他の書類とは別に保管しておくことにした。
その時、カサッという音と共に窓から花浪を覗く気配がした。振り返ると、窓の外では鈍色の雲が雨を降らし始めていた。
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始まりは新居を探すところからでした。
......いえ、もっと前から始まっていたのかもしれません。
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