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こづつみ【第三話】

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『第三話』

引っ越しから数週間、9月に入りようやく日が和らいできた気がする中、花浪たちはあまり舗装のされていない、歩道と車道との区別がないような道を通りながら村長の家に向かっている。今までは引っ越しの荷物の片付けや、知人たちへの引っ越しの知らせなどをしており、中々時間がとれなかったが最近ようやく一段落し、圭吾から「村長もちょうど今は時間があるみたい」と言われて今朝挨拶にいくことになった。
道にはみ出る草に触れ、カサカサと音をたてながら歩いていると大きな家が見えてきた。

「あれが村長の家だよ」

圭呉の言葉に反応し、花浪は少し身なりを整えた。

「なんか緊張するね」
「そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ。引っ越しの挨拶みたいなもんだし」

そんな圭呉の軽い物言いに少し花浪の緊張がほぐれた。

「ここら一帯全部村長の家なんだよ、すごいよね」

手を広げ、圭呉が指し示した敷地全体を見ると花浪が抱いた印象は「奇妙」だった。
十字路の四隅それぞれに母屋、離れ、畑、庭が分けられ、それらすべてを大きく囲っている柵などはなく、それぞれが完全に独立しており、誰もが通る道が家の敷地全体を四分割するように存在していた。

そんな不便そうな作りを尻目に花浪が母屋のインターホンを鳴らすと「はーい」という声とともに40前半くらいの気の良さそうな女性が出てきた。

「あら、もしかして圭呉くんとその奥さんの......」
「最近越してきた花浪です。よろしくお願いします。」
「ああそうや、花浪さんや。これは丁寧にどうも。暑いやろうしし中へどうぞ。」

そう言われ玄関に入ると心地のよい涼しい空気と甘い匂いが花浪の肌を包んだ。
二人が客間に通され、しばらくすると慌ただしい足音とともに日に焼けた茶色の肌をした40代くらいの快活そうな男性が書類を抱えて部屋に入ってきた。

「遅くなってすまんね、圭呉くんと君が花浪さんやね。」
そう言い腰を下ろすと花浪が口を開く前に男性は喋りだした。
「村長をしている芦百あしとや。何かと不便なこともあるやろうけど何かあったら何でも言ってな。」

張りのある声に気圧されながら村長の若さに花浪は小さな衝撃を受けた。若い理由を花浪が村長に問うと子を作れなくなったら村長を交代する決まりであることが聞けた。根っからの都会育ちではないものの田舎にそこまで縁がなく、村に来たばかりの花浪には気持ちの悪い風習に思えた。
そんな花浪の心情を知ってか知らずか圭吾が別の話題を口にした。

「そういえば奥さんはこないんですか?」
「確かに遅いなぁ。且夏しょうか!!」
村長の声が二人の耳と家中に響いた。キンキンと痺れる耳で「はーい」という声を花浪は聞いた。
しばらくすると先ほど出迎えてくれた女性と陰鬱とした表情の中学生くらいの男の子が小走りで部屋に入ってきた。

「お前たちも挨拶し。」
「妻の且夏しょうかです。ほら、あんたも挨拶しなさい。」そう男の子の背中を且夏が小突いた。
「......貴百たかとです。」
そういうと貴百は部屋から出ていってしまった。且夏も「ちょっと貴百?」と追いかけるように部屋を出ていった。

「ごめんな、ああいう年頃なもんで。」
笑いながら言う村長は相変わらず陽気な様子で花浪たちに向き直った。

「長話もなんやし早速本題に入ろか。」
村長はそう言いながら規則表と書かれた紙をテーブルに置いた。
花浪は一瞬固まった後、圭呉が自分に言い忘れていたであろうことを理解した。圭吾のいい加減さに苛立ちを覚えつつも花浪は黒い感情を表に出さず応対した。

村の規則は常識のある人が普通に考えればわかるようなありきたりなものがほとんどであった。塩を撒くと土地が死ぬから地面に撒いてはいけない、外で唾を吐いてはいけない、日が暮れてから大声を出してはいけない、無闇に山へ入ってはいけない、日が暮れるまでに山から出ないといけない等々。だが後半にいくにつれ、この村独特の、少なくとも花浪にはあまり聞き馴染みのない規則が増えてきた。まず野焼きが禁止であった。現在は法律で規制されているが当時はまだ一般的であったにも関わらずだ。村長曰く「灰が出るやろう。灰は不浄なもんやからあかんねん。山神さまが守ってくれんくなる。」とのことであった。この「山神さま」というワードは規則の中でも何度も出てきており、先ほどの塩を撒いてはいけないという規則でも「山神さまは塩を嫌うからだめ」という理由を付け足していた。あまりにも「山神さま」が出てくるため、「山神さま」が村での信仰対象であることを花浪は誰にいわれるでもなく、なんとなく感じていた。他にも奇妙な規則はいくつもあった。「蛇は見つけ次第、なるべく捕まえるか殺さなければならない」、「妊娠して腹が膨らんできたら腹のあたりの服の中に鏡を体に向けて忍ばせておかなければならない」、「出産して一ヶ月間は日が暮れている間は鏡を隠さなければならない」などである。どれも「山神さまが自分の姿にびっくりして子供を守ってくれなくなる」など「山神さま」関連のものばかりであった。異様な雰囲気に飲み込まれる前に花浪が「山神さまというのはどんな神様なんですか?」と聞くと
「さあねぇ、俺もあんまり知らへんのよ。ただ龍のような見た目をしてるからムカデとかミミズみたいな細長く地を這う生き物を殺しちゃいかんっていう規則はあるなぁ。」
とまた規則の話となって答えが返ってきた。

「そうや、御神体もあげとこ。」
そういって村長は手足が無数に生え、細長い胴体をくねくねと曲げている何かが山に巻き付いている木彫りの像を花浪に手渡した。彫り方が荒いせいかとても伝承にあるような凛々しい龍には見えなかった。むしろ不格好でおどろおどろしいものに花浪の目には写った。

規則の話が終わった後、何もなかったかのように移住の申込用紙の確認や、どこになんの店があるかなどの説明をした後に解散の流れとなった。
花浪たちが部屋を出ようとした時、村長は思い出したかのように言った。

「そういえば送ったもんは、こづつみも全部持ってきたんか?」
「はい、一応入っていたものは全て持ってきましたよ。」
花浪がそう答えると村長は「そうか、それなら安心や。」
とまだ皺の少ない顔に皺を寄せながらニタニタ笑った。

「出産が早まりそうやったり、遅れそうやったらまた連絡してな。」
村長の顔はもう見なかった。

花浪が村長の家を出るとき甘い匂いが強まっているように感じた。

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村では時折余所者を迎え入れるんです。血が濃くなると忌み子、いわゆる奇形児が生まれやすくなりますから。そうやって外から血を入れて適度に薄くするんです。
失礼しました。今回は村の規則についての話でしたね。しかし「山神さま」が龍とは少し変に思いませんか?龍といえばどちらかというと川のイメージがあるかと思います。某ジブリ作品でも龍は川の神様でしたし。「山神さま」は本当に龍なんでしょうか。本当に神なのでしょうか。
それに塩や灰は「山神さま」嫌うからだめっておかしくないですか?だって道切りには塩や灰が吊られていたのに。まるで閉じ込めているみたいじゃないですか。

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