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こづつみ【第二話】

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『第二話』

書類が届いてから一週間後、花浪たちは内見のため、市街地を抜け、鬱蒼と草木が生い茂る山道をときどき車に草を当て、カサカサという音を耳にいれながら走らせていた。山道に入って小一時間経った頃だろうか。圭吾の「ほら、もうすぐだよ」という声に反応してスマホから目を離すと異様なものが花浪の目に入った。

「ちょっと待って、何あれ?」

花浪たちの車の前方に歩道橋のようにしめ縄のようなものが何かをぶら下げながら木に結ばれて跨がっていた。

「あぁ、あれは道切りだよ。」

「道切り?」と花浪が訪ねると圭吾は答えた。どうやら村と外界の境界にしめ縄にわらじや蛇、百足、塩や灰などをぶら下げて道切りをすることで悪いものが村に入らないようにしているらしい。
気味悪く思いながらも進んでいく景色を眺めながら道切りを越えると村に入ったせいか何かが通ったような跡が先程まで通っていた道よりも増えていた。

村につくとぼろぼろの古民家ばかりが建っているといった絵に描いたような限界集落ではなく、家ごとの距離は離れているが、なかなかの大きさをした小綺麗な家がポツポツと建っていた。
村の中を少し走り、圭呉の「ついたよ」という声とともに車は大きな畑に面している既に一つの車が駐車してある十字路の隅のきれいな家に停まった。

「へぇーなんか思ってたよりきれい。ていうかほぼ新築じゃない?」
「親がもしかしたら孫を引き連れてくるかもしれないからって三年前に俺が村をでたときに全部リフォームしたんだよね」
「え?」

なんてことのないような圭呉の言い方に花浪は少しぎょっとしてしまった。花浪と圭呉は三年前結婚どころか付き合ってすらない。圭呉が村に戻ってくるかも不確かな中でそこまでするものなのだろうか。

「へ、へー、なんかすごい思いきったことするね......。」
「まあお金はあるみたいだからね」

そんな理由としては弱すぎることを言いながら圭吾は玄関を開け、ほとんど新築の家の中へと入っていった。扉を開けた瞬間、新築の家やおばあちゃんの家のような匂いとは異なるほのかではあるもののねばっこく、甘い匂いが生ぬるい風とともに身体に纏わりついてきた。
少しの不快感を覚えつつも中へ入ると外装だけでなく、内装もほとんど新築同然に改装されていることが窺えた。

「中もすごいきれいだね.......。」
そう言い、花浪が中を見渡しているともう一つ気づいたことがあった。

「家電も全部揃ってない?」
「あぁ、子供が産まれるときに家電を揃えるのは大変だろうって大体の家電はあらかじめ用意したって言ってたよ」

誰が?とは聞くまでもなかった。申し訳なさと恐怖の混ざった、えも言えぬ感情が花浪の中で漂っていた。

「......なんか、すごく申し訳ないね......せめてなにか菓子折りでも渡さないと」
「お金はあるから大丈夫だよ」

なんで彼はこんなにもあっけらかんとしているのだろうか。価値観が合うと思っていたが少しばかりズレているのかもしれない。いや、実家の感覚というものはどこもそんなもので数ある夫婦間の衝突の一つにすぎないのかもしれない。花浪はそう思うことにした。
そんな風に考えていると花浪は一つのことを思い出した。

「そういえば先に車が停まってたけど両親がきてるの?」
「いや違うよ」

じゃあ役所の人の車かな、などと花浪が言う前に圭吾は答えた。

「あれ、俺たちのだよ」
「え?」

花浪たちは車を一台しか持っていない。それはここに来るときに乗っていた。花浪の頭に解決できない疑問符が浮かんだ。

「ほら、ここ田舎だし車がないと不便だろうって親が」

たしかに花浪も地元の友人に就職を期に親から車を買って貰ったということをきいたことはある。だがまだここに住むことが不確定な状態の上にわざわざ既に買って家に停めてあること、そしてさきほど見てきたリフォームや家電などの様子から花浪には単なる優しさよりも異常さのほうが際立って見えた。

「あとここに住むなら家に面してる畑は全部うちにになるらしいよ」

それを聞いたとき、完全に外堀を埋められたことへの不安と恐怖心が花浪の目前を真っ黒に埋め尽くした。

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仕事先の手配、最新家電、車、家の改装。
彼女たちが着いたときには既に住む準備が整えられていました。異常とも言えるほどに。
まるで最初から来ることがわかっていたかのように。

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盆が明け、正式に移住することとなった花浪と圭呉は圭吾の両親である皀地と公子に挨拶することとなった。今まではなかなか双方ともに予定が合わず、村に行こうにも村の住人以外は村で夜を迎えてはいけないという距離的に実質村にいけない排他的な村特有の謎のしきたりがあったため会いに行けず、これがはじめての挨拶となった。圭呉の両親の家は花浪たちが住む家ほどきれいではないが古民家のようなものではなく、近代的で山の風景とはあまり合っていなかった。

初めての義両親への挨拶に緊張の抜けない花浪をよそ目に圭呉がチャイムを鳴らすと腰を曲げたおばあさんが愛想よく出迎えてくれた。

「これからお世話になります。花浪と申します。どうぞよろしくお願い致します。」

名を名乗るとしわだらけの顔をさらにしわくちゃにしながらにっこりと笑い「これはどうも、公子です。ようきたね、ささ、中へお入り。」と中へ入るよう促した。可愛げのある表情に緊張していた花浪の頬もわずかに緩んだ。

中へ入るとほのかに甘い香りが充満している。何か作っているのだろうか。そんなことを花浪は思いつつ客間へ通されると年相応にしわがありつつも日に焼けた焦げ茶色の肌と少しふっくらとした頬を持った健康そうなおじいさんが座っていた。

「おおようきたなぁ。圭吾の父の皀地です。これからよろしくねぇ。長旅で疲れやろう、椅子へ座ってお茶でものみ。」

そう言われ花浪と圭呉が座って待っているとほどなくしてお茶の準備をしてきた公子さんが部屋に入り、皀地さんの隣に座った。

「改めまして、圭呉の妻の花浪です。至らない点もあるかとは思いますが、これからよろしくお願い致します。」
「いえいえこちらこそ何かあったらすぐに言うんやで。」
「ここは田舎であんま人がおらんからね、助け合っていこう」
「それと、家から車から何から何までありがとうございます。これはつまらないものですが......」
そう言って花浪が手土産を差し出すと皀地と公子は顔を見合わせた。

「全然気にしんくてもええんよ。」
「うちの村に住んでくれるんやからこれくらい当然やろ、むしろ何か足りてへんものとかはないか?」
「最近は嫁に入るのを嫌がる人も多いしいうしこっちのほうがお礼したいくらいやわ」
そう言いながら二人はにっこりと笑った。その様子を見ていると花浪もそういうものなのだなと感じてくる。

その後はお茶をしながらここにくるまでの道は長かったろうだとか、冬は雪が積もるから雪かき道具がいるだとか、そんな他愛もない雑談をした。そんな中、子供が生まれる話をしていると義両親二人は「いつ頃に生まれそうなんや?」と聞いてきた。

「一応4月17日が予定日です。」
「ほぅ、ほうかいほうかい。そりゃぁよかったよかった。」

二人はそう言うと、目の光が見えなくなるほどに目を細めてニタニタと笑った。

その後、しばらくして圭吾が元々勤めていた会社が倒産したことが花浪の耳に入った。俗に言うバブル崩壊のあおりを受けたのだろう。結果的に村への移住が花浪にとって最良の選択となった。最良であると思うしかなかった。

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圭吾の両親に挨拶をしに行った彼女は今までの気味悪さとは裏腹に両親に好印象を抱いたようです。どうしてあれだけ恐怖心を煽られていたのに少し話しただけで絆されてしまうんでしょうか。いや、少ししか話していないからよくみえているのかもしれませんね。
そういえば雑談の中でこんな話も出たようです。村には2月から6月の間は子供がよく生まれるからみんな出産の手伝いに行くことが多く、家をあける人が多いから何かあったらなるべく事前に言っておくんだよ、と。

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