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こづつみ【第十三話(最終話)】

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『第十三話』

桜が散り始めたある日の明け方、花浪は母になった。難産とまではいかなかったが赤子は予想よりも大きく育ち、花浪の身体にかなりの負担をかけた。やっとの思いで産まれてきた我が子を見ると想像していたくしゃっとした猿のような顔ではない。ふっくらとした人間の顔をしており、頭には既に毛を乗せていた。我が子を抱くとくるまれた布越しに熱、重み、柔らかさが手に伝わってくる。安堵、達成感、幸福、数多の感情に埋もれて我が子を眺めていると圭呉が部屋に入ってきた。

「どうなった!?大丈夫か?」

おろおろと近づいてくる圭呉の姿に思わず義母と笑ってしまった。笑みを浮かべつつ圭呉にも我が子を抱かせてやる。

「わぁ!かわいいなぁ。よかったぁ、お疲れ様。」

圭呉は早くも自分の子供にご執心のようでこちらを一瞥もせずに言った。
これからが大変だ。夜泣き、おもらし、イヤイヤ期......数え出したらキリがない。だが大変さも幸せの裏返しだと思ってがんばろう、そう花浪は心の内で決意した。


名前は十百也になった。産まれる前から圭呉、義母と話し合っており、既にほとんど決まっていたようなものなので特段揉めたりすることもなかった。


十百也が産まれた日の夜、そろそろ十百也を寝かせようとしたとき、義母が声をかけてきた。

「そういえばこづつみってどこに置いてるん?」
「こづつみ......ですか?」
「そうそう、ここに来る前に受け取ったと思うねんけど。」

思い当たる節がなく、きょとんとしていると

「茶封筒届いたやろ?そん中に入ってたやつ」
「あぁ、茶封筒ですか?それなら中身を入れたままそこのタンスの上の段に入れてますよ。」

その言葉を聞くと義母はタンスの中を探りだした。
少しして「あった」と言い、茶封筒を掴んでいるのが見えた。すると茶封筒の中を覗き、手を突っ込んで折りたたまれた白い紙を取り出した。
途端に甘ったるさが部屋中を塗りつぶしていく。

カサカサ

義母は紙を持つともう用済みと言わんばかりに茶封筒をタンスに放り込み、こちらへとやってきた。ベビーベッドの上で紙を開き、そこに十百也をそっと乗せる。そして開いた紙を閉じ、十百也を包んだ。

カサカサ

行動が理解できない。

「何してるんですか?」

思わず顔をしかめ、語気が強くなってしまった。

「子包みするんよ」

当たり前のことのように言われるが言葉の意味がまったくわからない。困惑し、言葉につまっていると義母は語り始めた。

「ややさんはまだ産まれたばっかりやから神様と人間の狭間におるんよ。そのせいでこの世のもんじゃない鬼とかが見えてしまった怖がって寝れんかったり、泣いてしまったりするんよ。やからこうやって子包みして山神さまに守ってもらってよくないもんが近づかんようにするんよ。」

また訳のわからない風習を訳のわからない理論で説明された。だがなぜか息をする度に「なら包まないとかわいそうだな」と心境が揺れ動いていく。反論しようとも思ったがその日は出産で体力を使い果たし、もうそんな気力もなかったためそのまま紙にくるまれた十百也と眠りについた。

カサカサカサカサ


カサカサカサカサカサ

翌朝、花浪は甘い香りに包まれて目を覚ました。起き上がり、我が子の寝顔を眺めようとベビーベッドの中を覗く。

「ひっ!」

花浪は思わず声をあげ、小さく後ろに飛び上がった。

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その村ではある風習がありました。田舎の村にはよくある「昔からの言い伝え」みたいなものです。「子包み」と村人たちは言っていました。出産して一年間、こづつみと呼ばれる紙に赤子をくるんで夜寝かせておくそうです。そうすると「子包み」をした日から赤子が泣かなくなるんです。普通なら親は毎晩夜泣きに苦悩するのに。こづつみをした日からさっぱり、夜に起きることも泣くこともなくなるんです。
義母は「鬼の気配が消えて泣き止む」と言っていました。
本当にそうでしょうか?確かに泣かなくなります。ですが代わりにニタニタ涎を垂らしながら笑うんです。赤子らしいかわいらしい笑い方なんかじゃありません。まるでシンナーを吸った中学生のような、女子中学生を見ている痴漢のような、そんないやらしい顔をするんです。生まれてすぐの赤子が。あの日、こづつみにくるんだ夜、果たして赤子に何が起きるのでしょうか。

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十百也は嗤っていた。涎を垂らしながらニタニタとした笑みを浮かべている。とても産まれたばかりの赤子がする表情ではない。

カサカサカサカサ

どこからともなく音がする。

こんな顔を果たして赤子がするだろうか?いやするはずがない。
呼吸が荒くなる。

「元気そうに笑っていていいじゃないか。」

そんな思いが頭を埋め尽くそうとしてきた。息をする度にどんどん気持ちが落ち着いていく。

息............。匂いだ。試しに花浪は十百也、正確には十百也を包んでいる紙に顔を近づけた。濃密な甘ったるい匂いが顔を包んでいく。それと同時にそんなに焦る必要はない。普通のことだという考えが洪水のようにどこかから沸き起こってきた。
なんとか顔を離し、首をブンブンと振って纏わりついた空気を追い払う。
やはり匂いだ。この甘ったるい匂いが自分をおかしくしているのだ。そう結論付け、十百也を再び見据える。
なら、そんな甘い匂いの元を身体にくるんでいるとどうなる......?
答えはでない。だが何か普通ではないことが起きることはわかる。そう考えていると気がついたときには身体が動いていた。息を止め、十百也に手を伸ばし、紙を掴む。そして無理やり破きながら紙を引き剥がした。ビリビリビリィと大きな音がなる。くしゃくしゃになった紙から顔をそらしながら部屋の隅に投げつけ、十百也を抱く。

カサカサカサカサ

「何してるんだ?」

突然の声に凝然とした。声のした方を向くと圭呉が眉を顰め、部屋の入り口を塞ぐように立っていた。
花浪は何も言わず、十百也を抱いたまま立ち上がる。

「お前、こづつみはどうしたんだ?」

十百也の姿を見て圭呉は問いかけた。だが、花浪は沈黙を貫く。その目には確かな意志が込められていた。
もうこんなことには付き合わない。
だが一つ、花浪には聞きたいことが残っていた。

「この甘い匂いってなんなの?」

なぜこれまで疑問に思わなかったのか。疑問に思わないことすらも匂いのせいなのか。
すると圭呉は眉を顰めたまま口を開いた。

「それは印だよ、山神さまに守ってもらうための印」

カサカサカサカサカサカサ

突然恐ろしくなった。
我に返ったような
今までは夢うつつであったかのような
それがたった今晴れたかのような感覚
恐怖がじわじわと身体を駆け巡る。

もういいかと圭吾がため息をつき部屋に入ってくると歩みを止めた。

「お前、本当に何してるんだ......?」

緊張が走る。

「なんでこづつみがこんなにぐちゃぐちゃになってるんだ......?」

声は静かだが怒気を孕んでいる。

全てが恐ろしい。匂いも、音も、風習も、人も。誰も味方ではない。膝ががくがくと震え出す。

「なぁ」

そもそも最初から全てがおかしかったのだ。妙に圭呉が移住を推してきたのも、家も車も仕事も全てが用意されていたことも、村のどこにいても甘い匂いがしていたことも、こおさめなどという非倫理的なしきたりも、こづつみが送られてきたことも......。

「なんか言えよ」

にじり寄ってくる。

「おい、いい加減に」

肩を掴まれる寸前のところで花浪は走り出した。掛け布団を圭吾に押し付け、僅かばかりの時間稼ぎをする。家を出ようと玄関に向かったが、なぜか台所に足が向いた。塩の入った袋を掴み、もう一度玄関へと走る。今度こそ玄関にたどり着き、サンダルを引っ掛け、扉を開けた。外に出て数歩踏み出したところでぐいっと肩を後ろに引かれる。

「一回家に戻れ。こんなことしても無駄だぞ。」

嫌だ、もう戻りたくない。無我夢中で塩の袋を引き裂き、後ろに勢いよく中身をばらまいた。

「ああああああああああ!?」

目に入ったのか、それとも別の理由か、後ろから絶叫が鼓膜を震わせた。そして絶叫に混じり、カサカサという音が遠ざかっていくのを感じた。弱まった手を振り払い、家を飛び出る。畦道を駆け抜けていく。ズボンの裾に引っ付き虫をつけながらカサカサと音をたてて走る。時折足に草が刺さり、チクチクするが構わず道を進む。しばらくすると道の上に何かがぶら下がっているのが見えてきた。道切りだ。あと少しだと力を振り絞り、走る。

カサカサカサ

走る。あと少し。

カサカサカサカサ

あと一歩。

カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ

道切りを越えた瞬間、音は聞こえなくなった。聞こえなくなる寸前の音に少し寂しさを感じた。

幸いなことにいつの間にか紙と財布を持っており、紙にくるまって寒さを凌いだ。二日ほど山道を歩いた後、なんとか隣町にたどり着き、心許ない財布の中身から札を何枚か抜き、小さな民泊に泊まった。案内された部屋に入ると、どっと疲れがやってきた。

緊張の糸が切れたのか、村から出れたという事実に安堵し、その日はそのまま眠ってしまった。

翌日、朝起きると十百也は甘い香りと共に「こづつみ」にくるまれていた。それを一瞥し、洗面台に顔を洗いに行く。鏡の中の花浪は顔を歪めてニタニタと笑っていた。

カサ

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カサ

ある日、こづつみが届いたんです。私を包んだ紙が。匂いが染み付いていたんでしょう。この甘い匂いはマーキングのようなものです。おそらく匂いさえついていれば、ある程度の人数さえ確保できれば誰でもいいんです。もう手遅れかもしれないですがせめて妻と子供だけでも外で生きてほしい。だから私はもう向かいます。子供の成長が見られないのは残念ですが......。

カサカサ

あぁ、そういえばあなたにもだいぶ、馴染んできましたね。

カサカサカサカサ

私たちは一体.......何になってしまうのでしょうね。



これは山間部のある村で起きた話です。

そして、これから起こる話です。

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