2024/03/31 年度末月末週末は自分を省みっつまんぐろぶ

今日は7:30に起きた。やたらとめったらと早い。大忙しシーズンを乗り越えつつあるが、まだ高い緊張感をもって状況を注視しているので目が覚めたのだろう。

起きてから、とりあえず今日のライブでやるネタを見直す作業を行う。なんだか今、調子が悪い気がする。こうしてもどうしても笑いが取れる感覚が無くなっている気がする。
また野球例えになるのだが「バッティングは水物」という言葉をご存じだろうか。これはある程度野球を経験してきた人なら誰もが一度は痛感するものである。打席結果は大きく分けて凡退、安打、本塁打、四死球、失策という結果がある。大きく分ければ結果はこれらの内のどれかとなる。しかし、凡退といっても、投手前ゴロ、内野へのボテボテゴロ、外野深くのフライ、野手正面への強い当たりで悠々アウトとさまざまなパターンがある。安打もまた、内野の隙間を強いor弱いゴロが抜ける、一塁手前ゴロだが投手のベースカバーが遅れて、フェンス直撃などパターンがある。
簡単に分類することはできるが、その内容はさまざまである。

打率3割(高校野球なら4~4.5割くらい)でレジェンドバッターである。しかしその打率の安打の中には様々なラッキーを重ねた結果の安打も含まれている。結果だけを見ていてはいけない。
綺麗にバットで捉えて、鋭い打球を毎打席打てていればとても良いバッターであるが、すべてが野手の正面に飛んでいては打率0割の最悪バッターである。当人は調子がいいはずなのになんでだ・・・となる。

さらに、打撃結果の良し悪しには様々な要素が関わる。投手がたまたま抜けた球が多かった。野手がお腹を下していて低い姿勢になれず、股を抜けやすかった、キャッチャーが次投げる球をぶつぶつ喋っている(野村克也のささやき戦術)状態なのかと要素が複合的に複雑に絡まって、そこに自分の精神状態なども乗っかって結果が出る。

これだけ不確定な要素があるから「バッティングは水物」と言われている。いくら打率が良くても、ほとんどの安打が「たまたま」と思われる安打では監督からの信頼は薄くなりがちで、いずれは打率が下がっていくだろうと思われる。一方で、打率が低くても常に強い打球を打っている選手なら、少しの要素が入るだけで安打を量産してくれるだろうと信頼は厚くなる。

ちょっと話が逸れるが「信頼」についてのエピソードを一つ。高校野球時代、私が2年生のとき、3年生の練習試合を見ていた。H先輩が打席に入った。H先輩は普段何を考えているのかよくわからない人だった。明るく陽気っぽいのだが、ときどき理不尽なことをする。うーん。へんな人だった。
投手が投げた球がH先輩の頭部に向かって一直線のビーンボール(これ最近言わないね)だ。H先輩はとっさに後ろにしりもちをつくように避けたのだが、避けたバットにボールが当たり投手前のボテボテゴロでアウトになった。
このときのことは私の中で大リーグボール1号事件と呼んでいる。

星飛雄馬は伴宙太との特訓の結果、この魔球を生み出したが、地方の県立高校の選手がそんなもの狙って投げられるわけがない。ほんとに不運のたまたまの凡退である。自軍も敵軍もゲラゲラと笑ってしまった。
その時、我が高校の鬼将軍監督クニちゃん(こっそりのあだ名)が、グラウンドで選手が笑っていることにいらついたのかH先輩に対して「日頃の行いが悪いからこういうことになるんだよなぁ!」とブチギレられた。
自軍ベンチはあまりの理不尽に凍り付いた。

いや~高校野球らしい理不尽なエピソードである。たしかにH先輩の日ごろの行いは悪い。

ああ、関係ない話が長くなった。バッティングは水物と言うがお笑いも水物で、なんかしらんけどウケるときがあったりする。
渾身のネタでもウケるときがあったりウケないときがあったり、それも打撃と一緒でお客様の体調であったり、最近は待っているものだったり、我々の体調だったりと複雑に組み合わさって生まれるのがお笑いである。
なので、今の私はなんだか打席に入っても打てる気がしない気がしているバッターのような心持ちなのだ。一度、しっかり笑いをいただければ(ヒットが出れば)かなりいい心持に変わるはずなのだが。

とこの話をするために長文を書いた。今日は書きたいことがいっぱいあるのだが、どうしようかしら。

そんなわけで、笑いの調子が悪いなあと感じながら今日のネタの準備をした。もうなんだかうまくアイディアが出てこないと思ったので、ここらでウーバーをやる。12時から14時の間でウーバーをやる。今日中に12件を運ばなくてはいけない。ひとまず5件を運んだ。
シャツの上にジャケットを羽織ったのだが、やたらと暑い。天気予報を見れば気温は27度。夏じゃねえか。もう海で泳げそうだ。そろそろ海へ行く予定を立てようと思う。

帰宅したら今度は電車に乗って、高円寺へ向かう。今日はいつもお世話になっている作家さんが主催の新ライブ「漫ちゃん才ちゃんの顔筋ほぐし60分」だ。なんやそれ。

とりあえず、今日も楽しく暴れた。なんだか最近、漫才が荒れている。ネタだけやるということが無くなってきた。漫才をやるのだが、台本に無いことをず~っとしゃべるパターンが増えている。その後に台本に入るので結局10分くらいやる。こんなことが許されるだろうか、許されない。

ライブの隙間時間で、マセキの新進気鋭ミライある若手男女コンビ「つめたいごはん」のお二人が激論をしていた。マセキ若手での花見に参加しない奴をとっちめたいということで、私が「渋谷に行くのがめんどいから」という理由だけで嫌がっていることを糾弾していただいた。
この中でコミネさん(年齢は上なので、人生の先輩として接させていただく)は、私(藤崎)が一枚壁を持っていると感じるという話をされた。これは確かに私自身もうまく付き合えていない部分なのだ。

私という人間がいくつかの階層に分かれている感覚があり、その人物が場面によって入れ替わって動いている感覚がある。
そのため、誰かと会話していても自分がというよりかはA人格がしゃべっているときとB人格がしゃべっているときと・・・とある。私自身もどれがメインの人格かは決まっていない。ある程度大人になって、すべての人格をまとめた総体が自分であるという向き合い方になっている。

心の底からすべての人類を愛しているし、全員が幸せになってほしいと思って生きているのだが、それがあまりにも夢想的で非現実的で信じてもらえず、嫌味を言っているように思われるのだ。
これは、先日のホメまつりでも言ったのだが、バジトウフー(解散発表したね残念)の久保田さん、はやぶさ丸(こちらも解散。解散ばっかりだな!)笠生くん、私と言ったとっつきにくい人間というのは自分が変であることを自覚したうえで自分と他者の両方と関わっており、またどこの誰に対しても正直に接しており、そんな人は世間には基本的にはいないからとっつきにくいのだ。
悪貨は良貨を駆逐する、じゃないが世の中はあまりにも建前と本音を分けて回っており、我々のような正直者が辛い目に会うのだ。

デートに誘われた女の子が「予定があるから」という建前で断る。そんなのは良くない「あんたはきもいからNO!」と断ればいいのだ。社長が明らかにカツラでも「髪の毛サラサラですね、どこのトリートメントですか」なんて言わず「アデランスの新素材ですか?」と聞けばいいのだ。でかいウンチが出た時は「大蛇が菊門から飛び出した」なんて言わず「でかくそで流れませんわ。かーかっかっか!」と高笑いすればいい。

ということで、私は誰にでもというよりかは自分自身とも壁というか一つのフィルターを通して接しているので、他者から見れば意味不明な人間に見える。そうである。私は変な人である。
でもその変さも含めての自分であるからな。大人になるというのは他者も自分も同じだけ認めてあげることである。

久しぶりにわけのわからない話をしました。そんなわけでライブは終了。またも電車で帰宅する。電車の中で、笠生くんのラジオを聞いた。花粉症について話していた。私がラジオを聞いていて思ったのは小池都知事のマニフェストだ。2017年、衆院選にて希望の党代表として掲げた「12のゼロ」という公約のなかに「花粉症ゼロ」というものがあった。その後どうなったんだ問題、日本代表だ。
小池さんとしては都知事になった今となっては東京さえよくなればいいのであって、別にあの頃のことなんてどうでもいいのだろう。都知事選においても確か「7つのゼロ」を掲げたのだが、こちらもその後どうなったのかわからない。
こちらの7つのゼロについては「電柱ゼロ」が印象的だったと記憶している。確かに東京は電柱が少ない。これはすごいと思う、私の実家付近なんか東南アジアの危険配線電柱のような、遠くから見れば黒い塊が空中に浮いているように見える電柱がたくさんある。これについてはかなり都内は進んでいるのではないか。
もちろんゼロというのは難しい。これって難しい。あきらかに達成できないことを公約にするのはいかがだろうかと思う一方で、高い目標にしなければ低い割合でも達成できないという考え方もある。うーむ。
公約との付き合い方というのは、議員の皆様も考えなければいけない一方で、我々有権者の意識にも依るところだ。うーん。悩む悩む。悩みばっかりだなふぁっく!

帰りの電車はやたらと暑くて、じんわりと汗をかいていた。帰宅して20時からウーバーだ。薄着でやったのだが、今度は寒い。なんやねん!悲しい色やね!なにが!
日曜夜の東京は車の通りも少なく、非常に快適だった。20時から22時の間にウーバーを楽しんだ。なんとか30件を達成。なんとか今週を乗り越えた。えらいね~。

帰宅してちょっとだけ食べようと思って食べ始めたら、きづけば大量に食べてしまった。ふぁっく。
1時くらいにはいつのまにか眠っていた。お疲れ様です。

今日面白いと思ったことは「本音と建前は漫才にできると思った。というよりかはもうやっている人はいそうだ。」

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