【掌編】チャンス君
数年ぶりに会ったチャンス君は、ひどく面変わりしていて、以前のあの、こちらのどんより曇った心を優しい光で塗り替えていくような、人懐こくて尊い笑顔はすっかり消え落ちていた。
それは抜け殻だった。内外からのあらゆる感情に疲れ果て、すべてを諦めた人の顔だった。絶望と虚無に塗りたくられた顔だった。
「チャンス君、どうしたんだい?」
変わり果てたチャンス君に、私はたまらず声をかけた。数年前、モラトリアム末期の漠然とした不安と、正当化と、貧乏の泥沼で溺れかけていた私は、今夜とまったく同じこの場所でチャンス君に出会った。そして言い伝えどおりに転がり込んできたチャンスに乗って、あれよあれよという間にユーチューバーとして身を立てることができたのだ。
チャンス君に会えば、成功を掴める──都市伝説は嘘ではなかった。
ところが今目の前にいるチャンス君は、あの頃の神々しい輝きをすっかり失い、黒炭みたいに陰鬱に沈んでいた。周囲の闇に溶け込み、一瞥ではチャンス君とわからない。その証拠にそれなりに往来のある通りなのに、チャンス君に声をかける者は一人もいない。
数年前なら、たちまち人だかりができていただろうに。
「終わった」と、チャンス君が絞り出すような声でうめいた。「おれは思い上がってた」
そのあとも、だめだ、詰んだ、ケツ割られた、など取りとめなく単語をつぶやくだけでまるで要領を得ない。会話のとば口を掴めない私は、ひとまずチャンス君が話すに任せた。
「おれはチャンスを与えて、人助けをしていると思ってた。けど、違ったんだ」
私は黙って先を促す。
「あるやつに言われたんだ。おれがチャンスなんか与えるから、見なくてもいい夢を見たんだって。無駄な苦しみを味わったって。一生どぶさらいの生活でよかったのに、おれがかりそめの希望を与えたばかりに余計な傷が増えたって。一度だけじゃない。そういったことが何度もあった。令和に入ってからはずっとそんな調子だ」
どうやらそうした追及に遭うたび、チャンス君は自責の念に駆られ、心が削られて、やがて今の絶望へと至ったらしい。
「つまりおれはお払い箱なんだ。今のご時世、期待値の低いチャンスなんかもらっても誰も喜ばない。少しでも確実に得をするクーポンのほうがまだマシなんだ。流行らないんだよ、チャンスはもう」
確かにチャンスは成功を約束するものではないが、チャンス君のおかげで救われた者も少なくない──私もその一人だ。
「だから終わりにする」
そう言うがはやいか、チャンス君は懐に忍ばせていた何かをぎらりと光らせ、覚悟を決めた顔つきで夜の人混みのなかへと消えていった。
私はチャンス君を止められなかった。
いや、止めなかった。
私もあの頃の私とは違うから。
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“コトバと戯れる読みものウェブ”ことBadCats Weekly、本日のピックアップ記事はこちら! エッセイっぽいものを書く長瀬さんから、ペットのうさぎが語るエッセイの第二弾が到着しました!そしてまさかの展開が!
寄稿ライターさんの他のお仕事も。カルチャーライターの安藤エヌさんが、次世代のスター候補・横浜流星主演の映画『線は、僕を描く』について綴っております。
最後に編集長の翻訳ジョブを。テキストのないゲームなので副題と章題の翻訳をお手伝いしただけですが、喪失と再生のアドベンチャー『When the Past was Around 過去といた頃』が、デジタルえほんアワードで入選したそうです〜!
この「過去といた頃」って副題、結構気に入っているんですよね。直訳なんですけどね。“と”がポイントです。まさに絵本を読むような素敵なゲームなので、ぜひどうぞ。iOS版もありますゆえ。
これもう猫めっちゃ喜びます!