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掌エッセイ

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心に水を。日々のあれこれを随筆や掌編に。ほどよく更新。
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2024年7月の記事一覧

【掌編】ヒトメ

【掌編】ヒトメ

それは何の前触れもなく現れた。

発端は「家の中に目ん玉みたいなキノコが生えてる」というエスエヌエスのつぶやきで、そこに添付されていた画像には、投稿主のアパートの壁からにょきっと生えた、ちょうどシイタケくらいのサイズと質感の“目”のような何かが映っていた。

投稿主はその何かをキノコと呼んでいたが、あくまでも生態的な類似性を鑑みてそう呼んでいただけで、それが実際にキノコであるかは判断が待たれた。

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【掌編】最後のライブ

【掌編】最後のライブ

デンジャラス・マッドの4人は頭を抱えていた。

決まらないのだ。解散ライブのセトリが。ロックに捧げた35年のキャリアの中でアルバムにして20枚、延べ300曲以上の時に激しく、時に優しいロックンロールを世に届けてきた。その中から、わずか20曲を選び出すのは容易なことではない。

とりわけ、アンコールの最後を締めくくる曲──言わば“マッドベイブ”(注:ファンのこと)たちと踊るラストワルツ──はバンドの

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【掌編】チャダ子の夏

【掌編】チャダ子の夏

腕が鳴るわ、とチャダ子は意気込んだ。

“映えスポット”としてウェーイ系に人気のキャンプ場から少し離れた、森の奥の古井戸のなかで、積年の怨念──あまりに長いこと恨みすぎて、そもそも何を恨んでいたのか忘れてしまったが──を一年かけて増幅させながら、夏の始まりを待ち続けていたのだ。

慣れた動きで四つん這いになり、蜘蛛のように古井戸の壁を駆け上がって外へ出る。そして思った──

あっつ。外あっつ。何こ

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