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【読切短編:文字の風景⑨】美術室

油のしみ込んだ木の床は、他の教室より黒ずんでいる。

この美術室は、左右に大きな窓が開いていて解放感がある。入って右手の窓からは校門が、左手には職員室が見える。6つほど並べられた木のテーブルも、やはり傷や染みだらけだ。そこには、ここを通り過ぎていった沢山の学生たちの跡がある。

部屋の左手奥にはアルミ製の乾燥棚。生徒の作品が横たえられている。右手は、美術部用の小さなスペースになっている。デッサン用の静物が並ぶ棚で、奥が目隠しになっているのだ。この奥で、部員たちが着替えたり、お菓子を食べたり、職員室の様子をうかがいながら内緒で残ってたくらみごとをしたりする。

振り返ると、大きな黒板と教壇がある。黒板には、美術教師の趣味でセレクトされた美術公募展や、教師自身の作品がマグネットで止められていた。エッチングを得意とするその手法は、細かい技法が美しい。教壇の横には、大きな鉄製の印刷機が置いてあった。教員室に入ると、更に沢山の作品があることを美術選択の生徒たちはよく知っている。

左手の窓の下には水道が並んでいる。誰かが使って乾かしている筆がおいてある。白い石鹸が筆跡に沿って、赤や緑やよく分からない色に染められていた。

ここが、私にとって最も愛おしい場所だった。

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