見出し画像

【読切短編:文字の風景①】東高円寺駅前交差点

車の喧騒が、階段をのぼるごとに近づく。
地上に上がって最初に目に入る、大きな青梅街道。そして、蚕糸の森公園の鬱蒼とした木々。ここは杉並区最東端の駅であり、少し歩けば中野区に差し掛かる境目の地域だ。

左手の理髪店と牛丼チェーンを横目に歩く。青梅街道から斜めに道路が分かれ、私の前を横切って伸びていく。この道から大久保通に抜けて15分ほど歩くと高円寺に繋がる。だからなのかは分からないが、洒脱な雑貨屋やライブハウスと、若者向けの施設が並んでいる。

実はライブハウス「東高円寺 二万電圧」は、以前「高円寺20000V」という名で高円寺に居を構えていた。不幸なことに、入居していたビルの別階で起きた火災に巻き込まれ、東高円寺で営業を再開した。看板が大きく立っている割に、何故か主張は強くない。バックパスをジーパンの腿に貼ったパンクス風の男性が出てきて、近くのコンビニへと消えていった。

歩行者用の赤信号を待ちながら、青梅街道沿いに視線を戻す。建物の密度が高いのに窮屈さを感じないのは、道路の広さに加え都市計画道路の影響も大きい。道路の道幅を広げられるよう、沿道の一部は建築物に制限がかかり、低層で簡素な店舗しか建てられない。その結果、空を遮る無機物が少なくて、晴れた日には日光が燦燦と降り注ぐ。

建物と対照的なのが、道沿いにずっと植えられたイチョウの街路樹だ。どの街路樹も電線に架かるほどよく育ち、夏場の日差しをアスファルトに届く前に和らげてくれる。その黄緑と緑のコントラストは水彩画的で、ビルや道路の岩肌の中で妙に鮮やかである。

昔から植えられてるのかな。それとも、ある程度育った木を植樹したのか。

そんなことを考えながら、イチョウを眺めていた時だった。

さっきまで喧騒が支配していた空気が妙な静けさに包まれて、代わりに様々なイチョウの音が忍び寄ってきた。

ざわざわと、風に吹かれた葉がこすれる音。
こんもり生えた葉の内側から聞こえる小鳥の囀る声。
きっと長い時を超え、この街を見守ってきた彼らの息遣い。

青梅街道の都市計画が進めば、いつか彼らは切り倒されて、道路の下に埋もれてしまうのだろうか。最初から切られる運命にある場所で、彼らはずっと街を見下ろしている。時に足元を過ぎる人々を日の光から守り、雨を遮り、肩に小鳥を止めながら。

イチョウを眺めていた視界を、車の影が横切った。そこで、自分が青信号に変わったことに気づかずに立ち尽くしていたと気づく。妙な静けさは、車が止まっていたわずかな時間の出来事だったのだ。

再び車が動き、街が動き出す。
私はまだイチョウから目を離すことが出来なかった。






この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?