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『向日葵 【前編】』

普段の日常が特別な日常に変化していく心を彩る物語

目次
1章 「空」
2章 「観葉植物」
3章−1 「川合」
3章−2 「川合」

4章

公園の木々たちは自分の個性を強く出し合って、これから盛大なパーティーを開催しようと最高潮に盛り上がっている。その熱を冷ますかのように風たちは心地よい風からどこか人恋しい肌寒い風へと変化していた。

あるとき、大学の授業で心理学のテスト動画を見せられたことがある。内容は黒い服を着た4人と白い服を着た4人が黒チーム、白チームでボールを1つずつ持ってパスを何回したのかを数える。パスが終わると次のような質問がある。

「ムーンウォークをしたクマを見つけましたか?」

もう一度、同じ動画を見てみるとパスをする間をすり抜けるように着ぐるみを着たクマがムーンウォークをしていた。パスの回数だけを数えていた僕はまったく気がつかなかったことを鮮明に覚えている。人はどうやら、見ようと意識したものが見えるような仕組みになっていると初めて気がついた。

僕の意識はどうやら変わったようだ。

金曜日の夜、バイト終わりに僕は青彩に電話していた。

「もしもし」
「おっ、もしもし。今何してる?」

僕は何も考えずに電話していた。

「今バイト終わりだよ」
「そっか、奇遇だな。僕も今終わったところ」
「お疲れ様。急にどうしたの?」
「青彩、映画好きだったよね。明日一緒にでもどうかな、と思って」
「明日、丁度予定空いてるよ。行っちゃおうか」
「よかった。じゃあ、明日の朝10:00ごろに池袋駅の東口側に集合でもいい?」

「了解。着いたらまた連絡するね」
「オッケ、じゃ、また明日」
「明日ね」

電話を切った瞬間に僕の心がスーパーボールのように高く弾み、天高く舞い上がり、さらに上にある満月の月が祝福するように輝いていた。

映画を観に行く当日、僕はいつも起きる時間よりも早く目が覚めた。起きると昨晩の夢を覚えていた。

中学生の頃の夢だった。夢の中の僕は青彩からバレンタインのチョコをもらっていた。そのときの感情は小さな隕石だけど地球に落ちたら、大災害を生み出してしまうような大きな衝撃のように残っていた。

実は現実の世界でも、中学時代のときに青彩からもらっていた。そのときは他者の目を気にして照れくさかった記憶がある。

待ち合わせの10時になる。先に到着していた僕は、これまでに感じたことのない緊張をしていた。

「おまたせ!」

背中を軽くどつかれ、青彩が視野に入った。連絡すると言っておきながら突如現れた彼女に驚き、不意にも普段よりも彼女が綺麗に見えた。僕は内心ドキドキしながらも平然を装っていた。

「じゃあ、行こうか」
「うん、何観よっか?」
「『天気の子』とかはどうかな?」
「あっ、私観たかったやつだ。ナイスチョイス!」

思った以上のリアクションに僕は素直に嬉しかった。僕は新海監督が作る映画を中学生の頃から見ていた。新海監督の映画は大好きだった。理由は、言葉では説明できないが、ざわっと身体に一瞬静電気を感じるような鳥肌が立つのだ。

映画館までは歩きながら大学のことや中学時代の友人の話で会話は途切れなかった。でも、僕は青彩と目を合わせていないことに気付いた。

映画館に到着し、普段は映画を観に来たときはポップコーンは食べないが、青彩がいるからと気をきかせようと購入している。やはりいつもの自分ではない。そんな思いとは裏腹に上映時間が近づきスクリーンのある部屋に入る。

僕は1人でも映画をよく観に行っている。映画館の暗さと椅子の質感、この映画館ならではの雰囲気が僕には心地よく好きだった。でも、今日は隣に青彩がいる。僕のよく行く心地よい空間は初めていく別空間のように新鮮だった。

いくつかの予告映像が終わり辺りが少しずつ暗くなる。隣にいる青彩がとても近くに感じた。そして、上映が始まった瞬間、僕は青彩のことを観ていた。青彩の横顔はスクリーンの光で綺麗に映し出されていた。

あっという間に上映が終わった。

「面白かったね」
「最高だったね」

何気ない感想を言いながら青彩が不意に質問してきた。

「背景や何気ないシーンの絵をなんであんなに綺麗に描くのかな?」
「そうだね。新海監督はこの世界のことが好きで、生きる価値がたくさんあるって強く肯定してるからだと思うよ。」

僕の口から自然に言葉が出てきた。新海監督が好きな僕は、一時期取り憑かれたように生い立ちやこれまで作成した作品を片っ端から何度も見ていた。

「へぇ、そうなんだ。」

青彩は僕の過去のことがあったとは知らず、あっけない返答をした。僕は良い意味で力が抜けた。このとき向日葵が太陽に向かって花を咲かすように、僕も自然と青彩と目を合わせることができていた。



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