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小説『 鱗 粉 』

2022年11月27日 note投稿           
2022年06月  初稿脱稿 
作 飛鳥世一 
触媒とする「画」タロットカード

                ◆                   

「あぁ… 、いい風。健ニイ… 折角ここまで来たのだからもう少し歩いて行こうよ。私、買いたいものがあるの。天気も良いし、たまには私に付き合ってもいいでしょ?」

 ほんの少しだけ僕の先を歩いていた真弓は振り返るとそう言葉にした。
屈託のない笑顔を魅せ、はやりの歌を口ずさみ頭を揺らす真弓の髪には紋黄蝶がとまっていた。
【ん ? 何を付けているかと思えば紋黄蝶か… あんなに頭を振っているのに逃げ出さない… 卵でも産みつけてるんじゃないか… 】

「いいけどさ、どこまで行くんだよ。腹が減っちゃったから早く帰りたいんだよ。それともマーがランチを奢ってくれるのかな」
「よく云うわよ、逆でしょ? 私が奢ってもらおうと思っていたんだから… はぁい! 決まり決まり! じゃぁ、買い物ついでに可愛い妹にランチをご馳走しよおー 」
「ったく… しょうがねぇなぁ… 」
 僕はそれ以上逆らうことも無く真弓の後ろに付き従った。

「マー… どうでもいいけどさ、お前の頭の右側に紋黄蝶がとまっているぞ」
「エー? 嘘… どこどこ? 」
 真弓は歩くのを止めると首をすくめながら頭を前に突き出してみせる。 
お昼間近の太陽は、五月だというのにうんざりするほど熱かった。ここに来るまで何度「アッチィ」と口にしたか覚えていないほど。

 すくめた首の付け根、窪んだ鎖骨下には汗が流れ込んでゆくのがうつる。
「とろうか」
 僕は手を伸ばしかけた。真弓は言葉もつげずに両手を前に突きだし僕の動きを制止する。
「何だよ… とらないのか? 」
「何してるの? 蝶々さん… 私の髪にとまって… 」
「何しているかは知らないけど、もうずい分長くとまっているぞ。どれどれチョット見せてみろ」
「健ニイ、可哀想だからとっちゃダメだよ… 何しているか見てみて」
「わかったから、チョット見せてみろ」

 まったく… 多分、何かのお告げかラッキーハプニングぐらいに考えているのだろう。僕は、蝶の様子を覗うべくそっと真弓の頭を引きよせた。
 その行為に僕は自分でもドキッとする。ドキッとした自分に気が付くと挙動がおかしくなる。負が連鎖する。心臓の鼓動が強く早く打っているのは気のせいじゃない。気付くな ! 今の僕を見ちゃ駄目だ ! 
 蝶が飛び立つことはなかった。羽をゆっくりと上げ下げしている。呼吸を整えているようにすら見えた。

 5月半ばの陽ざしが真弓の髪にふりそそぐ。と、僕はそこにキラキラとした輝きを見つけた。
 ヘァグロスを吹きつけたように、金色の艶を纏った真弓の髪が優しく風に靡く。僕は静かに鼻から空気を入れる。僕の肺が朝のシャンプーの香りで満たされる。

 見計らったように真弓が口を開いた。
「えっ… 健ニイ、なに? 何してるの… チョットどうなってるの、教えてよー 」
 僕の胸をグーでトントンと叩く真弓。寝かしつけていたはずの想いが揺り動かされたように疼く。
「うん。あのね、綺麗なんだよ… 紋黄蝶の羽の鱗粉がさ、マーの髪の毛に、ヘアグロスを吹き付けたみたいに金色になってるんだよ」
「マジで ? チョットわたしも見たいしー みせて見せて、撮って見せてよぉ」
「わかったわかった、ちょっと待てよ、今撮るから… 」
 僕はスマホを取り出すとカメラアプリを起動させ、スマホのレンズを髪の毛と蝶々にむけた。紋黄蝶は相変わらずゆっくりと羽を上下させている。「撮るから動くなよ… 」
「うん」
 僕は何度かシャッターを切ると、ゆっくりと歩きながら写真を呼び出す。真弓の黒髪に留まった蝶の周辺は鱗粉で金色になっていた。
「みせて見せて… 」
 そう云うと、僕の手からスマホを取り上げ写真に顔を近づける。
「カワイイ… 綺麗ねぇ… 何してるのかしら、わたしの髪で」
 真弓は指で写真を拡大すると…
「ねぇ… ニイ、この子、怪我してると思う… 」
 少し悲し気な顔をみせそう告げた。
 真弓はスマホを僕に手渡し「ほらここ… 」と言いながら写真を指差す。 咄嗟に僕の目は写真を追わずに真弓の指の躍動を追う。
「ねっ、羽のここのところ、チョット剝げてるよね色が変わっているもの… 可哀想… 」
 慌てて目を写真にうつす僕。確かに色が薄くなり剝げかかっているところが見て取れる。
「きっと、鱗粉が剥げちゃって、上手く飛べなくなっちゃったのかもしれないな… 」僕はそう真弓に告げた。
「私の髪に鱗粉をつけたから? 」少し悲しげに真弓が呟く。
「いや、たぶん何かから逃げたんじゃないかな、他の昆虫に食べられそうになって、逃げた時に傷を負ったとか… 。蝶はね、鱗粉がはげると上手く飛べなくなって絶命しちゃうらしいからな」
「ウマク… 飛べない… あげくが死んじゃう? まじ ?」
「うん」
「…… まだ居る? あの子? 」
「あぁ、ゆっくり羽を動かしている」
「ゆっくり羽を休めてね… 。私も… うまく飛べない… ひとだから」
 僕の前をゆっくり、頭を揺らさず歩く真弓は静かにそう吐露してみせた。と、何を思ったのか急に立ち止まると前を歩いていた真弓は僕の後ろに回り込み、風裏にでも入り込むように背中近くに頭を寄せると僕の腕を掴む。「なんだよ、ひとを風よけに使いやがって」
「だって、直射日光が当たると弱っちゃうでしょ、この子」
「そうだな… 飛びながら体温調節をする生き物だからな、飛べるようになるといいけど」

 どこからだろう。カラカラと乾いた竹を打ち鳴らしたような音が聞こえてくる。空気が乾燥しているためか、それとも季節外れの尋常ならざる日差しを浴びた音のせいなのか。歩くに従い"カランカラン"と乾いた音を伸ばしはじめていた。

「鯉のぼりが泳いでる… 」
「鯉のぼり? 今頃かよ」
 僕は進行方向左前方を見ながら歩いていたから気が付かなかったのか、右斜め前の庭先では鯉のぼりが泳いでいた。
「健ニイ… あの鯉のぼり、音がする… カランカランって。なんでなんで? 」
 真弓は僕の背中につけていた頭を外すと、肩口から顔を覗かせそう云うと僕の背中をとんとんと優しく叩く。確かに音は鯉のぼりから届いていた。「オモシローい。うちの鯉のぼり音しなかったよね? 」
「しないよ… 普通しないだろ、音なんか」
「普通って何ヨ… 誰が決めた普通なのよ」
 真弓は僕の一言に気色ばんでみせた。幾つかの言葉に過剰に反応するところがあった。

「カランカランって… ほらマー、鯉のぼりの口元のところに竹の短冊が吊ってあるの見えるか? 音の正体はあいつだな、きっとあの短冊に願い事とか書いてあるかもしれないな」
「へぇ… そんな風習もあるのねぇ… 。ねぇ… まだあの子つかまってる? 私の髪に… 」
「あぁ… でも、ちょっと動かなくなったなぁ」
「そう… 触っちゃダメよ、静かにしておいてあげて」
 真弓はそう云い残すと元の体制に戻り、僕の背中に頭をつけたまま腕をつかみながら歩きはじめた。

 どれほど歩いたろう。右だ左だと背中から指示を出す真弓の声に従いながら炎天下を歩いてきたが、目指す目的地に到着したのか、背中から頭を離すと「ここよ、ここ。ここに来たかったの」そう屈託のない笑顔をみせる。「待てよ、着いたのはいいけどさ喉が渇いたよ。何か飲もうや」
「そうね、じゃぁあそこの自販で買ってくるわ、何がイイ? 」
「お茶だね… 冷たいお茶」
「ニイ… 今頃、温かいお茶って云われてもありませんから」
 真弓は意地悪にフフンと鼻を鳴らすと道向こうの自販機めがけて駆けだした。

【なんだここの店、ここに買いたいものがあるのか… アジアン雑貨専門店… しかし女はこういう店が好きだなぁ… どうせチョットしたら捨てちゃうのだろうに】

 僕は真弓を待ちながら店横に設えられたベンチに腰を下ろした。
「はい、お待たせ、冷たいお茶(笑) 」
「有り難う」
「それにしても暑いね、お茶飲んで、欲しいものを買ったらご飯に行こうね」
 真弓は汗の流れる首もとをハンケチで押さえ眩しそうに笑っている。

「外は暑いでしょう、中で涼みながら休んでくださいな」
 店の主だろうか、僕たちにそう声を掛けてきたのは四十がらみの清楚な雰囲気を湛えたご婦人だった。

「はい、有り難うございます、でもこれ… 飲んでるから… 」
「大丈夫よ、他に誰も居ないから、飲みながら中で涼んでね」
 店の中はところ狭しとアジア各国の雑貨が陳列されていた。
「来たかったんですわたし、ここのお店」真弓は店の主にそう告げた。
「そうですか、じゃぁ、お近くなのね、お住まい」お茶を飲みながら店内をうろつく僕の向こうでは当たり前の会話が交わされている。
「ニイ、ごめん、チョットこれ持ってて… わたし、買ってくるから」
「あぁ、腹が減ったから早くな」
 はぁい~と、間延びした返事を残し目的の品の陳列コーナーへと向かう真弓の後ろ姿を目で追う。

【何を買うのやら… 】
 そんなことを考えながら目線を店の奥へと移すと、そこにはバンブーレースが掛けられた小部屋が口を開けていた。
 入り口には「オラクルカード・タロット占いの部屋」という手書きのブラックボードがかけられている。入り口わきには黄色い背景に白黒二匹のスフィンクスか猟犬か、ライオンのような動物を従えた車に乗った戦人(いくさびと)が描かれていた。
 下に読めたのはTHE CHARIOT… 戦車という言葉と七を顕すローマ数字のⅦだった。
【これはタロットカードのうちの七番目のカードという意味なんだろうなぁ】
 そんなことを考えていると、店の主が近寄ってくると僕に話しかけた。「可愛らしい妹さんですね… 。えぇ、今お手洗いに行かれてますからすぐ戻りますよ… ご興味おありですか? タロット」
「あまりよくは知らないんですけど、確か戦車というカードですよね、あの画。なんでしたっけ… 大アルカナカードと呼ばれる… 意味は…確か、勝利とか前進とか、達成とか… 逆だとまた意味が違うとか… 」
 僕はそこまで云うと主の言葉を待った。
「よくご存じね、興味がおありなのね… お好きなんでしょ、こういうの。言葉が必要になったら、いつでもいらしてね、お兄さんにはこのカードが守り札になりそうだから、これをプレゼントするわ」
 主は掌にのる程度の黒いポチ袋を僕に手渡した。

「お待たせ… ごめんねニイ、お腹すいたよね、ランチいこ、ランチ、どうもありがとうございました、ステキなものを紹介してくれて」
 真弓はそういうと店の主の手を握った。
「いつでも遊びに来てね別に買わなくたっていいから、お兄さんもまたいらして頂戴ね… 」

 雑貨屋をあとにし蕎麦屋で冷えた蕎麦を流し込むと、僕たちは自宅に戻った。
「何を買ったの? 」
「あのね、風鈴を買ったの… すごく可愛い風鈴… みてぇこれ」
 真弓は嬉しそうに包みを開き箱から品物を取り出した。カラス細工なのだが、上部には竹で編んだ籠が被せてある。縦長の風鈴。胴体部分には、マーブルチョコレートを想わせる硝子のビーズが埋められていた。
 光が当たれば綺麗だろう… 僕はそう思った。
「でもね、この風鈴… "音消しの風鈴"っていって音がでないのよ。ただね、特別な風が吹くとその風と共鳴して音が出るんだって… 素敵よね」
 真弓は手にした風鈴を様々に角度を変え、確かめるように眺めていた。
「馬鹿だなぁ… 音の出ない風鈴 ?  普通、音が出るだろう風鈴て。聞いたことがないよ音の出ない風鈴なんて」
僕はそういうと脳裏に雑貨屋の主人の顔と言葉を思い浮かべた。
【興味がおありなのね… 言葉が必要になったら、いつでもいらしてね】
真弓が言葉をつづける。
「またニイは”普通”って云った。それは、誰の普通で、誰のための常識なのよ… 」口を尖らせた真弓は普通という言葉を嫌った。

 僕は気付いた… すっかり忘れていたことに気付いた。
「マー、蝶々が居なくなってるね… 」
「あっ、そうだ! えっ、居ないの? 飛んでった? 私たち… 忘れてた? あの子のことを… 」
「マー、チョットそっちを向いてごらん… 動くなよ、写真撮るから」「何? うん」
 そこには紋黄蝶が留まっていた痕跡だけがはっきり残っていた。蝶の姿を形作るように周辺だけが鱗粉で黄色く彩られ真ん中は真弓の地毛の色を見せていた。
「切り絵みたいだな… 」
 撮った写真を見せると、真弓は嬉しそうに声を弾ませた。
「飛べたのよ、きっと… ありがとうの印なんだわこれ… あの子からの。やだ、どうしよう、髪の毛洗えないしぃ… 」
「よく云うよ、死んじゃって堕ちちゃってたら気持ち悪いだろう? 」
「飛べたのよ」真弓はそう云うと、音の鳴らない風鈴を明け放した窓辺に掛けた。

 いい風が部屋の中を抜けてゆく。音の鳴らない風鈴は黙り込んだきり風にその身を任せたままに右に左に揺れていた。
 ふと真弓を見ると、雑貨屋の主人から僕ももらった黒いポチ袋を開け始めている。
「あそこのママさんお守りくれたの。ニイも貰ったでしょ? 」
「あぁ… そう云えば貰ったなぁ。なんか、タロット占いもやっているらしいね、あのお店」
「そうなのよ、結構当たるって評判みたいよ…… ウンショっと… 二人で一緒に見せあいっこしよ… ほら早く、ニイも開けてよ…」
「子供じゃあるまいし、しょうがねぇなぁ… はい。いつでもどうぞ」
「せえのーで! 」
 僕たちは声をそろえてポチ袋からカードを引き抜き見せあった。
 真弓のカードには、インフィニティー、無限大をモチーフとした黄色い蝶を頭上に戴いた大アルカナカード、Ⅰ番のマジシャンが描かれていた。
 僕のカードには、大アルカナカードⅥ番の恋人たちが描かれ、女性の頭の周りには、たくさんの黄色い蝶が描かれていた。
「健ニイ… あの子… ちゃんと一緒に帰って来てたね… ここまで」
「あぁ… 」
 僕はそれ以上の言葉を見つけることが出来なかった。

「ふゅるるるぅぅぅぅ~」部屋の中を抜ける風には、ラベンダーの甘苦い匂いが混じっている。音の鳴らないはずの風鈴が微かに音を奏で始めた。
「あっ… 」僕たちは顔を見合わせ笑いあった。

  了

ショートショート 鱗粉を可愛がってくれた皆様には心より厚く御礼申し上げます。この度、鱗粉はSide B への旅を始めることといたしました。詳細は以下のLinkをご参照いただきますようご案内申し上げます。 世一  拝
2022/11/28
尚、noteの定義するところショートショートは原稿用紙10枚程度とか。
短編にも僅かに短め、ショートショートにはチョイと長めと…… 。
ちゅーと半端なやつでした。よって小説 『 鱗 粉 』と改名しました。



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