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東京路地紀行 15 中央区月島

10月にはいり、ようやく秋らしい風、空気の乾燥した匂いもしてきました。今年の夏は長かったですが、一気に秋が目の前に訪れてきたようです。
そして秋といえば、夜長。(俳句の季語にもありそう)
ということで無理やりこじつけましたが、夜の月島、佃島を歩いてみました。

月島と佃島。住所ではともに中央区で月島x丁目とか佃x丁目。
佃島は、江戸初期に大阪から移住してきた漁民が住み着いた島。ほぼ正方形なので人工島なのでしょう。そしてこの佃島の住民が作って広めたのが佃煮。海鮮ものだしピッタリですね。

一方の月島は明治になってから埋め立てられた人工島。
佃島に接続する形で作られています。地図を見ると旧佃島との接続部がはっきりとわかります。月島は長方形の島ですが、正方形の佃島とは接続部の角度が異なっているのですぐにわかります。
どうして角度がずれているのだろうか?江戸時代と明治時代で方位の考え方が異なるのか、測量方法が異なるのか・・・いや、佃島は隅田川に沿う形で作られたから??

そのあたりの疑問はいずれということで、月島へ上陸します。
いまでは、もんじゃ焼きの町として知られている月島ですが、もともとは何目的でつくられたのでしょう?現地を歩いてみるとわかりますが、月島はもんじゃ焼きの店が立ち並ぶメインストリート(もんじゃストリート)の裏にはいると木造家屋がすき間なく建ち並ぶ木密地帯。ここから想像されるのはかつての労働者の町。歩いても行ける隣の豊洲には石川島播磨の工場・ドックがかつてありました。豊洲への工場労働者向けの町だったのでしょうか。
ググってみると、月島も沿岸部には工場地帯だったらしいですね。

前置きはこれくらいにして本題の夜の月島へ行きましょう。
まずは、月島のもんじゃのメインストリートへ。

平日夜も遅くだとこんな感じですが、平日でも早い時間は家族連れやサラリーマンたちでにぎわい、店の外に行列もできています。
先日土曜夜に訪れると、歩道部分は待ち客で溢れるばかりの人出になっていました。今のもんじゃは人気すごいのですね。

昨年年末頃の写真ですが、楽しそう。

もんじゃ焼き目当てで多くの人が訪れている月島ですが、一歩裏にはいるとがらりと雰囲気が変わります。この写真のように木造でトタンの外壁にしている長屋が何軒も連なっています。

バルコニーは金属素材のものにかわっていますが、雰囲気は下町によくあるイメージのある物干し台です。

月島の路地を彩る重要な要素がこの植栽。植木鉢園芸。四季折々道行く人が楽しめるように様々な種類の植木があります。

シンビジウムも路地園芸の代表格!

多肉植物、アロエかな?これも路地園芸の顔(^^♪

長屋の木造住宅密集地にもところどころ更地が。個々に建て直されるのか。まとめて更地にしてマンションを建てるのか?
いずれにしろ、背後からの姿が見られるのは今のうち。西日除けのむしろが圧巻ですね。ここだけ江戸時代っぽい

街灯こそ新しいですが、それ以外が昭和のまま、時が止まっていました。

喫茶ライフ

レトロ喫茶の部類に入るのでしょう。アイス珈琲が濃いめでおいしいです。

路地に井戸のシルエット。背後の電飾に見事に浮き出ていました。

ふだんはこんな落ち着いた感じに。

古い木造家屋が多数残っている月島ですが、実際には再開発が進み、もんじゃストリートの裏側の路地はだんだんと失われ、代わりにタワーマンションが建ち並びはじめています。表通りだけはもんじゃ店が並んで下町っぽいイメージにしてその後ろはタワーマンションというのはちぐはぐで一体感がないです。どうなるのでしょうか、まあ見守っていくしかないですね。


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