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東京探索記 10 雪の夜の東京②

2月5日夜、雪の東京夜歩きの後編です。

甲州街道を渡り、住所は新宿区西新宿から渋谷区代々木へ移動。
首都高速道路が横を通っている道からみると雪が渦を巻くように吹きまくっていました。ヒェ~、寒そう(;'∀')

「雪と坂道」
この投稿の表紙にも使いましたが、「切り通しの坂」の雪化粧風景。
真ん中の一番低いところには河骨川(*1)という小川がかつて流れていて、両側は大きく長い坂になったV字谷構造になっています。普段でも上り下りがたいへんな坂道ですが、雪が積もったらなおさら。転倒、転落の危険すらありそうです…

雪の谷底を家路につく
坂の上に建つヴィンテージマンションでは、
住人の方が転倒しないようにと、管理人の方が雪かきと雪溶かしをしていました

ところで、「切り通しの坂」名の由来は、画家の岸田劉生が坂の底から坂上にかけた風景を描いた絵の名称「切通しの坂」からです。
大正初期、岸田劉生はこの近くに住んでおり、そのころに描かれたもので未舗装の赤土むき出し坂道、その上に広がる青空は野性味あふれるものです。
…「野性味」は個人の感想ですが(笑)


「雪と階段」
切り通しの坂を離れてJR代々木駅方面へ歩いていきます。
このあたりは車道が坂道、その両側は台地上の住宅街になっているので、
住宅の敷地と道のあいだに高低差がうまれ、いくつもの階段が出現してきます。

石垣の菱形の頂点部に白い雪がつもって石垣の黒とのコントラストを演出

そのなかでも気にいったのが、このV字谷型の向き合う階段です。
切り通して車道をつくったようになっていて、向き合う階段の上から
お互いに階段をのぞめるので、どちらも上り下りしちゃいました!


「雪とアンダーパス、電車風景」
ちょうど小田急線が高架橋を通過するところに遭遇。


「雪と暗渠、再び」
西新宿からぐるりと回って、新宿駅南口へ近づいてきました。
最後のチェックポイントは、文化学園(旧文化服装学院)から流れ出ている玉川上水原宿村分水(*2)の流路跡の路地。
写真の白いポールが車止めとなり、車などの重量のある車両の通行を禁止しています(*3)。路地を進むと左手に見えてくる古そうな木造アパート。不愛想な色合いをしていますが、これが路地にはいいアクセントになっています。

坂を上った先が甲州街道、そして新宿駅へ。
生活道路でもある坂道にはこんな雪のなかでもいくつもの足跡。


この夜歩いたのは、西新宿から代々木、そして新宿南口まで約5.9km。
吹雪く雪のなか、よく歩いた。
最初は寒い中どこまで歩けるかなと思いましたが、歩いているうちに身体が温まり、寒さが全く気にならなくなってついつい歩いてしまいました。
こんなこともめったに雪の降らない街ならではでの体験でしょうね。


補足
(*1)河骨川(こうほねかわ)
  童謡「春の小川」で知られる小川のモデルがこの河骨川です。
  近くの山内侯爵邸の湧水池を源流として途中、宇田川に合流して
  渋谷川にそそぐ川です。
(*2)玉川上水原宿村分水
  玉川上水から旧原宿村の水田に水を供給するために分水された
  人口河川の一つが原宿村分水です。
  今の文化学園の敷地あたりで分水されていました。
(*3)暗渠
  ご存じの方も多いと思いますが、川に蓋をしたものが「暗渠」、
  蓋をしていないで流れが見えるのが「開渠」。
  自然の状態では川はすべて開渠なわけですが、明治以降、
  特に大正以降、畑や水田が住宅地に入れ替わっていく過程で
  取り残された川が生活排水路に使われたりした結果、
  ドブ臭いなどを理由にコンクリートの蓋をされたものが暗渠です。
  今では本当には川の形態はとっておらず、下水管に置き換えられて
  いるものが多いですが、それらも含めて「暗渠」と呼んでいます。
  上述の通り暗渠の本来の姿は川の上に蓋をしただけなので、自動車、
  トラックなどの重量のあるものが通ると落下する危険があることから
  通行止めにされているのが大半です。
  そのしるしが金属製のポールなどの車止め。
  もし町でみかけたら、この下には川が流れている暗渠かもと思って
  もらえるとうれしいです。

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