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武田信玄米雑炊

料理しながら歴史の小話を妄想というスタイルを始めてしばらく経ちましたが、振り返ると、ご飯レシピが多い。

それだけご飯、米という穀物は日本人にとって切っても切れない密着した主食ということで。
そう考えてみると、戦国時代の大名達の領土争いというものも米の耕作地や耕作員を確保するための分捕り合戦と言える。
現在の山梨県、つまり甲斐国とは「山かいの国」という意味から甲斐と名付けられたという。山に囲まれた地という意味であり、耕作に適した地が限られる。そのため甲斐の虎、武田信玄は米の耕作地と人員を求めて隣国、信濃の領国化を進めていき、その過程で起こったのが有名な川中島の戦い。

山梨県に行くと、武田信玄公の陣中食という触れ込みの食べ物があちこちに。ほうとうです。
米が豊富ではないということから、麦の粉で作った麺を野菜と共に味噌で煮込む料理。
ということで、ほうとうを作るのでは普通だし、そうではなく信玄公や甲斐の民が欲しかったであろう米料理。

材料

小さめの南瓜 1
韮 1杷
葱 半分
白菜 四分の一
大根 5センチ位
塩麹 大匙 3
玄米 1合

まずは玄米を炊飯。

玄米は2,3時間しっかりと浸水させた方が柔らかく炊けるのですが、タイトルを見ればわかる通り、私が作るのは雑炊。後から煮込むのだから、固めに炊飯しても問題なし。また、これは発芽玄米。パッケージには白米と同じように炊飯出来ますと書かれています。米、豆、麦等は発芽することで穀類から植物に変わるので、その際にそれまでなかった栄養素が現出。睡眠の質を高めたり、中性脂肪の分解にも役立つGABAも摂取出来ます。

大根はイチョウ切り、葱は斜め切り、韮は3センチ位のざく切り。
南瓜は半分に割って、種とわたを取ってから細く切っておきます。
美味いもんだよ、南瓜のほうとう。という謳い文句があります。ほうとうの代わりの雑炊となれば、南瓜は欠かせない。
白菜は5センチ巾位にざく切り。因みに白菜が日本で栽培されるようになったのは日露戦争の頃であり、当然、武田信玄が生きていた頃には日本には存在せず。しかし自分の好みということで追加。

土鍋に水を張り、まずは根菜である大根と南瓜を鰹節と共に火に掛ける。

根菜は固いので、長く茹でて柔らかくするため。土鍋は保温力が高いので鍋物や煮物には適しています。
沸騰して、ある程度柔らかくなったら、白菜と葱投入。

これも沸騰して柔らかくなるまで加熱。蓋をした方が熱が籠っていいかも。土鍋の蓋には穴が開いているので、そこから蒸気が出始めたら、沸騰の証し。
炊き上がった玄米を土鍋へ、少し混ぜたら韮を被せるように投入。

ほうとうは味噌で味付けするものですが、ここは塩麴を使用。再び蓋をして煮込んでいく。
山国である甲斐、更に領国に組み込まれた信濃には海がないので、塩が産出しない。輸入に頼るしかなかったということ。塩も欲していたことでしょう。
武田家が同盟を破棄して、今川家と戦争状態に入った時、当然ながら今川家からの塩が入らなくなる事態に。つまりは経済戦。
その時、思わぬ方向から助け舟。
越後の商人が塩を売ってくれるように。川中島で何度も鉾を交えた上杉謙信の計らいでした。
「我らの戦いはあくまでも弓矢で雌雄を決するべきで、塩や味噌で戦うものではない」というのが謙信の言い分。
敵に塩を送るという有名な逸話。
てなことを考えている内にふつふつとしてくる。少し味見。塩味というだけではやはり物足りない。そこで隠し味という位置づけで、醤油を大匙1だけ混ぜると、味が引き締まる。

信玄米雑炊完成

体が温まる。かぼちゃも柔らかく甘い。玄米は固くても雑炊にすれば、いい感じに柔らかく。
水分を吸った米は膨らみ、かさましになる。少ない米でも満足感が得られます。米が乏しい時代などは、こうした料理を食べていたのではないかと思えます。

山梨県、現代でも水田は殆ど見掛けません。実はこれは耕作に適さないということに加えて、寄生虫が大発生したという理由から近代になり、水田をすべて果樹園に変えてしまったという経緯あり。
水田に棲む宮入貝を中間宿主とする日本中吸血虫という寄生虫の被害が山梨県で多発。
血管内に寄生し、赤血球を栄養源にする寄生虫の存在が確認されたのは近代に入ってからですが、甲斐や武田家の歴史を記した「甲陽軍鑑」には、武田家臣の小幡昌守が腹部膨満の病に侵され、主君、武田勝頼に暇乞いに来たという話が記載。この症状は日本中吸血虫症に当てはまることから、戦国時代にも、この寄生虫は甲斐で猛威を振るっていたのではないかと思えます。
ただでさえ米がなかなか作れない上に病まで。他の症状としては発熱や腹痛。更には貧血や肝硬変。血流に乗って脳に達するとてんかんや痙攣。最終的には死に至る。
寄生虫被害がもっともひどかったのは山梨でしたが、差はあっても全国で被害。それでも米作りを止めず、命を繋いできた日本人。その粘り強さや知恵に感謝と祈りを捧げつつ、ご馳走様でした。

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