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わからないまま読み進めてみるのも、いいんじゃない?【「短くて恐ろしいフィルの時代」ジョージ・ソーンダーズ】

3ページの途中まで読んで、こう思った。

「うわああ、この本、読み切れないかも……」

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ある日、<内ホーナー国>がさらに小さくなった。突然のできごとだった。岩どうしがこすれ合うようなゴゴゴという音が響いたかと思うと、そのとき<内ホーナー国>に住んでいたエルマーの四分の三が国外に出てしまった。つまり、エルマーが不安になると地面を掘り出すのに使う、八角形のスコップ状の触手以外のすべての部分が、とつぜん<外ホーナー国>側にはみ出てしまったのである。

え?エルマーって、人間じゃないの?機械なの?なんなの?

私は登場人物についてのイメージ像がもてなかった。

1ページ目を読んで、内ホーナー国と外ホーナー国という2つの隣り合う国が険悪な関係というのはわかった。

なのに早3ページ目で登場人物像すら理解できず、つまずくとは……。


今回読んだ本は、ジョージ・ソーンダーズ作・岸本佐知子訳「短くて恐ろしいフィルの時代」

これは私にとって、自分なりに読むことをチャレンジした一冊となった。


読み続けるのに勇気が必要になろうとは

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本書を4・5回はじめから読み直したがやはり意味がわからず、私は読み続けるのを諦めようとした。

わからないまま読み続けるか、

わからないから読むのを諦めるか。

どっちでも選択できたのだが、私は考えた。

子供のときってそんな感じの「わからないけど、やってみよう」的なことって多かったな、と。

「難しくてよくわからないな。でも読んでみようかな」

これって意外と大人にとって、チャレンジなのかもしれない。

多くの大人が日本語を読み書きできるし、たくさんの言葉を知っているはずだ。

日常生活で不便していないから、わからないことに直面するとどうしても逃げたくなる。

「もう大人なんだから知っていて当然なのに、知らないなんて恥ずかしい……」

だからみんなすぐGoogle先生にこっそりと聞きたがるのだと思う。

*  *  *

3ページ目で困難を感じた私は、この本について書かれた記事や口コミを探そうとスマートフォンに手を伸ばした。

いや、待てよ。

なんとなく嫌だなと感じた。

わからないことを誰かに教えてもらうのは簡単だけど、それでいいのか?

自分の感じたことよりも誰かの正解を求めていない?

黒板?

よし、自分の力で読んでみよう。

そして私は今回、自分なりに読んでみようと決めた。

難しい本に触れる子供みたいに、とりあえずそのまま読み進めてみよう、と。

私たち大人は、案外わかったような気でいることって多い。

「名前は知っているけれど、それを知らない人に言葉で説明してみて」と言われたら困ったことって多くの人が経験したことがあるんじゃないだろうか。


内ホーナー国と外ホーナー国

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物語の中心は、内ホーナー国と外ホーナー国という2つの国だ。

2つの国は隣り合っているが、関係はあまり良好ではない。

良好でない原因は、それぞれの領土の問題。

<内ホーナー国>の小ささときたら、国民が一度に一人しか入れなくて、残りの六人は<内ホーナー国>を取り囲んでいる<外ホーナー国>の領土内に小さくなって立ち、自分の国に住む順番を待っていなければならなかった。

つまり、内ホーナー国はめちゃくちゃ小さい。

対する外ホーナー国。

外ホーナー人は外ホーナー人で、こう思っていた。そりゃま、たしかにうちらの国は大きいけどさ。でも無限に大きいってわけじゃないんだもんね。てことは、いつかは土地が足りなくなることだって、ないとは言い切れないんだもんね。それに、もしこれ以上あいつら(内ホーナー人)に愛する祖国の土地を分けてやったりしたら、他のみすぼらしい小国が我も我もと押し寄せてきて、自分たちにも土地をよこせと言いだすかもしれない。

外ホーナー国は大きいのだが、その領土を奪われることを恐れている。

両国の関係は外ホーナー国が内ホーナー国に対して幅を利かせている、という感じだ。

私の中で領土問題というと北方領土とか竹島、尖閣諸島とか自分の日常とは少し離れている場所のイメージ。

しかし世界で見たらきっと日本の方が珍しくて、多くの国では領土問題はもっと身近なのだろう。

土地って誰のものでもないのに、奪い合うって不思議だ。

これも日本人だからそう考えてしまうのか……?

*  *  *

そんな中地震のようなものが起こって内ホーナーの領土がさらに縮まり、住人エルマーの体が外ホーナーの領土にはみ出てしまう。

外ホーナー人は内ホーナー人に対して「なんて強情で挑戦的な連中だ」と思う。

ここで、外ホーナー人のフィルが登場。

フィルは「我々の愛する国土を占領しようとするなら、内ホーナーから税金を取ればいい」と言うのだ。


外ホーナー人 フィル

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フィルは外ホーナー国の住人だ。

平凡な男だと思われていたフィルは、税を徴収する提案をするとともに外ホーナー国についての想いを突然大声で話し始める。

「……全能なる神は、この美しく広々とした土地を、われわれがすばらしく優秀な民族であることのほうびに与えたもうたのだ……われら外ホーナー人に美点があるとすれば、それは寛容すぎることである。」

外ホーナーを褒めまくるような内容だから、聞いている外ホーナー人からしたら嬉しくないはずがない。

今の今まで平凡な男と思われていたフィルが、急に他の外ホーナー人たちの目にちがって映った……いかに自分たちが心の広い優秀な民族でありながら、そのことを誰からも感謝されずにきたかを、これほどまでに的確に言い当ててみせた人間が、ただの平凡な男であるはずがない。

平凡な男が突然そんなことを言ったから、他の外ホーナー人はフィルのギャップに圧倒された。

*  *  *

私たちでも同じようなことがある。

いつもペラペラ話していてにぎやかな人よりも、静かな人が突如発する一言の方が重みを感じることってないだろうか。

しかもその内容が自分を称賛してくれるメッセージだとしたら、喜びもさらに高まって聞き入ってしまうはずだ。

そのギャップが、のちにフィルが大統領として支配を強めていけた理由なのだと思う。


だんだんと支配を強めるフィル

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税金を徴収することを提案したときはフィルはただの外ホーナー人だったが、市民軍と一緒に内ホーナー人に税の取り立てをしていく。

納税するお金がすぐに底をつきてしまった内ホーナー人は、フィルからこんなことを言われる。

いったいどういうつもりでいたんだ?ひとの大切な土地に、タダでいつまでも居すわれるとでも?われわれがこっちで、この<外ホーナー国>で、何をしているか教えてやろうか。労働だよ。時は金なり、それが外ホーナー国のモットーだ。だからわれわれは時計の針とともに勤勉に労働して、その結果何が生まれるか?富だ。金だ。

なんだか現代にも当てはまる。

日本国民の「勤労の義務」「納税の義務」を思い出す。


税金を払えない内ホーナー人は、お金の代わりになるものとして内ホーナー国の資源である木、水、土を税として徴収される。

そして着ている洋服までも。

まるで日本の歴史に出てくる年貢みたいだ。

*  *  *

耐えかねた内ホーナー人は助けを求め外ホーナーの大統領に手紙を書く。

大統領は昔、内ホーナーに留学をしていたということで内ホーナーに親しみがあるのだ。

大統領は内ホーナー救済のため、フィルを呼び出して問い詰めようとする。

ところがこの大統領、物忘れがひどすぎるのだ。

余は馬鹿ではない。ただちょっと物忘れがひどくて覚束なくて怒りっぽいだけだ。お前たちの言ったことはすべて完璧に理解できておるぞ。

物忘れはかなりひどいのだが、本人にはその自覚がない。

だからフィルが来たときには、フィルを呼んだ理由も忘れてしまっている。

フィルの存在すらはじめはわかっていなかったのに、フィルがうまく嘘をつきまくることで大統領はいいように騙される。

フィルが「外ホーナーのために、内ホーナーへの徴税を提案・実行した素晴らしい<国境安全維持特別調整官>」という全くのデタラメを信じこまされてしまう。

戦争前ってこういうことありそうだ。

なんでもなかった人物が周りが知らないところで上り詰めていって、気づいたらかなり支配権の強いポストになっていた、みたいな。

そして「「フィルが月を盗んだ」と内ホーナー人が嘘をついた」と勝手な勘違いをすることで、大統領は内ホーナー人の言い分に耳を傾けなくなり内ホーナーの願いは消えてしまった。


フィルと2人の手下

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フィルの手下となるのが、偶然出会った巨体の若者ジミーとヴァンスだ。

二人とも故郷では収入もなく、母親から叱られっぱなしだった。

力強さを認められフィルからボディーガードにならないかとスカウトを受け、今まででは考えられないほどの高額な給料も提案されて二人は大喜び。

ところがヴァンスがフィルにこんなことを言う。

「えーと、俺たちがもひとつお願いしたいことってのはですね。あの、ときどきでいいから俺たちのこと、ほめてほしいんです。面倒でなけりゃですけど。たとえば、俺たちが筋がいいとか、俺たちが言うことをよくきくとか。べつにウソでも何でもいいから、毎日なにかほめるようなこと言ってくれませんか

「ほめてほしい」って、今でいうとSNSの「イイネ!」に近いのかもしれない。

お金を稼げるだけじゃなくて、自分のことを認めて褒めてもらえることで、人間として社会で生きられているという実感を私たちは得ているんだと思う。

フィルと3人の市民軍

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フィルと一緒に徴税をしていたのが、外ホーナー国<市民軍>のフリーダ、メルヴィン、ラリーの3人だ。

3人ともフィルに圧倒されて尊敬の気持ちも強く、フィルの言いなりとして行動している。

ところが支配力を強めるフィルに対し恐れを感じるようになったフリーダは、フィルの横暴を止めようと思い忘れっぽい大統領に救いの手紙を書く。

私はフィルのことを以前はとても尊敬していましたが、今日あの人は同胞を解体しました。内ホーナー人とはいえ、同じ仲間の人間をです……この<外ホーナー国>で、こんなことが許されていいのでしょうか……この国は大きいのだから、私たちだって大きな心を持つべきです

しかし大統領はフィルを呼び出すと、またしても手紙のことから話をすり替えられてしまい、フィルの思い通りな会話が繰り広げられる。

そのうち大統領宮殿は手下2人に解体され、大統領の印のスカーフもフィルに取られてついにフィルが新大統領となってしまう。

大統領になったフィルは政策として<国境地帯改善プラン>を提案し、承認するための<全面同意書>へのサインを外ホーナー人に求める。

サインする際、フリーダ以外の市民軍2人はこんなことを言う。

「読みもしないで、一瞬でサインしてみせるぜ」
「俺なんか、見もしないでサインするもんな」
「俺なんか、目をつぶったままサインしちゃうもんな」

本日選挙が行われたが、立候補者や各政党についてじっくりと理解して投票する人ってどのくらいいるのだろうか。

私も選挙前には毎回それぞれの宣言的なものを一通りチェックするが、日頃からもっと政治に関心をもたなければと思いながらできていない。

選挙権を獲得するために過去の人々がどれだけの苦労をされたか学んできたはずなのに、大切な一票にできている自信があまりない。

これを読んで、市民軍のような感覚にはなってはいけないと改めて感じた。


フィルとマスコミの小さな男たち

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フィルがさらに力を強めていくと、突然マスコミ仕事をしている小さな男たちが登場する。

「事件らしい事件が何も起こらないんで、こうやって予行練習しているんです」

小さな男たちは本当の事件が起こったらいつでもスクープ報道ができるように、その練習をしているのだ。

確かに事件がなかったら、テレビニュースも新聞も困るのかもしれない。

フィルは彼らにこんなことを話す。

「じつは明日あそこでデカいことが起こるんだ……もし諸君のような熟練した真実の伝達者がその場にいて、国の命運を分ける重大な決戦を支援してくれるなら、じつにすばらしいんだがな。むろん必要経費はこちらで持つし、ささやかながら給金も支払わせていただくよ」

事件も活躍の場もない小さな男たちにとっては、願ったり叶ったり。

彼らがお金をもらうということは、フィルにとって都合のいい報道をするということだ。

しかし大統領、手下、マスコミの彼らと誰に対しても喜ぶことを言って、相手を陥れるフィルの才能はすごい。


大ケラー国

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そしてフィルたちの行動を報道する小さな男たちの声は、外ホーナー国を輪っか状に取り囲む<大ケラー国>にまで届く。

<大ケラー国>の国土は限りなくゼロに近いくらいに幅が狭く、めったに訪れる人もいないかわりに侵略されることもまったくなかったため、国はとても豊かに繁栄していた

大ケラー国は輪になっている国境線をその円に沿って歩けること、コーヒーを飲みながら会話を楽しめることが重要とされている。

円に沿って歩くとか、国民は名前に加えてNo.4など番号までついているとか、どうやらルールがよく整っている国のようだ。

そして大ケラー国には<国民総楽しさレベル査定官>がいて、国民がどのくらい生活を楽しんでいるかのレベルを測っている。

隣国の外ホーナー国の大統領が変わったことを知ったときの国民総楽しさレベルは、10ポイント中8ポイントだ。

さらに進むフィルの横暴

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フィルは内ホーナー人の<一時滞在ゾーン>を、互いのためと称して<平和促進用隔離区域>とする。土、水、木を加え、彼らが生活できるようにした。

平和促進なのに隔離とは、不思議な表現だ。

結局隔離して内ホーナーを封じ込めるということが、外ホーナーにとっての平和促進なのだ。

マスコミは「国境地帯の紛争、ついに平和的解決!」「優れた指導者の圧倒的偉大さに、全国民が熱狂!」と報じる。

しかしフィルはもっと税金を徴収しようとし、さらには内ホーナー人を消し去ろうとする。

とんでもないアメとムチだ。

*  *  *

しかしついにフリーダがフィルの行動に賛成できないと告げると、フリーダは解体されフリーダの部品は「いいよね!忠誠心」というプラカードと共に見せしめとなる。

これは怖すぎる。

でも見せしめの処刑って、今でも世界で人間たちもやっていることだ。

「いいよね!忠誠心」を人々に強制するために。

*  *  *

それを見ていた大ケラー国の一人が自国内に知らせたことで、大ケラー国民の楽しさ指数は3ポイントまで激減する。

このままではまずいと感じた大ケラー国は外ホーナー国に侵攻を開始した。

フィルは直接殺されたりするのではないが、だんだん壊れていき最後は動かなくなる。

俺がフィル様が黄金の玉座にいて、地の下等な連中はみんな俺の激烈な足元にひれ伸びて、俺の神聖なる名札を口々に叫ぶはずが。

こんなことをフィルは最後に言うのだが、権力をもつとこういう風に考えるようになるものなのか。

力って恐ろしい。

*  *  *

大ケラー国の大統領が外ホーナー人、内ホーナー人にこう話す。

「人生は悦びに満ちています。なぜ争うのです?なぜ憎み合うのです?楽シムことを知れば、争う必要などなくなるし、争いたいとも思わなくなります。さあ人生を愛し、円の上を歩き、おいしいコーヒーを飲みましょう!」

そしてマスコミは手の平を返したような報道をする。

「なぜ国民はかくもたやすく欺かれたのか?」
「なぜ国民はマスコミの再三の警告を無視したか?」

小さな男たちは再三の警告なんてしていない。

ずっとフィルを称えてきたのに、フィルが消えた瞬間「欺いた」と表現する。

自分なりに情報を判断できる力は大切だ。


創造主が願っていること

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さて、紛争が終わったと思ったら、内ホーナー人がここぞとばかりに一気に外ホーナーに襲いかかる。

そのとき、国境地帯の上空から、巨大な手が下りてきた……手首の上に広大な花畑がひろがり、三本ある指の一本は機械仕掛けで、手のひらには青々とした水をたたえた湖らしきものが光っていた。手首の上に野菜畑があり、二本の指が機械仕掛けで、手のひらに凍結した湖のあるその手には、一本のスプレー缶が握られていた。️️️️
<創造主>の左手が国境地帯にスプレーをひと吹きすると、外ホーナー人と内ホーナー人はことんと眠りについた。
「こんどこそは互いに慈しみあうのだよ。忘れるな。お前たちは一人ひとりが幸せにならねばならぬ……お前たち一人ひとりが恐怖から自由でなければならぬ」
右手がこう書かれた看板を立てた——“<新ホーナー国>にようこそ”

もし創造主がいたとしたら、私たちの世界はどう見えるのだろう。

慈しむこと

幸せであること

恐怖から自由であること

世界はこれらを達成できていないが、誰もが求めていてほしいと思ってしまう。

せめて気持ちだけでも。

全員が想っていれば、いつか世界は変わるのだと思う。

まるで一つの新ホーナー国として共生していけるように、私にもなにかできるだろうか。










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