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映画が現実に忍び寄る

 八戸市に映画館が無くなって、近くの下田町のTOHOシネタウンが混んでいるという話を美容師のサキちゃんから聞いた。
 これは、平日に観るしかないぞと、言っているうちに、インディジョーンズは見逃した。こんなに早く終わるとは大した映画じゃなかったのかな?
 もう一つは、ミッションインポッシブルの新作。
 時間が午前9時20分から、と丁度いいので温泉から直行、映画を観て、ランチを食べ、無印で買い物をして帰ってきた。

 私自身の感想はいくつかある。

 一つ目。
 トム・クルーズが、めっちゃ、頑張ってた。
 相当走ってた。

 空港の中、空港の屋根、ベネチアの路地、イタリア、オリエント急行、とにかく追手に追われたり、自分の追跡相手を追ったりと、めっちゃ、走ってた。走るだけでなく、列車が垂直になった時に、その車両を、上に登るために、ボルダリングを列車の凸凹でやる羽目になって、腕の力で、飛びついたり、パートナーを救ったりしていた。
 トムの同年代としては、ちょっとこういうことに巻き込まれた時のために
「カラダ鍛えなきゃいけないかと思った」とダンナに言うと、
「我々の日常生活に、あんなことは起こりません。
 何もしなくてもいい。」と返された。

 トムが主人公のこの映画での、トムの絶対主人公感がもの凄い。その彼でも、こりゃ、無理じゃない?という局面が、これでもか!と訪れる。

 観客に考える間を与えないというのか笑。

 でも、そういえば、007を見ていた時に、いろんなことがコンピューターを使ったデジタル戦になってきて、妙に、疲れるなと思ったことがあった。この映画はそれの逆をやっているみたい、という印象。

 初めに出てくるカーチェイスから、オリエント急行の屋根の上で戦うとか、橋から落ちそうな垂直の列車を、下から登ってくるとか、テレビのCMで観たバイクで渓谷にジャンプするとか、中には、相手の顔を認識するというコンピューターの仕事も出てくるけど、概ね、それに伴って、人間たちが車を運転したり、走ったり、慌ててたり、大事なものを掏ったり、殴り合ったりしていた。

 敵が超頭のいいAIということもあって、そいつの手の届かないところで行われる人間のドタバタがあったのかもしれない。

 うちのダンナは、いっしょにランチを食べながら、ちょっと昔のやり方てんこ盛りみたいなこのやり方ないぜ!みたいな話をしていた。
 
 でも、自分が感じたことはそういうことではなかった。

 ひとつは、人間が自分のカラダを使って走ったりなんだりしてドタバタしていることが心に残った。

 列車の屋根で戦うってことって、トンネルの天井や、線路の脇に立っている色んな鉄柱を除けながら戦うっていうことで、鬼滅の刃の無限列車で、主人公たちが鬼と戦うのも列車の屋根だったりするけど、それが、絵でなくて実写ということが、その大変さがうかがい知れる気がした。トムが60代というのはある笑。あそこまであがける彼が、超人的だが、そういうふうに一生懸命にあがくことっていいなと思った。

 もう一つは、この映画の冒頭で、原子力潜水艦が、敵が発射したミサイルに向かってミサイルを撃ったら、画面が、ミサイルはその潜水艦のおなかにピタッとくっついている場所を示し、なぜか、敵のミサイルが、消えたので、自分たちのミサイルを止めようとしたら止まらず、自分たちの潜水艦の腹に当たるという怖いシーンからスタートしたが、なんだか、そういう現実は、どこの海でも起こりそうだった。

 そんな世界の現実に、背筋が寒くなった自分に驚いた。

 そうなのだ。

 ヨーロッパに熱波が来ても、アメリカに寒波が来ても、どこか他人事であった。暑いのも関西や関東圏の人たちに任せておけばよいと思っていた。
 しかし、今年の、青森県の暑さは、その暑さがもう他人事ではないということを表していた。

 熱波や寒波もそうだが、ウクライナとロシアの戦争がここまで長引いているのも、本当に、驚きで、あのように他国を侵略する戦争が、どこで起こってもおかしくない世界だという実感がある。

 今まで、絵空事で娯楽映画だと割り切って、ミッションインポッシブルを観てきたが、どこか絵空事ではない恐怖を感じる自分がいた。

 戦争があり、パンデミックがあり、もう、映画の中だけではない非日常がそこまで迫っているのだろうか。

 映画を観て、そんな感情に囚われたのは初めてである。

 

 

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