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アルパカニット専門店オーナーの私が、アルパカ不買運動に対して思うこと

ユニクロが2021年秋冬シーズンの商品から、アルパカ素材の使用廃止を決めたと先日報じられた。

事の発端は、アメリカの動物愛護団体PETA(People for the Ethical Treatment of Animals、以下PETA)が、ペルーのある場所(MALLKINIというアルパカ牧場)で行われたアルパカの毛刈り方法が残酷であるという訴えを動画つきで発信し、不買運動を全世界へ呼びかけた(呼びかけている)こと。

動画はPETAのホームページへ行けば見ることができるが、毛を刈る時のアルパカの手足の固定方法があまりに強かったり、毛を刈られた後作業台から放り投げられるかのように落とされる姿が映っていたり、鳴き声が響いていたり…

H&M、Marks & Spencer、GAP、Espritといった企業が使用停止を公表し、それに続いてユニクロも動いた。


大学時代にアルパカ素材に恋をしてから15年。
国際協力からアパレル業界へ足を踏み入れ12年。
アルパカニットブランドを起ち上げて、7年。

これまで、最短でも片道24時間の、日本から地球のちょうど反対側に位置する南米ペルーの工場や、職人、女性達、そして標高4500mを越えるような場所で、アルパカと暮らしている先住民の末裔が住む地域に足を運んできた私が、今思うことを書いてみたい。

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今回の件が起こったMALLKINIとは?

前提としてちょっと説明させていただきたいのだけど、もともとペルーのアルパカは、アンデスの山奥(上)に住む先住民の末裔たちが、放牧状態で飼っている。日本のアルパカ牧場では、おそらく栄養分のつまった餌と草を食べているが、世界のアルパカの8割以上が住むペルーの高地では、アルパカは草を食べて生きている。水分を含む草の先端の方だけを食べて、優れた消化機能で栄養を取り込み、食べては歩き、食べては歩き、と生きている。

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その広大なアンデス山脈のあちこちで育てられているアルパカの毛を、飼い主または専業の人が派遣されてきて刈り(ほとんどバリカン、たまに大きなはさみ)、その毛を仲介業者が買取り、紡績会社であるInca TopsまたはMichellという二大大手の紡績メーカーに売ることで糸となり、つくる企業・人に渡ってアルパカ素材の製品ができる、という産業が成り立っている。

オーストラリアやニュージーランドの羊牧場や、はたまた養鶏所、養豚所、養牛所のような管理された環境ではなく、とにかく野菜も育たない高地の、広大な土地に、ほぼありのままの状態で放牧されていて、悪天候から守る屋根のついた小屋のようなものはあっても、基本的に雨風にうたれて生きているのがペルーやボリビアのアルパカだ。ゆるーい家畜状態というイメージ。

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「MALLKINIとの取引を停止する」と宣言した企業がいると出ているが、MALLKINIとは、二大紡績会社の片方、Michellの研究や教育のための施設だ。アルパカ個体の研究や、アルパカを育てている人たちのためのトレーニングのための施設で、この施設がもつ土地の中にアルパカはいるが、全アルパカの中のごく一部だ。そしてMichellと取引を停止したという意味の企業もいるのだと思うが、Michellは、毛の洗浄以降の工程を担っている事業者で、その原料調達元には、何人もの個人事業主(登録すらされているのか謎)のアルパカ飼いの人たちがいて、その人たちの生活は良質な毛を売ることで成り立っている。

もちろん、今回公けに出たようなアルパカへの振る舞い方は、見過ごされてはいけないもの。しかも、お手本としてあるべき紡績会社傘下の施設で起きたということは、私にとっても、とてもとてもショックであり、経緯の調査や再発の防止に全力を尽くしてほしいと思う。

親会社である紡績会社の対応

Mallkiniを傘下におさめる紡績企業Michellは、報道されて以来自社のHPやSNSで声明を出している。

最初は、「定められたやり方を守らない一部の人間によるもの…」という内容で、う~ん…それはそうなんだけども、、責任回避に聞こえるぞ~、と正直思ってしまった。

今現在(2020年6月13日)、「私たちの管理システムに欠陥があったことを認め」、「二度と起きないように努める」と述べており、具体的には、

・すべての毛刈り、研究、家畜管理改善、研修、ビジター訪問を停止し、調査結果と責任の所在が明らかになるまで、一時的にMallkini を閉鎖する

・牧場で行われるすべての活動の最適化計画を策定して実行し、再発を防止するために、独立した専門家を雇用

したという。

また、印象強いのが、声明文の最後。

「Michellは、一製造企業であり、アルパカの飼育を主に行っていない。私たちは、すでに刈られた毛を購入・加工しており、その99.90%は、アンデスの山々に住む数百のコミュニティからくるものである。そのコミュニティに住む人々の生活は、アルパカの飼育によって生計をたてており、そのような高地では、アルパカ飼育以外の手段で経済的な活動をすることは非常に困難である。」

https://www.michell.com.pe/blog/publication/id/20

そう、その通りなのだ。


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アルパカ素材の商品を買うのをやめよう!という運動は、誰よりもまず、ペルーの高地でアルパカを飼育している数百のコミュニティ、そこに住む主に先住民(家族を含めれば15万人以上)の暮らしに大打撃を与える。

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さらに、都市部でも、工場はもちろん、手編みの製品を作っている貧困地域に住む職人や女性達がたくさん関わっている。


不買運動がどこまで続くか、大きくなるかで、ペルーに住むとりわけ弱者の日々の生活が打ちのめされてしまう。

ただでさえ、コロナ禍でアパレル産業は大打撃を受けているのに、追い打ちをかけるかのように始まりつつあるこの動きが、とても心配でならない。

政府も企業も手工業組合もパニック状態

これまでペルーのアルパカ普及を目指して一緒に取り組んできた、ペルー政府貿易官公省の関係者にも、状況を確認するため連絡し、再発防止のためのアクションや、情報開示についてどういったことができるのかなど話しているが、今は、貿易観光省のみならず、生産省、農務省、外務省なども一緒に対応策をとろうと動いているようだ。

Craft Council(手工芸委員会)や、輸出企業のネットワークも、世界中の顧客へとメッセージを送っているようで、国内移動や外出がまだままならないペルーで、とにかく今できることをそれぞれしているのだろう…。

これまでに使用停止宣言をしたブランドは、ほとんどアルパカちょび混(5%や15%、多くて40%)の製品しか販売しておらず、南米でアルパカの毛(洗って糸になる前のトップと呼ばれる状態)を仕入れ、より工賃の安い東南アジアや中国で、他の素材とブレンドした糸を作り、最終商品を製造をしているところだ。

長年アルパカ素材に注目し、ペルーとの関係を大事にしてきたMAX MARAや、Eileen Fisher、ロロピアーナなどは、この産業の背景を理解していて、もちろん改善は求めるが、停止という決断はしないだろうと私は思う(するかもしれないけど)。歴史的、文化的背景を含めたアルパカという素材と産業に恋をした企業なのではないだろうか。

私たちはどうするか

2014年、私は実際このMallkiniを訪れたことがある。
大荷物を持ったまま観光バスを途中の指示されていた場所で下車し、迎えにくるはずのMallkiniスタッフを待つのだとガイドさんに伝えると、「本当にここに迎えは来るの?」とバス出発時間のギリギリまで心配された。

ペルーではめずらしく、時間より少しだけ遅れて着いたMoisesという名のスタッフの車に長時間揺られて着いたのは、なぜここに人が暮らしているのかと思わずにはいられないような、同時にとても美しいところだった。酸素が薄かったので朦朧としていてそんな記憶になっている可能性もなきにしもあらずだが、どこからどこまでがMallkiniなのかわからない、見渡せば山と、草(緑でなくベージュ)と、木と、アルパカと、いくつかの建物と、遠くに棒のようにしか見えないような人がいるような場所だった。

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MallkiniとMichellと海外の支援者たちが協力してつくった、全寮制の学校が同じエリアにあり訪問させてもらった。(高山病でやられて、食事もできず、フラフラになり、正直断りたかったのだが連れていかれた。)アンデスの高地では、学校に行くのに片道2~3時間歩かなければならないという状況(移り変わりの激しい過酷な天気の中でも)があたり前で、その苦労を少しでも軽減して子どもたちが勉強できるようにと建てられた学校だった。週末になると、家族の家まで数時間歩いて帰るか、親がバイクで迎えにくるのだ。

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たった一人の声やアクション、理不尽な誰かの姿が、他の誰かの心を動かし、人々を行動させ、社会や経済をも動かす力があるとわかったように、

あるひとつの出来事や、声、アクションが、ある人をものすごく傷つけてしまったり、社会や経済にまで打撃を与えたり、そこに暮らしている人々の生活をこわしてしまうかもしれない、という時代なのかもしれない。

今わたしができることは、これまでと変わらず、できるだけ長く使ってもらえるようなアルパカ素材のものづくりを続けること。そして透明性ある情報をきちんと集め、ペルー側(紡績会社や政府関係)にも働きかけ、お客さんには偽りのない説明を続けていくこと。

そして遠いし、見えにくいけれど、歴史や文化とつながりの深い、とてもユニークなペルー(南米)のアルパカ産業のことを、難しいけれどもより伝わりやすく、おもしろく、伝えながら、見せながら、この世界の片隅の伝統産業のアップデートに携わっていきたいと思う。


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