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大阪のおばちゃんだって、ラガーマンやで。

聖地・花園。

高校ラガーマンならば誰しもが憧れる「東大阪市花園ラグビー場」では、年末年始に全国高校ラグビー大会が開催され、毎年ドラマが生まれている。

一心に身体を張り、荒削りに楕円球を追う高校生たち。そのひたむきな姿からは、高校ラグビーにしかない「何か」を毎年見せつけられ、いつも心打たれてしまう。

偶然巡り合わせた仲間と、3年間という限られた時間で文字通り血と汗と涙を流す。その集大成が花園にはある。しかしその終止符は無常にも「負け」で終わることの方がもちろん、多い。

特に初戦は全国常連校の洗礼を早々に浴びるチームも少なくない。

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ラガーマンにとって東大阪は洗礼を浴びる場所なのだ。

かくいう私も、その一人である。
と言っても、残念ながら学生時代に夢の花園に出場することはできなかった。

だが、約8年前、24歳の時に間違いなく、グラウンド外で洗礼を浴びせられたのであった。

ラグビー文化は、言い換えるならば、酒文化である。

ラグビーと酒は密接な関係がある。試合が終わればノーサイドとして敵味方関係なくなり、アフターマッチファンクションという形で試合後に両チーム酒を飲み交わしながらお互いに健闘を讃えあう風習がある。その際、各々グラスを持つことになるわけだが、ここで、右手で持つことは許されない。なぜならば、握手する手が冷えたり濡れたりするのは失礼にあたるということで、右手で飲むものならば、その人は「バッファロー」というコールと共にグラスを一気に空にしなければならない。

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つまり左手でグラスを持つというのは、ラガーマンの間では暗黙の了解なのである。

他にも「バッファローを言う側は人を指差してはならない」「テーブルの端にはお酒を置いてはいけない」などのルールや、ローカルルールも数多あり、ラグビーと酒の関係性を象徴するものは、飲み方一つとっても枚挙にいとまがない。そしてそれは大抵ラガーマンしか知らないし、ラガーマンにしか伝わらない。

24歳までは、そう思っていた。

大阪のおばちゃんだって、ラガーマンやで。

大学でラグビーを引退し、新卒での勤務地が大阪になった。仕事にも徐々になれた24歳の冬。夜中1時。

私は東大阪の小さなラーメン屋の暖簾をくぐろうとしていた。透明なビニールハウスに包まれたその店は妙な熱気を帯びていたがため、外からはわからなかったが満席であった。

夜中のラーメンと罪悪感とを天秤にかけた時にラーメンが打ち勝っていたが、満席であれば致し方ない。ここはやめておけと言うことか。

諦めようとしたその時、

「兄ちゃん、ここ空いてんで!座り座り!」

とダミ声のおばちゃんが手招きをしている。

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私は、そのおばちゃんと瓶ビールを開けながらラーメンをすすることとなった。

「24歳?若いなあ。厄年やんか。今週末、空けといてや。おばちゃんがお祓い連れてったるさかい。ええとこ知ってんねん」

まさか初対面のおばちゃんに週末の予定を埋められるとは思わなかった。さすが、大阪、人情の街だ。おばちゃんのご厚意は無下にはできないが、お祓いは丁重にお断りし、話題を変えていく。

「兄ちゃん、なんかスポーツやってたん?ラグビー?嘘やろ!」

確かに現役の時よりも10キロ以上体重は減っていた。おばちゃんがそう言うのも無理はない。痩せた旨を伝えると、

「ちゃうやん。あんた耳潰れてへんやんか。大阪の人間はな、ラガーマンいうたらな、耳を必ず見るねん。あんた、耳潰れてへんからラグビー口に出すとき気ぃつけや!!」

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私だって耳を潰したかったよ、おばちゃん。カリフラワーイヤーにして百戦錬磨を演出したかった。街中で喧嘩を売られないような男になれると思っていたよ。でもラグビーをしていても潰れない人もいるんだよ。そう内心呟いていた。また、同時にこれがラグビーの本場「東大阪」なのかと、半分呆気にとられながら瓶ビールを口にしていた。

すると、すかさずおばちゃんがこう言うのである。

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「それにあんた、右手でビール飲みなや!」

どうやら、私はこの寒空の下、真夜中のラーメン屋でラガーマンと飲んでいるらしい。てっきり大阪のおばちゃんとしっぽりビールとラーメンをいただいていると勘違いしていた。そして油断をしていた。私は右手でビールを飲んでいたのだ。

おばちゃんはひとしきり私がエセラガーマンであるとまくし立て、満足したのか、私の分の勘定もまとめて払って去っていた。

全国の高校ラガーマンへ

全国の高校ラガーマンは、まだお酒は飲めないと思う。しかし高校を卒業して、大学ラグビーや社会人ラグビーをする時には、「ラグビー文化は、酒文化」であることを先輩が教えてくれるはずだ。

いや、もしかしたら、大阪のおばちゃんに教わるかもしれない。
その時は大きな声で「おばちゃん、瓶ビールごちそうさまでした!」と店先でお礼を言おう。

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