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パッセンジャー|リサ・ラッツ

■ ひとこと概要

階段の下で夫が死んでいた。殺してもいない旦那の死体発見現場から逃亡するのはなぜなのか。疑って、疑って、転がされて、迷走する。「無実」とは何か。人間は無実のまま生涯を終えるには欲望が勝りすぎる。

■ 感想

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「パッセンジャー」リサ・ラッツ(訳)杉山直子(小鳥遊書房)P340

ある日、階段の下で夫が死んでいた。人工呼吸を試みるも完全に死んでいる事が分かり「お別れにはいいタイミングだ」とクールに思考を巡らす主人公ターニャ。「念のために言っておくけど、わたしは何もやっていない」と、今のところ信用できない語り手は語るが、殺してもいない旦那の死体発見現場から「私が犯人です」とでも言うかのようにターニャは逃亡生活に身を転じていくのはなぜなのかという大きな疑問で以て物語は幕を開ける。が、最早これは序章にすぎない。

夫の死にショックを受けているように見せかけることができそうもないと云えども、それだけでリスク満載の逃亡を選択するのはなぜなのか。

「調べられるのが嫌だった」

そんな理由!?な訳はない。ならどうして。ここから始まる壮絶な逃走と偽装となぜの嵐は、語り手の信用ならなさも相まって、やたら全てを疑って読むという面白い地獄を生み、「事故以来、背中の調子が悪かった」と読めば、はっは~ん、これはラストで私はAIだった系?とか、有り得ない展開すら妄想しだす始末で、なかなかにハードな人生でありながらも用心が足りず結構やらかす主人公よりも私は迷走し、取り乱していた。故に面白かったのも否めないので、へっぽこ探偵姿勢推奨ミステリ。疑って、疑って、転がされて、ありがとう系。なん、それ。

すっとこ読者の私はいいとして、340Pフルにターニャはゆくよどこまでも。名前を変え、目の色を偽装し、髪型も変え、傷みなどどんとこい精神で脱色・染色を繰り返し、ブロンドに青い目では目を引きすぎるし男が寄って来すぎると思えばドカ食いで太ることも辞さないターニャ(仮)(名前がどんどん変わる故、ターニャ固定で)。

ターニャは本当は何者なのか、逃走の際に手際よく新しい身分証明書を用意してもらう手筈をつけられる理由は、そんな手伝いをしてくれる決して堅気の人とは思えない人物は何者で、どうしてそんな危ない橋を共に渡るのか、運命共同体のような女性との出会いは何を齎すのか、途中途中に挟まれるメールのやり取りは何を表すのか。

「陽気な幽霊ホテル」という安モーテルはもし映画化されるならしっかりとディティールを作り込んで欲しいと、へっぽこ演出まで思考しながらのターニャとの怒涛の逃走の旅。

しかし、「無実」とは何か。人間は無実のまま生涯を終えるには欲望が勝りすぎる。

■ 寄り道読書

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「贖罪」イアン・マキューアン(訳)小山 太一(新潮社)P637

嘘と冤罪と罪で思い浮かぶのは「贖罪」。映画もすごく好きだったからまた久しぶりに見たいな。

終章のモヤっと感も種類は違うけれど2作ともなんとも言えない読後感が共通で、誰かと語りたくなる。「贖罪」はより重く、より残酷で、今読むとまた違う何かを感じられそうな気もして再読熱が上がった。

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