■ 感想1941年(昭和16)に刊行された鉄道漫画の名作「汽車旅行」。父子が東京から京都へと向かう道中の景色や話のひとつひとつがしみじみと幸せで、この旅が終わらなければいいのにと子供に戻ったような気持ちで満たされる。 窓から見えた高輪の泉岳寺に赤穂浪士や浅野内匠頭の話となり、昔の人がどこまでも遠く歩き、馬や駕籠で移動した歴史に想いを馳せたり、乗り合った人の中にはベレー帽をかぶった巨匠を思わせる漫画制作に携わる人も登場し、小松左京さんはこの漫画でアニメ制作の過程を知ったと云
■ 感想人類の始まりであるアダムとイヴの日々を平行して読みながら普遍的な男女のすれ違いと愛を描く、妙味溢れる会心作。 出会いの頃アダムは「長い髪をしたこの新しい生き物は、まったく邪魔だ」と思っているが、イヴは始まりから結構いい感じに受け取っていた。どんな人間関係でも起こる勘違いやすれ違いにクスッと笑えたり、身につまされたり。そんな心の機微を観察していくのも大きな面白みの要素だが、一番心惹かれたのは 「すべての始まり」 であるということ。地球上の全てに固有名詞はなく、共に暮
1920年の公開から100年以上経った現在も様々な分野のアーティストたちに影響を与え、表現主義の名作として今なお輝くカリガリ博士。文学や映画だけにとどまらず、レッチリのMVなどにも世界観としてインスパイアされ、その人気は衰えることなく息づいている。 カリガリ博士は村のカーニバルで興行をする為、夢遊病者のチェザーレと共に村にやってくる。「夢遊病者チェザーレが25年の眠りから蘇ります!」と口上し、カリガリ博士のショーが幕を開ける。 預言者であるチェザーレにあなたの未来を尋ねて
「ずっとお城で暮らしてる」(監督)ステイシー・パッソン(96min) シャーリイ・ジャクスン原作の中でも異彩を放つ、美しい悪夢のような世界。映像化でとても期待していたけれど、この原作が内包する少女特有の毒と甘い闇が感じられず残念。 メリキャットの少女としての毒と神経質さを見事に体現したタイッサ・ファーミガ、コンスタンスの美しい闇が見えたアレクサンドル・ダダリオは素晴らしかったけれど、映画自体は悪夢のような幸福があまり感じられなかった。 村人から忌み嫌われ、姉妹と一人の伯
■ 感想過去に起きた未解決事件から共通項や不明な点を探し出し、それらが同一犯の仕業である可能性を検討したり、不可解事件の真相を解明したりする、警察庁特捜地域潜入班。 今回の端緒となるのは、怒るとヤマンバのように恐ろしい万場さんの見事な洞察力と閃き。「死亡診断に係る講習会」に参加した万場さんは、「偶発性低体温症による死亡の診断」の講義で見せられた凍死体の資料写真に違和感を覚える。その違和感とは別の勉強会で見た凍死体と同じ位置にある丸くて赤い痣のようなもの。 他にも同じ痣を
■ 感想青屍 警視庁異能処理班ミカヅチ」内藤了(講談社タイガ)P240(ISBN)9784065373408 「怪異を救わず祓わず隠蔽する」を仕事上のルールとして動く警視庁異能処理班ミカヅチが、放置することで後の業務に多大な支障が出る為、可及的速やかに怪異の元を絶つと判断する事件が発生する。 猟奇的な事件に見える連続殺人事件の凶器は中世拷問器具アイアンメイデンに始まり、異端者のフォーク、ファラリスの雄牛、濡れ衣の針と、凶悪な拷問処刑具揃い。誰が一体何の目的で拷問器具を使
「パラダイスの夕暮れ」(監督)アキ・カウリスマキ(78min) 1986年にフィンランドで制作された、アキ・カウリスマキ監督のプロレタリアアート三部作の第一作目。 主人公ニカンデルはゴミ収集人。単調で鬱々とした日々に嫌気がさした仕事の相棒に、独立してのし上がるつもりだから一緒にやらないか?と持ち掛けられ、微かな希望と歓びを感じてすぐ後、相棒は仕事中に倒れて急死してしまう。 変わりゆくであろう未来に希望を見出していたニカンデルはバーで荒れ、気が付くと留置所に。同じく留置さ
■ 感想ニホンオオカミの研究をしていた民俗学者の太田穣先生が、調査のために向かった森で遺体で発見された。その遺体には人とも動物とも判断しがたい複数の歯形が。 秩父の山で人狼と遭遇し、その後憑りつかれたようにその森へと足を運んだという太田は死の直前妻に電話をしていたが、その電話にも狼のような鳴き声が含まれていた。果たしてニホンオオカミの生き残りなのか、それとも狼憑きのような現象なのか、新たな犠牲者を防ぐべく調査へと向かった地域潜入班。待ち受けるのは発見か、怪異か、或いは。
■ 感想白昼の銀座で起きた無差別殺傷事件。捜査一課だけでなく『怪異は祓わず隠蔽する』が規則の警視庁異能処理班ミカヅチが動き出したとなれば、そこに怪異あり。 犯人の肩には真っ黒でちいさなモノがへばりつき、それは耳元でなにか囁いているように見え、犯人は被害者たちから切り落とした耳を口いっぱいに含んでいた。異様な事件で幕を開けた新しい怪異は、まだ手掛かりも掴めないでいる間に次々と犠牲者を出していく。共通点は全て『耳』。ある時は斬られ、ある時は耳を拳銃で撃ち抜かれた。 続く事件
■ 感想テルマエ・ロマエが本領発揮?な「風呂マエ・ロマエ」。 お風呂漫画であるテルマエをその醍醐味を味わいながらテルマエの世界を楽しもう!という心意気で生まれたこの本は、プラ素材でできているのでお風呂で読んでも撓まない。素晴らしい! 内容はハドリアヌス帝とルシウスが初対面をするあの場面から。他にもいろんなエッセイ本で書かれていたヤマザキさんの選りすぐりのエピソードが収録されているので、テルマエもエッセイも楽しめる大満足の1冊。 新章が始まったお風呂エンターテイメントの
■ 感想 久しぶりに大学時代の友人たちで集まろうと長野の別荘に行くことになった7人。そのうちの一人は友人ではなく、語り手となる柊一がこの旅行に対し思うところがあり連れてきた従兄。何か揉め事があった時に事を捌いてくれそうと同伴者に人選されただけあって常に冷静に物事を観察し、その後起きる事件の探偵役として活躍していく。 集まった日の午後、ここから歩いて行けるところに面白い地下建築があるから見に行かないか?という提案に乗るも、近くのはずのそこは峻険な山に阻まれなかなか辿り着くこと
■ 感想「見つけてくださってありがとうございます。」 不穏な帯の一文に吸い寄せられるように手に取った瞬間からもう何かは始まっている。 友人が消息を絶ってしまったので、情報をお持ちの方はご連絡くださいと語りかけてくる語り手。昔あったテレビ番組「TVのチカラ」に似ているなあと思っていたらそっくりな「TVの力」という番組まで本文中に登場し、本の中と現実の壁はゆらゆらと曖昧になりながら都市伝説の類や怪異などと超現実と思われる世界が混然となり、不気味な引力で読者を惹き込んでいく。
■ 感想近年ホラー作品の映画や小説がヒット作を連発し人気が高まる今、ダ・ヴィンチでもホラー特集が組まれてうれしい! モキュメンタリー、怪異譚、土着、ファウンドフッテージ、ミステリー、サイコなど、ホラーと一括りにできない多岐に渡ったジャンルへと進化し、ホラーのクリシェとなったジャンプスケアも単純構造としての取り入れ方ではなくなり面白い作品が格段に増えているので、同じジャンルを連続で読んでいても飽きることなく楽しめる。 特集の最初を飾るのは、今一番気になっている梨さんと三津
■ 感想 「みさき」「光子菩薩Awaken」「忌避(仮)The Ibi」「綾のーと。」の四編で構成されている忌まわしい忌錄たち。電子書籍を生かして、ブログや読書メーター、YouTubeと連動型の話があるのも面白い。 作家名:阿澄思惟(Alan Smithee. アメリカ映画で一時期、諸事情により監督の名前を伏せる際に使用されていた名前)と隠された執筆作家さんが誰なのかは盛大な引っ掛けでなければこの方だろうなと察しが付くものの(でもトラップかも)、おそらく読後の考察に重きを置
■ 感想ホラーと一括りにできない程にバリエーション豊かな怪奇の世界が生まれていながらも、悪しきものと単純構造で排除されがちになっていた近年。その静けさは新たな業火の前触れだったかのように、書籍や映画の世界で見逃せない大きな気焔を上げていてうれしい!そんなホラー界の炎を一段と燃え盛らせるが如く投下された本書。 新たな潮流、雨穴さん、梨さん、背筋さんの鼎談や、ホラーミステリー、モキュメンタリー、過去の名作など、新たなホラーブームを寿ぐような特集号で、読みたくなる本が増えること間
■ 感想「姑獲鳥の夏 愛蔵版」を購入して応募した読者に届けられた特典の豆本で、掌にちょこんと収まる小さな豆本でありながらも、「姑獲鳥の夏」前日譚である掌編「川赤子」がちゃんと収録されていて、造本の美しさにも感動した思い出の豆本。 事件の蓋が開く予兆がじわりじわりと関口巽に纏わりつき、記憶の奥に閉じ込めたはずの夏が眩暈のように押し寄せてくる。不安のない眠りを包んでくれていた母の羊水を思わせる、ぬるりと凝る川面には臍の緒のような渦。込み上げる背徳に背を向けようと、見えないはずの