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御神木の声
「昨夜は風が強かったなぁ……」
そう呟きながら作務衣に着替えると、社務所を出て境内を歩く。
神社の敷地にはたくさんの広葉樹が植えられているため、こうして風の強い日には枝があちこちに落ちてくる。
ある程度大きめの枝を見繕って拾っていると、社殿の横にある御神木に二人の若い男女が近寄り、木の幹に手を触れているのが視界に入った。
うちの御神木は特に囲いなどをしていないせいか、たまにこうして木に触りに来る人がいる。
やれやれと思いながら近寄ると、それより先に男女に近寄る老人の姿が見えた。
「こんにちは。あなた方は、何故その木に触れているの?」
優しい老人の声。
男女は御神木から手を離し、びっくりしたように声の方に振り返る。
私は少し離れたところに立ち止まって、様子を見ることにした。
「あなたは誰ですか?」
男女は警戒したように老人にそう尋ねた。
神社の関係者に叱られたらたまらない、といったところなのだろうか。
老人は優しげな声音のまま答える。
「私は散歩中の近所のものですよ。」
その答えと老人の優しげな様子に安心したのか、男女も緊張を解いたように老人に笑いかけた。
「神社にある御神木は、ものすごいパワースポットなんですよ。今、御神木からパワーをもらうのが流行ってるんです。おばあさんもいかがですか?」
「御神木から元気をもらって、長生きできるかもしれませんよ?」
男女の返事を聞いて、老人は微笑んだ。
「ありがとう。あなた方は優しいね。」
そして、笑顔を浮かべたまま、目の前の御神木をゆっくりと見上げた。
「もしも。もしも突然見知らぬ人があなた方の家にやってきて、いきなり身体を触ってきたらうれしいですか?」
「え?」
男女は真顔になって顔を見合わせた。
ひと呼吸置いた後。
老人は微笑んだまま、再び視線をその男女に向けた。
「せっかく楽しい時間を過ごしていたのに、余計なことを言いましたね。」
「……いえ。」
「おっしゃること、わかります。」
男女は、御神木に顔を向けると小さく頭を下げた。
そして、老人に身体を向けると、老人に対しても小さく頭を下げた。
「教えてくださって、ありがとうございました。」
男女の後ろ姿が遠くなる。
老人はしばらくの間、御神木から少しだけ離れたところに佇んでいた。
まるで、御神木との会話を楽しんでいるような、柔らかい微笑みを浮かべながら。
終わり。